olo|レーザーが網膜に描いた、人類でまだ5人しか見ていない色

olo|レーザーが網膜に描いた、人類でまだ5人しか見ていない色

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カリフォルニア大学バークレー校の、窓のない9フィート×13フィートの小部屋。レンズと配線の塊を載せた実験台の前で、ひとりの男性が歯で固定具を噛みしめ、頭を1ミリも動かさないようにして装置を覗き込んでいました。

視野の中央に、腕を伸ばした先の爪ほどの大きさで、色のパッチが浮かびます。青みがかった緑。けれど、その人物が人生で見てきたどんな緑とも違っていました。

すぐ隣にこれまででいちばん鮮やかな緑の見本を置くと、自然の緑のほうが色あせて見えた。そう振り返るのは、検眼学と視覚科学を専門とするオースティン・ルーダ教授です。彼が見ていた色には、世界中のどの絵具にも、どのモニターにも、いかなる色見本帳にも、対応する見本が存在しません。

研究チームは、その色に名前を与えました。olo(オロ)。2025年4月、わずか5人だけが見たことのある色が、論文のかたちで世に出ます。

自然界に「ない」色を、なぜ目は見られるのか

人間が色を見られるのは、網膜にある3種類の錐体細胞のはたらきによります。S錐体は短い波長、青っぽい光に反応します。M錐体は中くらいの波長で緑を、L錐体は長い波長で赤を感じ取ります。脳はこの3つの反応の混ざり具合を読み取って、無数の色を組み立てています。

ところが、進化の過程で厄介な偏りが生まれました。緑を担うM錐体と、赤を担うL錐体。この2つが反応する波長の範囲は、ほとんど重なっています。

M錐体を刺激する光のおよそ85%は、同時にL錐体も刺激してしまいます。だから自然界の光では、M錐体だけを単独で鳴らせません。緑を見ているとき、網膜では必ずL錐体も一緒に反応しています。

では、もしM錐体だけを、L錐体に一切触れずに刺激できたら。脳はいったい、何を見るのか。

この問いを最初に口にしたのは、コンピューター科学者のレン・ン教授でした。何千個ものM錐体だけに光を届けたら、これまでで最も緑らしい緑になるのではないか。彼は同僚のルーダに、そう尋ねたといいます。

答えは、イエスでした。

Ozという名の装置

チームが組み上げた仕組みには、Oz(オズ)という名がつきました。フランク・ボームが1900年に発表した『オズの魔法使い』のエメラルド・シティにちなんでいます。物語の都はあまりに緑に輝くため、訪れる者は、目を守るために緑色の眼鏡をかけさせられます。ところがその眼鏡は魔法使いの仕掛けで、都が緑に見えるのは眼鏡のせいでした。

筆頭著者のジェームズ・フォンは、命名の理由をこう説明しています。見たこともない鮮烈な色を見にいく、オズの国への旅のようだったから。

ここに、小さな反転があります。物語のエメラルド・シティが眼鏡による錯覚だったのに対し、oloは錯覚ではありません。これまで誰も入力したことのない信号を、網膜が脳に律儀に伝えた結果、生まれて初めての知覚が立ち上がります。

では、Ozは具体的に何をしているのか。

まず、ひとりの網膜を高い解像度で撮影し、S・M・Lの錐体が一つひとつどこに並んでいるかの地図を作ります。この撮影には、補償光学走査レーザー検眼鏡(AOSLO)と呼ばれる、網膜の細胞を一つひとつ捉える技術が使われました。

地図を手にしたら、緑のレーザー光を網膜の小さな一画に高速で走査させます。狙ったM錐体にビームが届いた瞬間だけ、ごく微量の光パルスを撃ち込み、ほかの細胞の上では発射しません。これを最大で約1,000個の光受容体に対して、同時にこなします。

難しいのは、目がじっとしていないことでした。人は一点を見つめているつもりでも、眼球は絶えず細かく揺れ動いています。同じ細胞を狙い続けるには、その揺れをリアルタイムで追いかけ、補正し続けなければなりません。さらに、眼球の光学的な歪みがレーザーをぼかします。補償光学は、この歪みを打ち消すための技術です。固定具を噛んで頭を止めるのも、わずかな動きすら誤差になるからでした。

