ブルータリズム再評価|「醜い建築」がInstagramの推しになるまで

ブルータリズム再評価|「醜い建築」がInstagramの推しになるまで

目次

2017年12月、ロンドン東部ポプラー地区。クレーンが、コンクリートの壁を、高さ約9メートル、幅5.5メートルの巨大な切り身として本体から慎重に切り出していた。これは解体現場ではなく、博物館への搬入作業である。

切り出されたのは、アリソン&ピーター・スミッソンが設計したブルータリズム集合住宅、ロビン・フッド・ガーデンズの一角。1972年に完成し、半世紀も経たないうちに「醜い」として取り壊しが決まった建物の、3階分の断片。引き取り手はヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)。”street in the sky”(空中のストリート)と呼ばれた長い回廊と、住戸内部のパーツまで保存対象になった。

団地の一部を、まるでパルテノン神殿のフラグメントのように博物館が引き取る。2025年5月31日に開館したV&Aイースト・ストアハウスで、断片は来場者の頭上に吊り下げられて公開されている。

なぜ、いまこれが起きるのか。

ル・コルビュジエが1952年にマルセイユで打ちっぱなしコンクリートの集合住宅を完成させてから、V&Aの搬入クレーンが動くまで、65年。その間にブルータリズムは、戦後福祉国家の理想として立ち上がり、犯罪の温床として憎まれ、Tumblrで甦り、Instagramで消費された。誰が、いつ、なぜ「醜い」を撤回したのか——65年の振れ幅は、SNSでバズった「アイコン」の物語だけでは説明がつかない。

「醜さ」がスタイルになるまで

ブルータリズムという言葉が最初に現れたのは1953年。アリソン・スミッソンが自分たちのソーホーの住宅計画案を「ニュー・ブルータリズム」と呼んだのが初出とされる。当時アリソンは25歳。ピーターは5つ年上だった。

英国の建築誌『Architectural Review』が1955年12月号にレイナー・バナム(Reyner Banham)の論考「The New Brutalism」を掲載すると、言葉は一気に広まった。バナムはこの新しい建築を三つの特徴で定義する。イメージとしての記憶可能性、構造の明快な提示、素材を「見つかった状態のままで」評価すること——飾らない、隠さない、機械の仕掛けも配管も剥き出しでいい、という宣言だった。

語源は、フランス語の「béton brut(打ちっぱなしコンクリート)」。1952年にマルセイユで完成したル・コルビュジエの集合住宅ユニテ・ダビタシオンが、コンクリート型枠の木目をそのまま残した粗い表面を見せた、あの「raw concrete」のこと。バナムの論考の冒頭にはコルビュジエの「matières brutes(粗い素材)」という言葉が引かれている。

ブルータリズム=醜い、というイメージは、後づけの誤読に近い。”brut”は「粗野な」というよりも「未加工の」という意味合いで、装飾を拒む潔さを指す。ただし、出来上がった建物の見た目があまりに重たく、灰色で、地面に張り付くようだったために、英語圏では文字通りbrutal(残酷な)と解釈されるようになっていく。

戦後イギリスの空気がこのスタイルを必要としていた。ロンドンは空襲で大量の住宅を失い、福祉国家として大量の公営住宅を急いで建てねばならなかった。鉄も木材も乏しい。残ったのはセメントと砂利。打ちっぱなしコンクリートは経済合理性そのものだった。

スミッソン夫妻が1954年に完成させたノーフォーク州のハンスタントン中等学校(Hunstanton School)が、最初のブルータリズム建築として認められる。レンガはそのままレンガ、鉄骨はそのまま鉄骨、配管も天井も剥き出し。バナムは、現代建築のなかでほとんど唯一、見た目どおりの素材でできている建物だ、と評した。水と電気は壁の穴から湧いて出るのではなく、目に見えるパイプで運ばれてくる。

