1882年、パリ郊外の研究所。フランス人生理学者エティエンヌ=ジュール・マレーは、肩に「銃」を担いで空を見上げていました。狙う先はカモメ。引き金を引くと、回転する円盤が回り、一秒あたり十二枚の写真が一枚のガラス板に焼きつけられます。発射されるのは弾丸ではなく、光の粒。マレーが撃ち落としていたのは、鳥そのものではなく「鳥の動き」でした。
それから129年後、東京。アーティストデュオ「ネルホル」のアトリエでは、椅子に三分間じっと座り続けたモデルの写真200枚が、文字どおり積み上げられていました。彫刻家・飯田竜太の手にあるのは、彫刻刀。彼が削っているのは、人物の顔ではなく、その「微振動」――三分のあいだに無意識にこぼれ落ちた、わずかな揺らぎの集積です。
道具も時代も技法もまるで違います。それでも、二人の芸術家は同じ問いに挑んでいました。「動きを、どうすれば一枚の静止画に閉じ込められるか?」――この問いに、芸術家たちは19世紀末から現代まで、まったく異なる五つの答えを差し出してきました。

そもそも「動き」とは描けるのか?――静止画の根源的な不自由
絵画にせよ写真にせよ、それは本質的に「一瞬を切り取った静止画」です。馬が走るとき、四本の脚は次々と地面を蹴りますが、絵に描けるのはどこか一つの瞬間だけ。19世紀まで多くの画家は、走る馬を「前後の脚を空中で大きく広げた姿勢」で描いてきましたが、実はその姿勢は一度も実在していなかったことが、後に写真によって明らかになります。
つまり画家たちは、長らく「動きの記号」を描いてきたのであって、動きそのものを描いていたわけではないのです。動きとは、時間の経過そのもの。それを時間の止まった一枚の平面に置き換える――これは原理的に矛盾を抱えた挑戦でした。
19世紀後半、写真技術が爆発的に進歩すると、芸術家・科学者たちはこの矛盾に正面から取り組むようになります。馬の脚が空中でどんな順序で動くのか、人がどう歩くのか、鳥がどう翼を打つのか。「眼で見えないほど速いものを、どうやって視覚化するか」という近代固有の問いが立ち上がったのです。
答え①|分解する――マレーのクロノフォトグラフィ(1882)
最初に明快な答えを出したのが、先ほど登場したマレー(1830-1904)でした。彼はもともと心臓の拍動や血液循環を研究する生理学者で、「目に見えない生命の動きを、いかに記録するか」を生涯のテーマにしていました。
イギリスの写真家エドワード・マイブリッジが1878年に走る馬の連続写真を発表したことに刺激を受け、マレーは独自の方法を編み出します。それが「クロノフォトグラフィ(時間写真術)」です。1882年、彼が発明した「写真銃」は、銃身の先端にレンズを備えた、文字どおり銃の形をしたカメラでした。引き金を引くと内部の円盤が回転し、一枚のガラス板に毎秒12コマの像を連続露光する仕掛けです。
マレーの画期的な発見は、複数の瞬間を別々の写真ではなく、「同じ一枚の感光板」に重ねて記録することにありました。鳥が飛ぶ軌跡が、まるで虚空に階段を残すかのように一枚の画面に並ぶ。歩く人の各部の位置が、点と線の連続として浮かび上がる。動きという連続体を、離散的な「点の集合」として分解してみせたのです。
これは、後の映画の原理であると同時に、現代のスポーツ解析やモーションキャプチャの源流でもあります。マレーは「動きを止める」のではなく、「動きを切り刻んで観察可能にする」という解を選びました。分析的、科学的、徹底して理性的な答えです。
答え②|重ね合わせる――キュビスムの複数視点(1907)
マレーから四半世紀後、パリのモンマルトルにあるアトリエ「洗濯船」で、若きパブロ・ピカソが奇妙な絵を描き上げます。1907年の《アヴィニョンの娘たち》です。五人の女性の身体は鋭く分節され、ある顔は正面を向きながら鼻が横顔のように突き出し、ある身体は同時に複数の角度から見られているかのように歪んでいる――。
これは厳密には「動き」ではなく「複数の視点」を一枚に統合する試みでした。しかし、対象を一周しながら見る、という行為そのものが時間の経過を含んでいる以上、複数視点の重ね合わせは「複数の時間の重ね合わせ」とほとんど同義でもあります。ジョルジュ・ブラックとともに発展させたキュビスムの基本的な発想は、こうでした。「人間は対象を一瞬で全方位から見ることなどできない。しかし絵画ならば、それができるはずだ」。
