フェリックス・ゴンザレス゠トレスの「消去」|減ることで愛を遺す3作品

フェリックス・ゴンザレス゠トレスの「消去」|減ることで愛を遺す3作品

目次

ニューヨーク近代美術館の二階、ある角に、色とりどりのセロファンにくるまれたキャンディが山積みになっている。床にじかに、無造作に。重さおよそ79kg、175ポンド。鑑賞者は自由に持ち帰っていい。スタッフは閉館後にそれを補充する。そうやって毎日、山は減り、また満たされる。

これがフェリックス・ゴンザレス゠トレスが1991年に制作した《”Untitled” (Portrait of Ross in L.A.)》——「ロスのロサンゼルスでの肖像」だ。175ポンドという数字には根拠がある。エイズで命を落とした恋人ロス・レイコックの「理想体重」。HIV陽性と診断されたとき、医師が彼に告げた数字である。

肖像画は普通、絵の具を「足して」描かれる。ゴンザレス゠トレスは反対のことをした。鑑賞者の手によって少しずつ「減っていく」山として、恋人を描いた。

足すのではなく引く。これは小さな技法の話ではない。エイズが人を消していく時代に、消えること自体を方法として選んだ作家の、賭けの話である。怒鳴るのでも、標本にして腐敗を止めるのでもなく、彼は失われていく速度そのものを観客の手にゆだねた。時計も、電球も、キャンディの山も、そろって「減る」ようにできているのは、そのためだ。

1991年1月24日、トロント

ロス・レイコックは1959年カナダのカルガリーで生まれ、北部の極寒の地で育ち、トロントで暮らした。職業はソムリエ。高級レストラン「スカラムーシュ」で働き、赤い壁の自宅にはアンドレス・セラーノの《Piss Christ》の初版プリントと、本棚いっぱいの詩集と料理本があった。1991年1月24日、トロントで亡くなる。31歳。死因はエイズ関連の合併症。

その朝、ニューヨークにいたゴンザレス゠トレスの世界は静かに壊れた。「私たちは時間を、勝利の甘い味で刻印した」——1988年にロスに宛てて書いた手紙の一節。「私たちは時の産物だ。だから時間に、その正当な評価を返そう。私たちは同期している。今、永遠に。愛している」

その手紙の冒頭には、青いインクで二つの時計が描かれていた。同じ時刻を指す、簡素な円。

1991年というのは、アメリカでエイズが「ようやく可視化された」年だった。米国疾病予防管理センターには同年だけで45,506件の新規エイズ症例が報告されている。累積死者は同年末で13万人を超えた。同じ年、赤いリボンが連帯のシンボルとして世界に広がる。ACT UPは1月にニューヨークで、当時最大規模の抗議行進を組織した。活動家ピーター・ステイリーは反同性愛で知られる上院議員ジェシー・ヘルムズの自宅を、巨大なコンドームで覆ってみせた。

ロナルド・レーガン政権下で長く放置された病。ゲイ・コミュニティを「恥」として扱い続けた連邦政府。その文化戦争の只中で、ゴンザレス゠トレスは別の言葉で語ろうとした。怒鳴る代わりに、ささやくこと。

彼が選んだのは、ミニマリズムの語彙だった。電球。時計。市販のキャンディ。プリンタ用紙の束。誰にでも手に入る、工業生産された日常品。ドナルド・ジャッドやカール・アンドレが「意味を持たない」と主張した形式に、ゴンザレス゠トレスは個人的な悲しみを忍ばせた。「私は侵入者でありたい。スパイになりたいといつも言ってきた」——1993年、アーティストのティム・ロリンズとのインタビューでそう語っている。

二つの時計、二つの電球

《”Untitled” (Perfect Lovers)》。二つの同じ電池式の壁掛け時計を、ぴったりくっつけて並べて掛ける。同時に電池を入れ、同時刻に合わせる。

電池には個体差がある。時計の機構にも、わずかなずれがある。だから二つの時計は、いつか必ず同期を失う。片方が先に止まる日が来る。所蔵者やキュレーターはその時点で電池を交換し、再び同期させる。それが作品の運用ルール。