丹下健三と日本のコンクリート

スタイルは1950年代後半に日本へ渡る。受け取り手は丹下健三だった。

1945年5月の東京大空襲で、文京区関口にあった木造ゴシックの聖堂が焼け落ちた。再建のための指名コンペに呼ばれたのは、前川國男、谷口吉郎、丹下健三の三人。1962年、選ばれたのは丹下案だった。ゴシックの再現ではなく、8枚の湾曲したコンクリート壁(HPシェル)を立てかけ、その隙間が真上から見ると十字架になる——という案である。

1964年12月、東京カテドラル聖マリア大聖堂が竣工する。本体の高さ39.4メートル、外装はステンレス鋼板。同じ年、丹下は東京五輪の国立代々木屋内総合競技場も完成させている。吊り構造とHPシェル、当時の最先端をひとりの建築家が同時に走らせていた。

丹下のもう一つの代表作、1966年に甲府で完成した山梨文化会館は、ブルータリズムとメタボリズム——黒川紀章や菊竹清訓らが提唱した、建築が生物のように成長・代謝するという日本独自の運動——のハイブリッドだった。コンクリートの円筒に階段や設備をまとめ、その間を床版が橋のように渡る。空いた部分は将来「成長」するための余白として残された。

ブルータリズムは英国生まれだが、戦後復興と高度成長を同時に走った日本では、コンクリートの量塊そのものが未来の象徴だった。

タワー・オブ・テラーの時代

1980年代に入ると風向きが変わる。

ロンドン西部、ノース・ケンジントンのケンサル・タウンに建つトレリック・タワー(Trellick Tower)。ハンガリー出身の建築家エルノー・ゴールドフィンガー(Ernő Goldfinger)が設計し、1972年に完成した31階建て・高さ98メートルの公営高層住宅は、騒音源となる昇降機やゴミシュートを別棟にまとめ、住戸からの眺望を最大限確保するという理想を体現していた。217戸。

ゴールドフィンガーは、コンシェルジュを置くことと入居審査を行うことを求めていた。聞き入れられなかった。誰でも入れる建物の共用廊下に、やがて野宿者と破壊行為と薬物が入り込む。10年も経たないうちに「タワー・オブ・テラー(恐怖の塔)」と呼ばれるようになり、1984年にはフィナンシャル・タイムズが世界で最も醜い建物の一つに挙げた。

設計の責任なのか、運営の責任なのか。答えは後から出た。1984年に住民組織が結成され、彼らが要求し続けた玄関の施錠、コンシェルジュ、防犯カメラが実現すると、治安の問題は大きく改善する。ゴールドフィンガーが求めていたものと、ほぼ同じだった。1987年、彼は自分の塔の評判が回復する直前に世を去り、タワーは1998年にグレードII*の指定建造物となった。

ロビン・フッド・ガーデンズは、同じ救済を受けられなかった。10階建てと7階建ての2棟、213戸。スミッソン夫妻が20年にわたる集合住宅研究の集大成として手がけ、空中のストリートで住人同士の交流を促すはずだった団地は、幹線道路に締めつけられた敷地とメンテナンス不足に苦しんだ。

取り壊しの理由として挙げられたのは、住民がこの建物を嫌っている、ということだった。ただし2009年6月に『Building Design』誌が伝えた住民自身のアンケートでは、80%が取り壊しではなく改修を望んでいる。2009年、英国の歴史的建造物リストへの登録は却下された。2012年に解体計画が承認され、2017年、最初の棟が消えた。

「ブルータリズム=団地犯罪の代名詞」というイメージが、1990年代までに定着していた。

タンブラーから始まった巻き返し

潮目はインターネットで変わる。

2010年代初頭、ケント州立大学で建築を教えていたマイケル・エイブラハムソン(Michael Abrahamson)が、Tumblrに「Fuck Yeah Brutalism」を立ち上げた。古い建築書や雑誌から自分でスキャンしたコンクリート建築の写真を、説明もほとんどつけずに投稿していくだけのブログ。フォロワーは数年で21万人に達した。集めた画像の総体そのものが一種の視覚的な定義になっている、と本人は語っている。

