「東京オリンピック開催迄あと147日 国民の力で成功させよう」――2020年2月29日、京都大学の正門前に、その赤い大看板が立った。下の方には白いペンキで「中止だ中止」と殴り書きされた落書きまで再現されている。元ネタは、1988年公開のアニメ映画『AKIRA』のたった数秒の背景描写。32年後の現実の街角に、画面外から実寸大で持ち出されていた。
その3週間後、東京オリンピックの1年延期が正式に決まる。SNSではハッシュタグ「#中止だ中止」がトレンド入りし、CNNやBBCがこのシンクロニシティを取り上げた。予言が当たった、と人々は囃した。だが起きていたのは、もっと地味で、もっと厄介なことだった。1988年に大友克洋が描いた夜のネオ東京の方が、いつの間にか現実の東京に追い越されていた。「AKIRAみたい」と呟かれるとき、人が指さしているのは画面の中ではなく、目の前の街の方。

1988年7月16日、東京の劇場で起きたこと
『AKIRA』が日本で公開されたのは1988年7月16日。有楽町マリオン内の日本劇場には朝から長蛇の列ができ、初回上映に入れなかった観客は午後の回を行列のまま待った。映画は冒頭、「1988年7月16日 東京」と表示してから、その同じ夏の日に新型爆弾で東京が消滅する場面に切り替わる。劇場で『AKIRA』の初日を観た観客は、自分が座っている椅子の真上で、たった今、自分の街が爆発するのを目撃したことになる。
原作の連載が始まったのは1982年、講談社『週刊ヤングマガジン』。連載は8年続き、1990年まで描かれた。映画はその途中で、1986年から3年がかりで制作されている。スタッフ約1,300人、総制作費10億円、セル画約15万枚、カット数2,200。日本のテレビアニメが通常「3コマ打ち」――同じ画を3フレーム連続させる省力化――で作られていた時代に、大友は「2コマ打ち」を基本に置いた。同じ枚数の作業で描ける尺は3分の2になる。それは制作費が1.5倍に膨らむ計算とほぼ同じ意味で、大友はそれを承知で要求した。
登場人物の口は、当時のアニメで一般的だった3パターンではなくAからGまで7パターンに描き分けられている。先に声を録ってから絵を合わせるプレスコ方式――海外アニメでは主流だったが日本では稀だった――が採用され、口の動きと声を一致させるリップシンクは執拗なほど精密に作られた。1988年12月の国際映画祭出品に合わせて、エンドクレジットを英語表記に変更し、追加で200枚の絵を描き直すために1億円が追加投資されている。製作費は最終的に11億円になった。
「日本人にも見せたいけれど、もともと海外に出すつもりで作っている」――その姿勢が、技法の選択ひとつひとつに表れている。
真夜中の街を描くために、50の色が発明された
『AKIRA』の上映時間は124分。そのうちのほとんどが夜の場面である。これが当時のアニメの常識からすると、奇妙だった。夜景は描けない――と長らく考えられていた。理由は単純で、絵の具が足りなかったのだ。
手描きアニメで絵が乗る透明シートを「セル」と呼ぶ。セル画は表側ではなく裏側から絵の具を塗る。市販のセル絵の具にはあらかじめ既製の色番号があり、各スタジオはそれを買ってきて使う。明るい昼の場面なら、ベースの色に1〜2段階の陰色を足せば事足りた。だが夜は違う。同じキャラクターでも、街灯の下、ネオンの照り返し、爆発の閃光、月明かりで、まったく違う色に見える。陰の段階を細かく刻まなければ、人物が背景から浮いてしまう。
『AKIRA』の色彩設計は最終的に327色におよんだ。そのうち約50色が、この映画のためにスタジオが新規に調色した独自色である。色指定の山名公枝らが、深い夜の青、ネオンが滲んだ紫、サイキックエネルギーの放射性の緑、そして金田のジャケットの赤――のちに「アキラレッド」と呼ばれることになるアクリル系の塗料――を、ひとつずつ調合していった。

カラー解析の試みで判明したのは、赤とオレンジが画面の中で「速度の記号」として機能していることだった。金田たちのバイクのテールランプは赤、爆発の光はオレンジ、サイキックの暴走は深紅。一方で敵対するクラウン団のバイクは、ほとんど光跡を残さない。観客は色だけで、誰を追えばいいのかを判別できるよう設計されている。緑は逆に極端に少ない――植物の枯れたネオ東京で、生命の色は意図的に削られている。