直径わずか35cmほどの、量販店で売っているような時計。MoMA、ダラス美術館、グレンストーン、ワズワース・アテネウムに所蔵されている。コンセプト自体は1987-90年に発案されたが、現在最も知られる1991年版が、ロスの死の年に制作された。

ゴンザレス゠トレス自身は「時間は私を怖がらせる、あるいは怖がらせた」と語った。二つの時計を見つめる経験は、心拍を二重にして聞くことに似ている。やがてどちらかが止まる。残されたほうが、ひとり、針を進める。

同じ1991年に作られた《”Untitled” (March 5th) #2》は、電球の作品だ。40ワットの白熱球を二つ、磁器のソケットに差し、白い延長コードでつないで壁に掛ける。タイトルの「3月5日」はロスの誕生日。クリーブランド美術館、シカゴ美術館、ミシガン大学美術館などに所蔵されている。

二つの球は触れ合うように吊られ、同じ光を放つ。やがて片方が切れる。所蔵者は規約に従って交換するが、ゴンザレス゠トレスは「電球を切れたままにしてはいけない」と指示した。光は、絶やしてはいけない。

「あの二つの電球を初めて作ったとき、私はロスとの対話を失う恐怖、ただ一つだけになる恐怖の中にいた」——1995年のグッゲンハイム美術館の展覧会カタログに収められた、ゴンザレス゠トレス自身の言葉。

時計とは違って、電球は熱を発する。手をかざせば温かい。それは、生きている身体のメタファーになる。

175ポンド、それから355ポンド

そして冒頭の作品。

《”Untitled” (Portrait of Ross in L.A.)》は、銀色や色とりどりのセロファンに包まれた市販のハードキャンディを、175ポンド分、ギャラリーの隅に積み上げるか、床に広げる作品である。展示する場所によって形は変わる。重さだけが指定されている。

鑑賞者は自由にキャンディを取って、口に入れたり、ポケットに入れたりできる。山は減る。閉館後、スタッフが計量し、足りない分を補充する。翌朝、再び175ポンドに戻る。エイズという病気が一人の身体を蝕んでいく速度を、鑑賞者の手が再演する。同時に、毎晩、不在は埋め直される。

ゴンザレス゠トレスは同じ1991年、ホイットニー・ビエンナーレに《”Untitled” (Lover Boys)》を出した。こちらは355ポンド。シルバーの箔で包まれたキャンディの山。ゴンザレス゠トレスとロス、二人の体重を足した数字だ。

数字によって、二人の身体は美術館に置かれた。鑑賞者はその身体を、文字どおり「いただく」。

「消す」ことを方法にする

ゴンザレス゠トレスは1993年、ティム・ロリンズに、こんなふうに語っている。

「私は完全に消えていく展覧会を作りたかった。それは消滅と学ぶことに関わっていた。アート市場のシステムへの脅威であろうとしたし、率直に言えば、寛大さの問題でもあった。私は人々に、私の作品を持って帰ってほしかった」

そしてこう続ける。

「フロイトは、私たちは恐怖を和らげるためにそれを予行演習する、と言った。この『手放すこと』——静的な形、モノリシックな彫刻を作ることを拒み、消えていく、変化する、不安定で壊れやすい形を選んだこと——それは、ロスが私の目の前で日に日に消えていくという恐怖を、予行演習する試みだった」

予行演習(rehearse)、という動詞。彼は、不在を作品の素材として選んだ。

普通、アーティストは何かを「足す」ことで作品を作る。絵の具を塗り重ね、粘土を盛り、石を彫り出す。ゴンザレス゠トレスはその論理を反転させた。いつかどちらかが止まる時計を置く。いつか片方が切れる電球を置く。いつか誰かが持ち去るキャンディを置く。