絵画は写真と違って、物理的な瞬間に縛られません。であれば、複数の瞬間・複数の角度をひとつの平面の上で統合してしまおう、というわけです。この発想は、たちまちヨーロッパ中の若い芸術家を刺激しました。なかでもマルセル・デュシャンは1912年、《階段を降りる裸体 No.2》を描き、キュビスムの分節とマレーのクロノフォトグラフィを露骨に融合させます。階段を降りるひとつの身体が、何重もの幾何学的な像として連なる――まさに「ピカソの空間軸」と「マレーの時間軸」の十字交差点に立った絵画でした。
ピカソ自身は分析的な動きの分解には興味を示しませんでしたが、「一枚の画面に複数の真実を共存させる」という彼の発見は、動きを描く芸術家たちの共通のインフラとなったのです。

答え③|溶かす――ブラガリアの長時間露光(1911)
1911年、ローマ。アントン・ジュリオ・ブラガリア(1890-1960)は、弟のアルトゥーロとともにフラッシュ撮影とは正反対の実験を始めていました。シャッターをわざと長時間開けっぱなしにして、被写体に動いてもらう。すると人物の輪郭は霧のように溶け、軌跡だけが幽霊のような帯となって写し出されます。
兄弟はこの技法を「フォトディナミズモ(写真的ダイナミズム)」と名づけ、同年末に同名の宣言書を出版しました。代表作《位置の変更》(1911年)では、立っていた人物が腰を下ろすまでの動きが、まるで透明な布が重なるように画面の中を流れていきます。タイピストの指の動き、頭を振る瞬間――そうした「動作と動作のあいだ」をブラガリアは執拗に追いかけました。
注目すべきは、彼が明確にマレーを敵視していた点です。マレーのクロノフォトグラフィは動きを「点」で記述するが、それでは動きと動きの「あいだ」――つまり連続性そのものが失われてしまう。ブラガリアは哲学者アンリ・ベルクソンの「持続(デュレ)」という概念に強く影響を受けており、動きとは分割不可能な流れであると考えていました。だからこそ、写真の側もそれを切り刻むのではなく、ひとつのにじみとして受け止めなければならない――。
ところが、この実験はイタリア未来派の中心人物ウンベルト・ボッチョーニから「絵画の革新性を脅かすもの」として警戒され、1913年10月にブラガリア兄弟は未来派から除名されてしまいます。それでも彼らの「動きを溶かして描く」という発想は、後の長時間露光写真、モーションブラー表現、さらには映像のスローシャッター演出にまで、形を変えて生き続けています。
答え④|痕跡として残す――ポロックのアクション・ペインティング(1947)
時代は飛び、舞台はアメリカへ。ニューヨーク・ロングアイランドの納屋を改装したアトリエで、ジャクソン・ポロック(1912-1956)は床に巨大なキャンバスを広げ、絵筆を捨てます。代わりに手にしたのは、棒、固まったハケ、調理用のシリンジ。彼はキャンバスの周囲を踊るように歩き回り、空中から絵具を垂らし、振り、滴らせていきました。1947年のことです。
このときポロックが残したのは、もはや「動きを描いた絵」ではありません。「動きそのものの痕跡」でした。線の太さは身体のスピードを示し、絵具の飛び散りは腕の振りを示し、垂れた一滴は彼が一瞬足を止めたことを示す。キャンバスは、画家の身体運動の記録媒体に変質したのです。
批評家ハロルド・ローゼンバーグはこれを「アクション・ペインティング」と呼びました。重要なのは、ポロックがマレーやブラガリアと違って、動いている「対象」を描こうとはしていない点です。彼が記録したのは、自分自身の身体の動き――ペインターという行為そのものでした。
写真家ハンス・ナムスがポロックの制作風景を撮影したとき、絵画はもはや「結果」ではなく「演劇」になっていることが世界に明らかになりました。動きを止めるのではなく、動きが起きた現場の地層をそのまま標本にする。これがポロックの差し出した第四の答えです。

答え⑤|彫って積む――ネルホルの紙の地層(2011)
そして冒頭に戻ります。2011年、ネルホル(田中義久・飯田竜太、ともに1980年代生まれ、2007年結成)が発表した《Circle》シリーズは、200枚の紙を積み重ね、その層に彫刻刀を入れた作品でした。表側から裏側へ向かってわずかに大きさの異なる円を印刷し、それを積層して断面を彫り出す。すると、二次元の円が「時間の地層」として立ち上がってくるのです。