夜は、絵の具が足りないから描けない。その不文律を、50色の新規調色で殴り倒したのが『AKIRA』だった。
2コマで動く都市、光が尾を引くバイク
序盤、金田が仲間にバイクを譲ろうとした鉄雄を制する場面がある。「ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ」。あの赤いバイクは、ディズニーが1982年に公開したSF映画『TRON』に登場するライトサイクルから出発している。光のラインを引いて疾走するその乗り物をデザインしたのは、『ブレードランナー』の未来都市も手がけた工業デザイナーのシド・ミードだった。大友は「縦に半分に割って、そこから組み立て直した」とForbesの2017年のインタビューで語っている。バイクのほとんどは大友自身の設計で、いくつかは『MEMORIES』の森本晃司が担当した。
金田のバイクが夜のハイウェイをドリフトする数十秒間――『AKIRA』を観たことがない人でもどこかで見たことがある、あの場面。テールランプが赤い帯となって尾を引く描写は、長時間露光で撮影した自動車のナイトショットに似ている。実写の現象としては「コメットテール」と呼ばれる残光現象で、編集ソフトでも近似的に再現できるが、アニメで意図的にやった例は当時ほとんどなかった。光は粒として描くものではなく、線として描くもの――『AKIRA』はそれを発明したわけではないが、世界中の観客に「速度を線で見る」という見方を教え込んだ。
金田のスライドブレーキの場面は、ポケモン、バットマン・アニメイテッド・シリーズ、近年では『マリオカート ワールド』の車両デザインに至るまで、形と動作のセットで引用され続けている。2007年のカニエ・ウェスト「Stronger」のミュージックビデオは、Hype Williams監督のもとで東京ロケされ、金田のスライド、ゲリラの暴動、病院のシーンを、ほとんどフレーム単位で再現した。カニエは2018年8月27日のツイートで、原作者・大友克洋の写真を投稿し、「この映画は俺の最大のクリエイティブな源だ」と書いている。
ネオ東京の血脈は、1964年から流れている
ネオ東京は東京湾上の人工島に建てられている、という設定だ。崩壊した「旧市街」――かつての東京――の手前に、超高層ビル群と廃墟、1970年代の昭和の街並みが渾然と混ざる新首都が立っている。1980年代の漫画家が、なぜそんな海上都市を当然のように描けたのか。背景には、1960年代に東京で本気で議論されていた都市計画群がある。
1960年代の東京は、丹下健三を中心とする建築運動「メタボリズム」の温床だった。生物学用語で「新陳代謝」を意味するこの運動は、東京湾を横断して延びる海上都市、空中回廊で結ばれた超高層群、カプセル状の住戸を交換しながら成長していく建築を構想した。丹下の1960年「東京計画」、菊竹清訓の「海上都市」、黒川紀章の中銀カプセルタワー(1972年銀座竣工、2022年解体)。それらは大半が紙の上で終わったが、当時の建築雑誌や万博会場のパヴィリオンに、夢の図版として残った。1954年生まれの大友は、その夢が冷めかけた1970年に上京して、東京で漫画家修行をしていた。
もうひとつ、ネオ東京には1964年が埋め込まれている。日本研究者クリスチャン・タグソルドが2023年の論文で論じたのは、漫画版に登場するアキラを祀る神殿が、丹下健三の代々木国立屋内総合競技場(1964年竣工、現・国立代々木競技場)の意匠を強く引いている、という点だった。代々木の体育館は、屋根を柱ではなく2本の主柱から張ったワイヤーロープで吊る世界初の構造で、東京五輪開幕の39日前にようやく竣工した突貫の名建築である。戦後復興のシンボルが、ネオ東京の2020年オリンピック準備の中心に置き直されている。
連載が始まった1982年は、名古屋オリンピック招致をめぐって市民の反対運動が燃え盛っていた時期と重なる。タグソルドは、大友が1964年の東京五輪に向けられたノスタルジアと、80年代初頭の招致反対の熱を、同じ画面の中に折り重ねた、と論じている。「破壊と復興を反復させる装置」――そう評する研究者もいる。ネオ東京は未来の街であるよりも、戦後日本が反芻してきた夢の標本箱に近い。
観察者・大友克洋