「足し算」ではなく「引き算」で、彼は恋人を描いた。

ハーストは「保存」した、ゴンザレス゠トレスは「消した」

同時代の対比として、しばしばダミアン・ハーストの名が挙がる。1993年、ヴェネチア・ビエンナーレの「Aperto ’93」で発表された《Mother and Child (Divided)》は、母牛とその子牛をそれぞれ縦半分に切断し、4つのガラスタンクのホルマリンに浸した作品である。鑑賞者はタンクの間を歩いて、断面を覗き込む。1995年にハーストにターナー賞をもたらした作品でもある。

ハーストは死を「保存」する。腐敗を止め、永久に視覚化する。それは見せ物としての残酷さでもあり、ヴァニタス(memento mori)の現代版でもあった。

ゴンザレス゠トレスは反対の方向に進んだ。死そのものではなく、不在を可視化する。標本化ではなく、消滅を許す。ハーストの作品が「失われたものを腐敗から守る」とすれば、ゴンザレス゠トレスの作品は「失われていく過程そのものを作品にする」。

YBA(Young British Artists)が衝撃と挑発で名を上げた1990年代、ゴンザレス゠トレスは囁くような語法を選び続けた。1991年のホイットニー・ビエンナーレに355ポンドのキャンディの山を置いた人物が、わずか5年後にはエイズで世を去る。

キャンディは今もそこにある

1996年1月9日、ゴンザレス゠トレスはマイアミでエイズの合併症により死去。38歳。彼は生涯、自分の作品の「公衆」は誰かと問われると「率直に、ロスだ」と答え続けた。

2007年、彼は死後にもかかわらず、ロバート・スミッソンに次ぐ二人目のアメリカ人として、ヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館代表に選ばれた。普通、生前のアーティストに与えられる栄誉である。

彼が開けた扉から、多くのアーティストが入ってきた。ティノ・セーガル。リクリット・ティラヴァーニャ。観客との関係そのものを作品の素材にする「関係性の美学」(ニコラ・ブリオー、1998)と呼ばれる潮流の、最も静かな先駆者として、ゴンザレス゠トレスは記憶されている。

今日も世界のどこかで、誰かが175ポンドのキャンディの山に近づき、一粒手に取って、自分のポケットに入れる。シカゴ美術館で。グッゲンハイムで。巡回展で。鑑賞者は、ロスの身体の一部を持ち帰る。家に帰って、口に入れるか、引き出しにしまうか、誰かに渡す。そのキャンディは溶けるか、消費されるか、忘れられる。

夜、美術館のスタッフが計量し、不足分を補う。翌朝、山は再び175ポンドに戻る。エイズという病が一人の人間を蝕んだ事実は変わらない。だが補充は続く。

愛とは、何かを「足す」行為だと考えがちだ。プレゼント、言葉、共有された時間。ゴンザレス゠トレスは別の答えを示した。

愛は、減っていくものに耐えることでもある。減ったぶんを、毎晩、誰かが、こっそりと埋め直す行為でもある。

基本データ

作家
フェリックス・ゴンザレス゠トレス(Félix González-Torres)
生没年
1957年11月26日(キューバ・グアイマロ生まれ) – 1996年1月9日(マイアミにてエイズ関連の合併症で死去、38歳)
主な学歴
プラット・インスティテュート(写真学BFA、1983)、国際写真センター(MFA、1987)、ホイットニー・インディペンデント・スタディ・プログラム(1981, 1983)
パートナー
ロス・レイコック(Ross Laycock、1959年カナダ・カルガリー生まれ – 1991年1月24日トロントにてエイズ関連の合併症で死去、31歳)。誕生日は3月5日。
《”Untitled” (Perfect Lovers)》
1991年。電池式壁掛時計2点と壁面塗装。各直径約35.6cm。MoMA、ダラス美術館、グレンストーン、ワズワース・アテネウムほか所蔵。
《”Untitled” (March 5th) #2》
1991年。40ワットの白熱電球2個、磁器ソケット、延長コード。エディション20+AP2。クリーブランド美術館、シカゴ美術館、ミシガン大学美術館ほか所蔵。タイトルはロスの誕生日に由来。
《”Untitled” (Portrait of Ross in L.A.)》
1991年。多色セロファン包みのキャンディ、無尽蔵。理想重量175ポンド(約79kg、ロスのHIV陽性診断時に医師が定めた理想体重)。シカゴ美術館所蔵。
《”Untitled” (Lover Boys)》
1991年。シルバー箔包みキャンディ、無尽蔵。理想重量355ポンド(約161kg、ゴンザレス゠トレスとロス二人分の体重)。1991年ホイットニー・ビエンナーレで発表。
対比作品
ダミアン・ハースト《Mother and Child (Divided)》、1993年。母牛と子牛の半身をホルマリンに浸した4つのガラスタンク。ヴェネチア・ビエンナーレ「Aperto ’93」で発表、1995年ターナー賞受賞。
関連する美学
「関係性の美学」(Esthétique Relationnelle / Relational Aesthetics)、ニコラ・ブリオーが1998年に提唱。ティノ・セーガル、リクリット・ティラヴァーニャらに影響。