翌2012年に発表された《Misunderstanding Focus》では、この発想がポートレートに展開されます。彼らはモデルに「三分間じっとしていてください」と告げ、そのあいだに連写した200枚の写真を積層・印刷・製本し、表面から少しずつ彫り進めます。「動かないでください」という指示にもかかわらず、人間の身体は微動を止められません。瞬きや呼吸、わずかな視線のずれ。三分間に蓄積されたその「ノイズ」が、彫刻刀の刃先からじわりと露出してくるのです。
これはマレー的な「分解」と、ブラガリア的な「持続」の、ハイブリッドのように見えます。しかし決定的に違うのは、ネルホルが時間を「奥行き」として扱った点です。マレーは時間を横方向に並べ、ブラガリアは時間を一枚に重ね、ポロックは時間を平面の表面に堆積させた。ネルホルは、時間を紙の積層という「Z軸」――立体の方向に解放しました。動きが、ようやく三次元の地形として手に取れる存在になったのです。

五つの答えを並べてみる――同じ問いに対する異なる回路
ここまで五人の答えを見てきました。整理すると、それぞれは次のような戦略をとっています。
- マレーは、動きを「点列」に分解しました(分析)
- ピカソとキュビスムは、複数の視点を「重ね合わせ」ました(統合)
- ブラガリアは、動きを「にじみ」へと溶かしました(持続)
- ポロックは、動きを「痕跡」として残しました(記録)
- ネルホルは、動きを「地層」として彫り出しました(立体化)
興味深いのは、それぞれが「動きとは何か」という哲学を抱えている点です。マレーにとって動きは観察可能な離散的データ、ブラガリアにとって動きは連続する持続、ポロックにとって動きは身体表現そのもの、ネルホルにとって動きは積み重なる時間の堆積物。同じ問いに対して、それぞれの時代の科学観・芸術観・身体観が、異なる回答を引き出しているのです。
スマホの中の動き――現代に流れる五つの遺伝子
ここまでの話は美術史のなかの出来事に見えるかもしれません。しかし、目を凝らせば、私たちのスマートフォンの中には、この五つの遺伝子がすべて生きています。
連写機能やストップモーション動画は、マレーの直系子孫です。Photoshopのレイヤーやモーショングラフィックスは、キュビスムの「複数視点の重ね合わせ」を日常作業に変えました。InstagramやTikTokで多用されるスローシャッター風の光跡撮影は、ブラガリアの長時間露光の延長線上にあります。デジタルアートにおけるジェスチャーペインティングや手書きアプリの筆跡再生は、ポロックのアクション・ペインティングを民主化したものです。そして3Dプリンターやレイヤードな積層構造によるアートは、ネルホルの方法論と地続きです。
「動きを静止画に閉じ込める」という古い問いに対して、私たちは今もなお、新しい技術と感性で答え続けています。マレーが空に銃口を向けてから百四十年あまり。動きを描くという挑戦は、止まりそうで、まだ止まっていません。むしろ動画とAIの時代こそ、「敢えて止めて見る」ことの価値が、もう一度静かに問われているのかもしれません。
次にあなたが街で誰かが歩く姿を写真に撮るとき、あるいは動画から一枚を切り出すとき、ふと思い出してみてください。その一枚の中には、五つの答えのうち、どれが息づいているでしょうか。
基本データ
- エティエンヌ=ジュール・マレー
- 1830年フランス・ボーヌ生まれ、1904年パリ没。生理学者・写真家。1882年に写真銃を発明し、クロノフォトグラフィを確立。代表著作『Le mouvement』(1894年)
- パブロ・ピカソ
- 1881年スペイン・マラガ生まれ、1973年フランス没。1907年に《アヴィニョンの娘たち》を制作し、キュビスム発展の起点をつくる
- アントン・ジュリオ・ブラガリア
- 1890年イタリア・フロジノーネ生まれ、1960年ローマ没。1911年12月『未来派写真ダイナミズム』を発表。1913年に未来派から除名
- ジャクソン・ポロック
- 1912年米国ワイオミング州生まれ、1956年没。1947年から「ドリップ・ペインティング」開始。代表作《Number 1A》(1948年)、《Number 5》(1948年)
- ネルホル(Nerhol)
- 2007年に田中義久(1980年静岡県生)と飯田竜太(1981年静岡県生)が結成した日本のアーティストデュオ。2011年《Circle》シリーズ、2012年《Misunderstanding Focus》シリーズを発表
Q&A
- マレーとマイブリッジの違いは何ですか?