大友克洋は1954年4月14日、宮城県登米市に生まれた。高校時代は美術部。1970年、16歳で上京する。1973年、『漫画アクション』(双葉社)に短編「銃声」を寄稿してデビュー。初期作品の多くは、東京の団地、駅、雑居ビルといった当時の都市風景を、機械的なまでに精緻に描くことから始まっている。
初期の代表作『童夢』(1980〜81年、双葉社『アクションデラックス特別増刊』で4回に分けて連載)は、郊外の巨大団地で起きる連続不審死を描いた現代ホラーである。スタンリー・キューブリック『シャイニング』(1980)とデヴィッド・クローネンバーグ『スキャナーズ』(1981)の影響をはっきり受けたこの作品で、大友は団地という建築そのものを主人公にした。広角レンズと厳格な遠近法を多用し、左右対称の構図で建物を不気味にせり上がらせる――『AKIRA』の都市描写の文法は、すでに『童夢』で完成している。『童夢』は1983年に第4回日本SF大賞を受賞、84年に第15回星雲賞コミック部門も受賞した。漫画家のSF大賞受賞は、それまでも以後もきわめて珍しい。
大友の漫画は熱量が低い。少年漫画的な気合や叫びを徹底して描かず、登場人物は背景に対して小さく、感情はカメラの遠さに溶ける。一方でペン線だけは異常に熱い。その乖離が、大友以前と大友以後を分けた。日本の漫画は彼の登場で線の解像度が一段上がり、世界は「日本の漫画は線が違う」と気づくことになった。
2005年フランス芸術文化勲章シュバリエ。2013年紫綬褒章。2014年フランス芸術文化勲章オフィシエとアニー賞ウィンザーマッケイ賞。2015年フランス・アングレーム国際漫画祭グランプリ――漫画家として初めて。受賞リストだけ並べれば優等生の経歴に見えるが、当人は東京の街に対する徹底した観察者の位置から、ほぼ動いていない。
「中止だ中止」――2020年2月の看板
2020年2月28日、東京五輪開幕までちょうど147日となるこの日、Twitterで「#中止だ中止」がトレンド1位に入った。新型コロナウイルスの感染拡大で、五輪開催の見通しが揺らぎ始めた瞬間だった。引き金は劇場版『AKIRA』のあの背景看板――劇中のオリンピック競技場建設現場に、「東京オリンピック開催迄あと147日 国民の力で成功させよう」と書かれ、その下に「中止だ中止」と落書きされている、たった数秒のショットである。CNN、BBC、South China Morning Postが立て続けに取り上げ、看板を実物大で再現した京都大学の落書きが、3月のニュースを駆け抜けた。
その同じ2020年五輪に向けて、大友克洋自身は開会式の演出に関わる予定だった。当初プランでは、金田の赤いバイクが新国立競技場に走り込んで開会を告げる、という演出が検討されていたとアニメ・ニュース・ネットワークが報じている。漫画版『AKIRA』には強い反五輪の感情が刻まれているのに、現実の大友はクールジャパンの旗手として開会式の絵を描こうとしていた。複雑な構図のまま、コロナ禍がすべてを白紙に戻した。
渋谷PARCOは2017年から2019年まで、建て替え工事中の仮囲い壁面に河村康輔と組んでAKIRAアートウォールを展開した。工事現場という、本来は誰も写真を撮らない無味な仮設物が、AKIRAの絵を貼られただけで巨大な聖地になり、SNSで世界に拡散した。大友本人はインタビューで、若者の魂が映る場所にAKIRAは何度でも呼ばれる、と認めている。
夜の街が「AKIRAみたい」と呼ばれた日
スコットランド出身の写真家リアム・ウォン(Liam Wong)が2019年に出した写真集『TO:KY:OO』(Thames & Hudson)は、東京の夜の街を時間タイムスタンプ付きで撮った250点を収録している。エディンバラ生まれの元ゲームディレクターで、Ubisoft Canada在籍時代に休暇で日本を訪れて撮り始めた。被写体は新宿のラーメン屋の看板、新橋のサラリーマン、雨に濡れたタクシーのテールランプ。色は強くシアンとマゼンタに寄せて編集され、ネオンの色温度が現実より一段サイバーパンク寄りに引かれている。本人はインタビューで、影響源として『ブレードランナー』『AKIRA』『攻殻機動隊』を挙げ、シド・ミードの名前を毎回出している。

