漆黒の小口から、アンドロメダが浮かびあがる
『全宇宙誌』という分厚い本があります。1979年、工作舎刊。表紙は黒。ページをめくれば、これもまた黒。漆黒の紙面に、白抜きの文字と無数の図版がびっしりと配置されています。
ここで読者にひとつ動作を求めたい。本を閉じて、ページの束を片手で軽くずらしてみる。前小口側に倒すと、白い斑点の渦が小口の側面に浮かびあがります。アンドロメダ銀河。今度は逆に裏表紙側へ倒すと、別の星々が姿を現します。
小口というのは、本の側面、ふだん装丁家がほとんど触らない場所です。そこに二つの宇宙を仕込んだ人物がいる。グラフィックデザイナー、杉浦康平。1932年、東京生まれ。本という平面メディアを、徹底して三次元の構築物として扱った戦後デザインの極北です。

ウルムでの違和感、〈フェライヒト先生〉という日々
杉浦は東京藝術大学の建築科を1955年に出ています。グラフィックではなく建築。この出自が、のちの造本観を決めることになりました。
1964年に3か月、1966年から67年にかけて1年、西ドイツのウルム造形大学に客員教授として招かれます。バウハウスの理念を継承する、戦後ヨーロッパ合理主義の総本山。学生は几帳面で、答えを欲しがった。杉浦はそこで奇妙な体験をします。物事をきっぱりと二分する西洋的な思考法に対して、自分の身体のなかから「間」「色即是空」「空」といった言葉が立ちあがってくる。授業でドイツ語の「もしかして(vielleicht)」を多用する杉浦に、学生たちは〈フェライヒト先生〉〈パーハップス先生〉というあだ名をつけました。
帰国した杉浦は、それまでの仕事を見直します。雑誌『SD』『都市住宅』、そして1970年創刊の『季刊銀花』、1971年創刊の『遊』。雑誌の表紙を「顔」と捉える独自の方法論がここで生まれました。タイトルだけが整然と並ぶ表紙ではなく、特集名、要約、解説、図版を、明朝とゴシックのポイントを変えながらリズミカルに配置する。本文と響きあう、密度をもって沸騰する一枚の面です。
本を、建築として設計する
杉浦の造本は外側の装飾ではありません。建築科で学んだ素養が、ここで効いてくる。
表紙、見返し、扉、目次、本文組、小口、背、奥付——本を構成する全要素が、ひとつの三次元構築物として設計される。本文組のグリッドが先にあり、そこから外へ向かって表紙が立ちあがってくる。1971年に開始された講談社現代新書のシリーズデザインが代表例です。表紙にテーマのイラストとキャッチコピー、裏側に著者の写真略歴と目次。書店の棚に並んだとき、シリーズ全体が一個の建物として見える。30年以上にわたって杉浦のデザインは生きつづけ、2004年に中島英樹のデザインへ更新されました。
1977年の『教王護国寺蔵 伝真言院両界曼荼羅』(平凡社)はその極限です。500部限定、定価88万円。金の帙には掛軸と経本の胎蔵界、銀の帙には西洋的造本の金剛界、総重量35キロ。本というよりは仏教建築の縮小模型に近い。第12回造本装幀コンクールで、杉浦は四度目の文部大臣賞を受けています。

マンダラと〈ノイズ〉という賭け
1972年、ユネスコ・東京出版センターの依頼でタイ、インド、インドネシアへ活字調査に出ます。アジア諸国への取材旅行が始まると、杉浦のデザイン語彙は急速に拡張しました。マンダラ、宇宙観、文字論、ノイズを含む音楽論。これらが一気にデザインに流れ込みます。
注目したいのは「ノイズ」です。秩序ある格子の上に、ざわざわとした粒子のような視覚的ノイズを意図的に混ぜこむ。整合性をよしとした戦後日本のモダニズム・デザインが排除していた要素でした。背景にあったのは、20世紀初頭イタリア未来派のルイジ・ルッソロのノイズ・ミュージック、そして地球と宇宙空間に満ちる電磁波への一貫した関心。杉浦自身は自らの思考法を「一即二、多即一」という東洋的語法で要約します。欧米の二進法的世界観への、静かだが断固とした反論です。
〈遊学〉する雑誌、『遊』の時代