- マイブリッジは複数のカメラを並べ、馬が通過するごとに一台ずつシャッターを切る方式で、各瞬間を別々の写真として記録しました。一方マレーは一台のカメラ(写真銃)で、複数の瞬間を「同じ一枚のガラス板」に多重露光する方式を確立しました。両者の違いは、現代の動画編集における「コマ送り」と「多重露光合成」の違いに近いものです。
- キュビスムは「動き」を描いた絵画ではないのでは?
- その指摘はおおむね正しいです。ピカソやブラックのキュビスムは、対象を複数の角度から見た情報を一枚にまとめる「空間の統合」が主眼でした。ただし、複数の視点を経験するには時間が必要なので、結果として「複数の時間の重ね合わせ」とも解釈できます。後にこの空間軸の発想と、マレー由来の時間軸の発想を融合させたのが、デュシャンの《階段を降りる裸体 No.2》(1912年)です。
- ブラガリアはなぜ未来派から除名されたのですか?
- 1913年10月、画家ウンベルト・ボッチョーニが中心となって除名処分が下されました。理由には複数の説がありますが、写真技術が未来派絵画の革新性を機械的に代替してしまうことへの警戒、あるいは絵画の優位を守ろうとする画家たちの政治的判断があったとされています。皮肉なことに、ブラガリアの写真技法は後年、未来派写真の正典として再評価されることになります。
- ネルホルの作品は実物大ではどのくらいの厚みがあるのですか?
- 《Misunderstanding Focus》などのポートレート作品は、200枚の紙を積層しているため、おおむね数センチメートル程度の厚みを持つ立体物となります。展示では平置きや壁面取り付けなどさまざまな見せ方がなされますが、いずれも「平面と立体の中間にある写真」という独特の存在感を放ちます。
- 5つのアプローチのうち、現代のクリエイティブ業界で最も応用されているのはどれですか?
- 用途によって異なりますが、商業的な広がりという点ではマレーの「分解」(コマ送り、ストップモーション、モーションキャプチャ)が圧倒的に普及しています。一方、表現の領域ではブラガリア的な「ブラー(にじみ)」と、ポロック的な「ジェスチャー記録」が、写真・映像・デジタルアートで高頻度に使われています。ネルホルの「積層彫刻」は、3Dプリンタやレイヤード・データ表現と親和性が高く、近年急速に注目度が高まっています。
参考文献
- Étienne-Jules Marey – Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/%C3%89tienne-Jules_Marey
- Etienne-Jules Marey – Chronophotograph – The Metropolitan Museum of Art
- https://www.metmuseum.org/art/collection/search/265094
- Le mouvement by Étienne-Jules Marey – Uffizi Galleries
- https://www.uffizi.it/en/artworks/le-mouvement-marey
- Cubism – Tate
- https://www.tate.org.uk/art/art-terms/c/cubism
- Italian Futurism, 1909–1944: Reconstructing the Universe – Guggenheim
- http://exhibitions.guggenheim.org/futurism/photography/
- Anton Giulio Bragaglia – Change of Position – The Metropolitan Museum of Art
- https://www.metmuseum.org/art/collection/search/283267
- Jackson Pollock – Abstract Art, Poured Works, Action Painting – Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Jackson-Pollock/Poured-works
- Nerhol – Foam Museum
- https://www.foam.org/museum/programme/nerhol
- Nerhol “Finding something non-ordinary in daily life” – Art Preview Tokyo
- https://artpreviewtokyo.com/en/exhibition/nerhol-dissolving/
- Nude Descending a Staircase, No. 2 – Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Nude_Descending_a_Staircase,_No._2
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