使われるレーザーは、緑色一色です。グリーンのレーザーポインターと同じ単一波長の光。それでもS・M・Lの組み合わせを撃ち分ければ、虹のあらゆる色や、動く点、赤い線、赤ん坊や魚の画像まで網膜に描き出せます。そしてM錐体だけを撃てば、自然界の外側にあるoloが現れます。

5人が見たもの

フォンがこのプロジェクトに加わったのは2018年、まだ工学部の学部生だったころでした。きっかけは、別の学生から聞いた一言だったといいます。人の目にレーザーを撃ち込んで、ありえない色を見せようとしている人たちがいる、と。彼は画像や色を何千もの微小なレーザーパルスへ翻訳するソフトウェアの多くを書き上げ、2021年には「不可能な色の見方(How to See Impossible Colors)」と題した論文をまとめています。

論文に記録された被験者は5人。装置を作ったレン・ンとオースティン・ルーダ自身も、そこに名を連ねています。

彼らが見たものは、記事の文章でもモニターの上でも再現できない——研究者たちは口をそろえます。私たちがいま「olo」として目にできるのは、せいぜい近い色の見本どまりで、本物とは比べものになりません。

装置の精度がわずかにでも崩れると、効果は即座に消えます。大学院生のハンナ・ドイルがレーザーをわずかに狙いから外すと、被験者はoloを見失い、レーザーは普段の緑へ戻りました。ただ、oloとの落差が大きすぎて、その緑がほとんど黄色く見えるほどだったといいます。

名前の由来も、この仕組みそのものを指しています。色覚を3つの錐体の活性度(L, M, S)で表すと、oloはL=0、M=1、S=0、つまり「010」。M錐体だけが点いている状態を二進数で書き、数字をアルファベット風に読み替えると「olo」になります。

ただし、これを「新しい色」と呼んでよいのかをめぐっては、専門家のあいだでも意見が割れています。ロンドン大学シティ・セント・ジョージズのジョン・バーバー教授は、その存在は「議論の余地がある」と慎重な姿勢です。フォン自身も、色相そのものは新しくないと認めています。新しいのは飽和度——人間が通常知覚できる色域の、その外側に一点を打てたこと。意味はそこにある、という立場です。

「5人」という数字も、厳密には論文公開時点の話でした。その後ドイルを含め、より多くの人がoloを見ています。被験者がいったん5人にとどまったのは、新しさの限界ではなく、時間と段取りの都合だったといいます。

実験室の外へ漏れた「気配」

話は、バークレーの研究室にとどまりませんでした。

論文公開の数日後、イギリスのアーティスト、スチュアート・センプルが動きます。「世界一黒い黒」や「いちばんピンクなピンク」を作ってきた、色に取り憑かれた人物。oloのニュースを読むなりスタジオに駆け込み、徹夜して、YOLO(ヨロ)と名づけた絵具を仕上げました。

作り方は、レーザーとはまるで違います。論文に載っていたスペクトルの情報を頼りに目標を見定め、顔料に蛍光増白剤を大量に混ぜ込む。紫外線を吸って青い光として放ち直すこの添加剤は、洗濯洗剤を白く見せたり、紫シャンプーが金髪のくすみを抑えたりするのと同じ理屈です。分光器で測りながら微調整を重ね、できあがったのは「妙にぼうっと光るティール」だったとセンプルは語っています。

値づけからして、彼らしい一手でした。アーティストには29.99ポンド、それ以外の人には約1万ポンドで売り出します。YOLOのYは「You(あなた)」。色は一部の人間に独占されるべきではない、誰もが試せていいはずだ——そういう挑発です。発売から48時間で、ボトルはおよそ500本が売れました。

もちろん、絵具はレーザーの代わりにはなりません。本物の体験には遠く及ばないと、センプル自身も認めています。それでも、研究者が作ったデジタルの見本よりは近いはずだ、と。実験室の外側へ、oloはひとつの「気配」として漏れ出していきました。