1971年9月、編集者の松岡正剛が工作舎を立ち上げ、雑誌『遊』を創刊します。副題は「objet magazine」。宗教、科学、現代思想、音楽、宇宙、文学、民俗学が境界なく雑居する。表紙デザインは杉浦が担当しました。「工作舎をおこしたのは杉浦康平と仕事がしたかったから」——松岡は後年そう振り返っています。
創刊号巻頭の特集タイトルは「眼の形態」。杉浦自身が「視覚の不確定性原理」を寄稿し、「時間軸変形地球儀」「本州時間軸変形地図」という折込ダイアグラムも担当します。地理的な距離ではなく、交通の時間で測りなおした、いわゆる「柔らかい地図」。
『遊』は1979年の第一期休刊を挟みながら1982年まで続きます。文系と理系をまぜこぜにする編集方針を、松岡は「遊学する」と呼びました。タイトルそのものが、思想だった。
立体メガネと、本に仕込まれた仕掛け
杉浦のもうひとつの貌は、子ども向けの本にも現れます。1986年、福音館書店から『立体で見る[星の本]』(北村正利との共著)が刊行。付録の赤青メガネをかけて頁を見ると、5等星までの恒星3,000個が立体的に浮かびあがります。全天88の星座が、紙の上で奥行きを持つ。世界で初めての試みでした。
本のなかに仕掛けを仕込むことに、杉浦は徹底的にこだわります。展覧会図録が奴凧のように左右に折り込まれていたり、型抜きされた用紙を組み上げると図録そのものがペーパースカルプチャーになったり——刊行から半世紀後、解説アニメーションが作られて初めてデザイン意図が判明したものもあります。
本は読むものであると同時に、めくり、ずらし、ひっくり返し、組み立てるものでもある。読者の手と目への、密かな招待状です。

弟子たち、そしてデジタル時代の杉浦
杉浦事務所は多くの後継者を生みました。中垣信夫、辻修平、海保透、谷村彰彦、赤崎正一、佐藤篤司。なかでも鈴木一誌(1950–2023)は12年間アシスタントを務め、独立後は『昭和——二万日の全記録』『大辞泉』『鈴木清順全映画』など、密度と重量感のあるブックデザインを1万点近く手がけました。
書店から書物が物理的に減りつづける時代にあっても、杉浦の問いは古びません。本を平面に閉じ込めるな、本に時間を含ませろ、本に小宇宙を仕込め——この三つの命題は、ウェブやアプリの情報設計にもそのまま転用できます。2021年6月、武蔵野美術大学美術館・図書館がウェブサイト「デザイン・コスモス」を公開しました。三次元の宇宙空間に杉浦作品が浮遊し、訪問者が自由に動かして眺められる。第一弾としてブックデザイン186点が掲載され、2023年には大幅にリニューアルされています。
本を宇宙に見立てた人の作品を、こんどはコンピュータの仮想宇宙に放流する。93歳になった本人は、いまも仕事をつづけています。
基本データ
- 氏名
- 杉浦康平(すぎうら こうへい)
- 生年
- 1932年9月8日(東京生まれ)
- 学歴
- 東京藝術大学美術学部建築科卒業(1955年)
- 職業
- グラフィックデザイナー、アジア図像研究者
- 所属
- 神戸芸術工科大学名誉教授、同大学アジアンデザイン研究所(RIAD)顧問
- 主な雑誌デザイン
- 『SD』『都市住宅』『季刊銀花』『遊』『エピステーメー』『噂の眞相』『a+u』
- 主な書籍デザイン
- 『教王護国寺蔵 伝真言院両界曼荼羅』(1977)、『全宇宙誌』(松岡正剛編、1979)、『立体で見る[星の本]』(1986)、講談社現代新書シリーズ(1971–2004)、『大百科事典』全16巻、『大辞林』
- 代表的な受賞
- 日宣美賞(1956)、文部大臣賞4回(1968、1969、1973、1977)、講談社出版文化賞ブックデザイン賞(1971)、毎日芸術賞・紫綬褒章(1997)、旭日小綬章(2019)
- ウルム造形大学客員教授
- 1964年(3か月)、1966–67年(1年間)
- 主な弟子
- 中垣信夫、辻修平、海保透、鈴木一誌、赤崎正一、谷村彰彦、佐藤篤司
- 代表的アーカイブ
- 武蔵野美術大学美術館・図書館「杉浦康平デザインアーカイブ」、ウェブサイト「デザイン・コスモス」(2021年公開、2023年リニューアル)
Q&A
- 杉浦康平はなぜ建築科出身なのにグラフィックデザイナーになったのですか?