Q&A

なぜキャンディの重さは175ポンドなのか?
パートナーのロス・レイコックがHIV陽性と診断された際、医師が定めた「理想体重」が175ポンドだった。出会った頃のロスは195ポンドあったが、その後175ポンドに落ちて、医師はこの体重を維持することを目標とした。作品はこの体重をロスの「健全な身体」として象徴している。
時計の片方が止まったら、作品は終わりなのか?
いいえ。所蔵館・コレクターは規約に従って電池を交換し、再び二つの時計を同時刻に合わせ直さなければならない。「電球を切れたままにしてはいけない」「キャンディを補充しなければならない」というルールと同じく、作品は終わらず、ずれと修復のサイクルを永続的に繰り返す。
ハースト《Mother and Child (Divided)》との対比はどう理解すればよいか?
同じ90年代初頭の作品でありながら、死への向き合い方が正反対である。ハーストはホルマリンで母牛と子牛の身体を「保存」し、腐敗を止めて永遠の見せ物にした。ゴンザレス゠トレスは反対に、作品が「減っていく」「消えていく」プロセスそのものを作品にした。標本化と消滅という、二つの異なるヴァニタス(memento mori)の現代形である。
ゴンザレス゠トレス自身はその後どうなったのか?
ロスの死から5年後、1996年1月9日にマイアミでエイズ関連の合併症により死去、38歳だった。彼の作品の取り扱いは「フェリックス・ゴンザレス゠トレス財団」(2002年設立)が管理している。2007年には死後にもかかわらず、ヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館代表に選ばれた。
キャンディは本当に食べていいのか?
展示の指示書(certificate)上、鑑賞者がキャンディを手に取ることは作品の本質的な一部とされている。多くの美術館で持ち帰りも、その場で食べることも許容されている。ただし衛生・アレルギー等の理由で美術館側が注意書きを添える場合もある。「鑑賞者が作品を消費する」という参加性こそが、ゴンザレス゠トレスの提示した革新だった。

参考文献

Felix Gonzalez-Torres. “Untitled” (Perfect Lovers). 1991 | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/81074
“Untitled” (March 5th) #2 | The Art Institute of Chicago
https://www.artic.edu/artworks/180585/untitled-march-5th-2
“Untitled” (Portrait of Ross in L.A.) | The Art Institute of Chicago
https://www.artic.edu/artworks/152961/untitled-portrait-of-ross-in-l-a
“Untitled” (March 5th) #2 | Cleveland Museum of Art
https://www.clevelandart.org/art/3.2017
“Untitled” (March 5th) #2 | Felix Gonzalez-Torres Foundation
https://www.felixgonzalez-torresfoundation.org/works/untitled-march-5th-2
Ross Laycock | Visual AIDS
https://visualaids.org/artists/ross-laycock
Mother and Child (Divided) | Damien Hirst Official Website
https://www.damienhirst.com/mother-and-child-divided-1
Turner Prize 1995 artists: Damien Hirst | Tate
https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-britain/turner-prize-1995/turner-prize-1995-artists-damien-hirst

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