色は、どこにあるのか

oloの物語が残すのは、新種の絵具やレーザーの逸話ではありません。

ルーダが実験を振り返って口にしたのは、脳の可塑性でした。脳は、まったく新しい感覚入力に対しても、それに見合う新しい知覚を立ち上げられます。これは色に限った話ではなく、あらゆる感覚に当てはまるかもしれません。脳への入力を直接いじれる装置を手にした意味は、そこにあると彼は考えています。

Ozという装置の本当の射程も、同じ場所を向いています。M錐体に限らず、錐体の一部だけを選んで刺激すれば、特定の網膜疾患で細胞が失われた状態を、健康な人の目の上で再現できます。患者を探さなくても、細胞が減っていくにつれ見え方がどう変わるかを調べられます。色を見せる装置は、見えなくなっていく目を理解する装置でもありました。

デザインの視点に引きつけると、oloはひとつのことを静かに突きつけてきます。色は、物の表面にも、光そのものにも宿っていません。あるのは、波長という物理量と、それを受け取る細胞と、信号を読み解く脳です。私たちが「色」と呼んでいるものは、その最後の段階、神経系が組み立てた解釈にすぎません。

同じ波長の光でも、錐体の種類や数が違えば、立ち上がる色は変わります。色覚の多様性に配慮した設計——カラーユニバーサルデザインという考え方が必要になるのも、根をたどればここに行き着きます。色は万人に共通の絶対的な事実ではなく、見る者の身体ごとに、少しずつ違っています。

バークレーの小部屋で5人が見た青緑は、その当たり前を、最も鮮烈なかたちで証明してみせました。レーザーが網膜に描いた一点の色は、外の世界のどこにも存在しません。けれど、見る者のなかにだけ、その青緑は確かに灯っていました。

よくある質問

oloはどんな色ですか。
飽和しきった青緑(ティール)です。M錐体だけを刺激したときに見える色で、自然界には存在せず、モニターや印刷では再現できません。
なぜ自然界には存在しないのですか。
M錐体とL錐体が反応する波長の範囲が約85%重なっているためです。自然光ではM錐体だけを単独で刺激できず、つねにL錐体も一緒に反応してしまいます。
名前「olo」の由来は何ですか。
色覚をS・M・L錐体の活性度で表すと、M錐体だけが活性化した状態は二進数で「010」になります。この数字をアルファベット風に読み替えたものが「olo」です。
一般の人も体験できますか。
現状では、網膜の地図作成と精密なレーザー制御を行うバークレーの専用装置が必要で、一般に試すことはできません。アーティストが着想を得た絵具「YOLO」は市販されていますが、本物の体験とは異なります。
本当に「新しい色」なのですか。
専門家のあいだでも意見が分かれています。色相そのものは既存の青緑の延長だと指摘する研究者がいる一方、人間が通常知覚できる色域の外側に一点を打てた飽和度に意味がある、という評価もあります。

基本データ

名称
olo(オロ)
発表
2025年4月18日/Science Advances誌(DOI: 10.1126/sciadv.adu1052)
研究機関
カリフォルニア大学バークレー校、ワシントン大学
装置名
Oz(補償光学走査レーザー検眼鏡を応用した光刺激システム)
色相
高度に飽和した青緑(ティール)
命名の由来
LMS錐体の活性度「010」(M錐体のみが活性)をアルファベット風に読み替えたもの
視認者数
論文公開時点で5人(その後さらに増加)
sRGB近似
#00FFCC(あくまで近似で、本物の色は再現不可)

参考文献

Fong, J. C. et al. 「Novel color via stimulation of individual photoreceptors at population scale」 Science Advances(2025)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adu1052
UC Berkeley News / Berkeley Engineering(プレスリリース)
https://news.berkeley.edu/2025/04/22/scientists-trick-the-eye-into-seeing-new-color-olo/
Wikipedia「Olo (color)」
https://en.wikipedia.org/wiki/Olo_(color)
Dezeen(スチュアート・センプルの絵具「YOLO」に関する報道)
https://www.dezeen.com/2025/04/24/stuart-semple-yolo-paint-newly-discovered-colour/
The Guardian(バーバー教授の見解を含む報道)
https://www.theguardian.com/science/2025/apr/18/scientists-claim-to-have-found-colour-no-one-has-seen-before
NPR(実験の解説報道)
https://www.npr.org/2025/06/06/1253756227/color-sensory-science-olo

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