- 1955年に東京藝術大学建築科を卒業し、高島屋の宣伝部に実習生として入ります。そこで制作したLPジャケットが翌1956年、第6回日宣美展で日宣美賞を受賞したことで、半年ほどで独立してデザイン事務所を構えました。ただし建築の素養は失われたわけではなく、本を三次元の構築物として設計する独自の造本観に直結しています。
- 『全宇宙誌』の小口にアンドロメダが浮かぶ仕組みは?
- ページの小口側面に施された印刷を、本のページ束を斜めにずらすことで現出させる古典的な技法「フォアエッジペインティング」の応用です。前小口側に倒すとアンドロメダ銀河、裏表紙側へ倒すと別の星座図が現れます。「本そのものが宇宙それ自体であるような一書」という松岡正剛のコンセプトに、杉浦が物理的な仕掛けで応えました。
- 講談社現代新書の杉浦デザインはいつまで使われていましたか?
- 1971年から2004年まで、約33年間使われました。表紙にテーマイラストと惹句、裏側に著者の写真略歴と目次を入れた構成です。2004年に中島英樹のデザインに更新されましたが、棚での統一感が失われたとの指摘もあり、現行版では背を白くするなどの修正が加えられています。
- 杉浦康平の「ノイズ」とは何ですか?
- 整合的なモダニズム・グリッドに対して、意図的に混入される視覚的なざわめきのことです。背景には、イタリア未来派の作曲家ルイジ・ルッソロのノイズ・ミュージック、そして電磁波として宇宙に満ちる物理的ノイズへの関心がありました。秩序のみで構成された画面ではなく、〈幽かなる存在〉を含む豊穣な画面を志向する東洋的な美意識の表れです。
- 杉浦事務所からはどのようなデザイナーが育ちましたか?
- 鈴木一誌、中垣信夫、辻修平、海保透、赤崎正一、谷村彰彦、佐藤篤司などが知られます。なかでも鈴木一誌は12年間アシスタントを務めたのち独立し、『昭和——二万日の全記録』『大辞泉』『クロニック世界全史』など、密度と重量感のあるブックデザインを1万点近く手がけました。「知恵蔵裁判」(1993年提訴)でも知られ、本文ページのフォーマット著作権をめぐって日本のデザイン界に大きな議論を残しています。
参考文献
- 杉浦康平デザインアーカイブ「デザイン・コスモス」(武蔵野美術大学 美術館・図書館)
- https://sugiurakohei.musabi.ac.jp/
- 杉浦康平 – Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/杉浦康平
- 杉浦康平・脈動する本:デザインの手法と哲学(武蔵野美術大学 美術館・図書館)
- https://mauml.musabi.ac.jp/museum/events/12624/
- 杉浦康平 – NPO法人建築思考プラットホームPLAT
- https://npo-plat.org/sugiura-kohei.html
- 杉浦康平のアジアンデザイン|港の人
- https://www.minatonohito.jp/book/419/
- 全宇宙誌|松岡正剛 千夜千冊/杉浦康平の仕事
- https://seigowchannel-neo.com/special/satsueijo/全宇宙誌
- 杉浦康平デザインアーカイブ「デザイン・コスモス」リニューアル|AXIS Web Magazine
- https://www.axismag.jp/posts/2023/07/546502.html
- 意識領域イメージ化 アジア図像研究 杉浦康平さん|デザインこねことアトリエ・コネコ
- https://note.com/koneko_odawara/n/na26d268b3d1b
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