1988年に大友が描いた東京の夜を、2019年の写真家が現実の東京で再現する。撮るのは未来都市ではない。新橋でも歌舞伎町でも秋葉原でも、夜のシャッターを切れば、観た人が「AKIRAみたい」と言う色が映ってしまうほど、街の方が映画に近づいた。香港のタイクウン(大館)では2019年から2020年にかけて『AKIRA』と『ブレードランナー』の2019年設定を並べたマルチメディア展が開催され、両作が同じ年を舞台にしている奇妙な符合が、東アジアのメガシティの自画像として展示された。
ファッションも同じ循環を辿った。Supremeは2017年秋にAKIRAコレクションを発表、金田のジャケットを模したセットアップが転売市場で1,400ドルを超えた。コム・デ・ギャルソンは2013年に大友克洋とのトートバッグを店舗限定で出している。アンダーカバーは2018年、ウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』の試写会用に大友とコラボしたTシャツを作った。Loewe、KENZO、PARCO、Funimationの公式ジャケット――30年以上、断続的に同じ赤いシルエットが繰り返し売られている。
派生作品のリストはきりがない。リドリー・スコット『ブレードランナー』(1982)が西洋から仕掛けたサイバーパンクの美学に、大友は東洋側から呼応した。その先に押井守『攻殻機動隊』(1995)、ウォシャウスキー『マトリックス』(1999)、ライアン・ジョンソン『LOOPER/ルーパー』(2012)、ジョシュ・トランク『クロニクル』(2012)、ノーラン『インセプション』(2010)、そしてダファー兄弟『ストレンジャー・シングス』(2016〜)。ダファー兄弟は『AKIRA』の影響を「とてつもなく大きいものだった」とDaily Beastに認めている。
2026年1月3日、NHK Eテレが22時から劇場版『AKIRA』を放送した。Eテレで――と業界が驚き、ファンが「ノーカットだろうか」とざわついた。1988年に大人向けの劇場アニメとして公開された作品が、四半世紀を超えて教育チャンネルで流される。『AKIRA』が古びたから、ではない。逆で、夜の街の方が『AKIRA』に追いついて、もう同じ温度で見られるようになっていた。
1988年の劇場で「これって、今日の話だよな」と隣の友人と顔を見合わせた高校生たちは、いま50代になっている。彼らの孫世代は、AKIRAを「予言の書」と呼んだり、Supremeの古着で街を歩いたり、Liam Wongの写真集を本棚に置いたりしている。セル画15万枚に描かれた夜は、まだ消えていない。
基本データ
- 作品名
- AKIRA(アキラ)
- 原作・監督・脚本・キャラクターデザイン
- 大友克洋(1954年4月14日生、宮城県登米市出身)
- 公開年
- 1988年7月16日(日本公開)
- 原作連載
- 1982年〜1990年、講談社『週刊ヤングマガジン』
- アニメーション制作
- 東京ムービー新社(現・トムス・エンタテインメント)
- 製作
- アキラ製作委員会
- 製作期間
- 3年(1986〜1988)
- 総製作費
- 約10億円(国際映画祭出品時に1億円追加投資)
- セル画枚数
- 約15万枚
- 総カット数
- 約2,200カット
- 色彩設計
- 327色(うち約50色を新規調色)
- スタッフ数
- 約1,300人
- 作画監督
- なかむらたかし(作画監督補・森本晃司)
- 音楽
- 芸能山城組(山城祥二)
- 受賞歴(大友克洋)
- 第4回日本SF大賞(『童夢』、1983)、講談社漫画賞(『AKIRA』)、紫綬褒章(2013)、アニー賞ウィンザーマッケイ賞(2014)、フランス芸術文化勲章オフィシエ(2014)、アングレーム国際漫画祭グランプリ(2015)
Q&A
- 『AKIRA』が「2020年東京オリンピックを予言した」というのは本当ですか?
- 厳密には予言ではありません。大友克洋は1964年東京五輪の記憶を強く意識していて、ネオ東京の2020年オリンピックは「再びの五輪による戦後復興のやり直し」という構図で描かれました。日本研究者クリスチャン・タグソルドは、1980年代初頭の名古屋五輪招致反対運動の空気が、漫画版の強い反五輪感情に反映していると指摘しています。結果として日本が2020年五輪を招致し、コロナ禍で1年延期に追い込まれた、という別の歴史が重なって「予言」と呼ばれることになりました。
- 金田の赤いバイクはオリジナルデザインですか?