似た動きは並行して起きていた。グラフィックデザイナーのピーター・チャドウィック(Peter Chadwick)はTwitter(現X)の@brutalhouseで世界中のブルータリズム建築の写真をキュレーションし、2016年にPhaidonから写真集『This Brutal World』を刊行する。白黒写真だけで構成された大判の本は、コンクリートの量塊を抽象彫刻のように見せた。

決定打は、2015年にドイツ建築博物館(DAM)とヴュステンロート財団が立ち上げた#SOSBrutalismだった。危機にあるブルータリズム建築をハッシュタグで可視化し、世界中から情報を集めてデータベース化する。2025年時点で登録建物は2,300件を超え、うち約175件が「レッドリスト(取り壊しや大幅改変の危機)」に分類されている。

2017年11月9日から2018年4月2日にかけてフランクフルトで開かれた展覧会「SOS Brutalism — Save the Concrete Monsters!」には47,000人が訪れた。ドイツのゴールデンタイムのニュース番組まで取り上げた。

なぜInstagram世代に刺さるのか

理由は重なる。

まず、Instagramという媒体との相性。打ちっぱなしコンクリートは、フィルターをかけても色が破綻しない。直射日光と影だけで強く立ち上がる。スマホ画面の正方形に切り取ったとき、ガラス張りのオフィスビルよりも遥かに強い「絵」になる。

反動の側面もある。2010年代半ば、ウェブもインテリアも家電もシリコンバレー的「ミニマリズム」一色になった。白い余白、ホワイトオークの家具、丸みを帯びたUIアイコン。心地よく無害だが、特徴のない景色。そこに突きつけられた、灰色で重く、文字通り「逃げ場のない」量塊は、画面のなかで群を抜いて目立った。

『The New Republic』誌は2018年、この現象を「ノスタルジックでインターネット最適化された歴史」と切って捨てた。ブルータリズムが本来背負っていた社会住宅の理想や戦後福祉国家の倫理は剥がれ落ち、若者の自己表現の素材として消費されていく——同誌の批判はそこに向けられていた。

それでも、写真が建物を救った実例は出てきている。ベルリンのモイゼブンカー(Mäusebunker)は、マグダレーナ&ゲルト・ヘンスカ夫妻の設計で1971年から1981年にかけて建てられたベルリン自由大学の動物実験施設。2020年に最後のマウスが去ると、所有者のシャリテ医科大学は解体を申請した。

2023年5月、ベルリン州文化財局は一転してこれを文化財に指定する。なぜ今になって、と『ターゲスシュピーゲル』紙に問われた文化財保護局長クリストフ・ラウフトの答えが、この記事の答えでもある。ブルータリズムが人々の意識に入ってきたのは、2017年のフランクフルトの展覧会以降のことだった、と彼は言った。

美術館に運ばれた団地

ロビン・フッド・ガーデンズの解体現場で、V&Aは異例の決断を下した。2017年11月、ファサードと住戸内装を含む3階分の「街路の断片」をコレクション化すると発表する。プレキャストコンクリートの部材にして8トン。

2018年、ヴェネチア建築ビエンナーレ。テーマは「FREESPACE」。断片は、この建物の構造設計を担当したARUPが設計した足場の上で組み直され、来場者は本物の「空中のストリート」を歩けるようになっていた。内部では、韓国出身のアーティスト、ド・ホ・スー(Do Ho Suh)に委嘱した映像作品が流れる。住民が自分たちで手を加え、装飾し、家具を置いた室内を、3Dスキャンとフォトグラメトリーで執拗になめていく映像。タイトルは「Robin Hood Gardens: A Ruin in Reverse(逆向きの廃墟)」。