- 大友本人がインスピレーション源として明言しているのは、1982年のディズニー映画『TRON』のライトサイクルです。シド・ミードがデザインしたあの光のラインを引く乗り物を「縦に半分に割って」、そこから様々なメカ要素を組み合わせていった、と2017年のForbesインタビューで答えています。ほとんどのバイクのデザインは大友自身が手がけ、一部を森本晃司が担当しました。
- 『AKIRA』で50色も新規に絵の具を作ったというのは、本当に必要だったのですか?
- 必要でした。映画の上映時間124分のうち大半が夜の場面で、しかも街灯・ネオン・爆発光・サイキックエネルギーといった、それぞれ違う光源で照らされた人物を描き分ける必要がありました。既存のセル絵の具では夜景の細かい階調を出せず、人物が背景から浮いてしまうため、専用色を調合せざるを得なかったのです。金田のジャケットの赤は「アキラレッド」と呼ばれるアクリル系の塗料として残りました。
- テールランプが尾を引く描写は『AKIRA』が発明したものですか?
- 長時間露光で光の軌跡を残す現象自体は実写写真の世界で古くから知られていました。コメットテールとも呼ばれます。『AKIRA』が発明したのではなく、アニメーションで意図的に色とラインで再現し、観客に「速度を線で見る」習慣を植え付けたことが大きかったといえます。カラー解析では金田のバイクは強い軌跡を残す一方で、敵対するクラウン団のバイクはほとんど軌跡を残さない設計で、観客が誰を追えばいいかを色だけで判別できるようになっています。
- 『AKIRA』はなぜこれほど後の作品に引用され続けているのですか?
- 影響を公言した作り手だけでも、カニエ・ウェスト、ライアン・ジョンソン(『LOOPER/ルーパー』)、ジョシュ・トランク(『クロニクル』)、ダファー兄弟(『ストレンジャー・シングス』)、ウォシャウスキー姉妹(『マトリックス』への影響を周囲が指摘)、押井守(『攻殻機動隊』)など多岐にわたります。理由は単一ではありませんが、SF/超能力/暴走するティーンエイジャー/破壊される巨大都市というテーマセットを、夜の街の質感まで含めてひとつのビジュアル文法として確立してしまった点が大きいでしょう。引用したい要素が多すぎる作品、と言い換えてもいいかもしれません。
参考文献
- AKIRA (1988年の映画) – Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/AKIRA_(1988年の映画)
- 『AKIRA』4Kリマスター 公式サイト INTRODUCTION
- https://v-storage.jp/sp-site/akira/introduction/
- Akira and the Tokyo Olympics in 1964 and 2020/21 – Christian Tagsold (Contemporary Japan)
- https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/18692729.2023.2168840
- How Akira and Blade Runner predicted the neon urban ugliness of Tokyo and Hong Kong in 2019 – South China Morning Post
- https://www.scmp.com/magazines/style/news-trends/article/3037944/how-akira-and-blade-runner-predicted-neon-urban
- How Akira’s Record-Breaking Use Of Color Resulted In 50 New Shades – SlashFilm
- https://www.slashfilm.com/807579/how-akiras-record-breaking-use-of-color-resulted-in-50-new-shades/
- 映画「AKIRA」は緑色が特徴的に用いられている – GIGAZINE
- https://gigazine.net/news/20200617-akira-color/
- Katsuhiro Otomo On Creating ‘Akira’ And Designing The Coolest Bike In All Of Manga And Anime – Forbes
- https://www.forbes.com/sites/olliebarder/2017/05/26/katsuhiro-otomo-on-creating-akira-and-designing-the-coolest-bike-in-all-of-manga-and-anime/
- 東京五輪の開催危機、32年前のアニメが予言? – CNN.co.jp
- https://www.cnn.co.jp/showbiz/35150275.html
- 国立代々木競技場 – Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/国立代々木競技場
- 大友克洋全集 PROFILE
- https://otomo-complete.com/profile/index.html
- TO:KY:OO by Liam Wong – Asian Review of Books
- https://asianreviewofbooks.com/tokyoo-by-liam-wong/
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