反発は激しかった。『タイムズ』紙はこの展示を「痛々しいほど気取っている」と評した。ヴェネチアとサウス・ケンジントンのV&A本館では同日に抗議行動が起き、配られたビラは、切り取られた塊がロンドンの社会的浄化の記念碑になっていると告発した。労働者階級の遺産を美術に漂白している、という批判である。

V&Aの言い分はこうだ。流行を超えて考えるのが博物館の役割であり、設計として確かな価値を持つものは、次の世代が向き合えるように残さねばならない。展示を企画した学芸員オリヴィア・ホースフォール・ターナーは、この断片に問わせたかったことを別の言葉で説明している。いま私たちはどんな都市をつくっているのか。その都市で、本当に手の届く住宅はどんな役割を持つのか。

『ブルータリスト』とウェブの中の打ちっぱなし

2024年9月1日、ヴェネチア国際映画祭。ブレイディ・コーベット(Brady Corbet)監督の『The Brutalist』が上映され、12分間のスタンディングオベーションを受けた。215分、途中に15分の休憩が入る。撮影は1950年代に使われていた大判規格ヴィスタヴィジョンで、ヴェネチアでは70mmで上映された。製作費は1,000万ドルを切る。

エイドリアン・ブロディが演じるのは、ホロコーストを生き延び1947年に渡米した架空のハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トート。バウハウスから亡命してきた世代の建築家を思わせる人物像である。コーベットはヴェネチアで監督賞(銀獅子賞)を獲り、作品は2025年のアカデミー賞で主演男優賞・撮影賞・作曲賞の3部門を獲得した。建築様式の名前を冠した3時間半の映画が、賞レースの中心に座った。

並行してウェブデザインの世界では、neobrutalism(ネオブルータリズム)が2020年代前半から急速に広がる。原色のべた塗り、太い黒い枠線、鋭い影、装飾性ゼロのフォント——元の建築様式とは別物だが、「素材を隠さない」「機能を覆い隠さない」という思想は受け継いだ。神経質に磨かれたシリコンバレー的UIへの反動として定着し、いまではUI設計の一様式として解説される。

打ちっぱなしコンクリートの建物そのものは、もう新たには建てにくい。セメントの製造はCO2排出が大きく、気候変動の文脈で批判の対象になっているからだ。コンクリートの構造体を露出させたまま被覆材を減らす、断熱にコルクを使うといった「エコブルータリズム」の実験が、その制約のなかから生まれている。

ロビン・フッド・ガーデンズの跡地を含む再開発は、1,575戸を計画している。消えた213戸の団地より、はるかに多い。だが、そこに空中のストリートはない。

V&Aに吊り下げられた約9メートルの断片だけが、住民が去ったあとの回廊のかたちを、そのまま保っている。

Q&A

ブルータリズムと「打ちっぱなしコンクリート」は同じ意味ですか?
厳密には違います。「打ちっぱなしコンクリート(béton brut)」はル・コルビュジエ由来の素材表現で、ブルータリズムはそれを使った1950〜70年代の建築運動全体を指します。最初のブルータリズム建築とされるハンスタントン中等学校は、むしろ鉄骨・レンガ・ガラスと露出した配管でできています。コンクリートだけの様式ではありません。
丹下健三はブルータリストと呼べますか?
丹下自身はメタボリズムの主導者として知られますが、東京カテドラル聖マリア大聖堂、香川県庁舎(1958年)、山梨文化会館(1966年)などコンクリート量塊と構造の率直な表現を見れば、ブルータリズムの感性を共有しています。海外の資料では「メタボリズム/ブルータリズムのハイブリッド」として紹介されることが多いです。
ロビン・フッド・ガーデンズは、住民に嫌われていたから壊されたのですか?
そう説明されましたが、単純な話ではありません。2009年6月に『Building Design』誌が伝えた住民自身のアンケートでは、80%が解体ではなく改修を望んでいました。幹線道路に囲まれた敷地条件とメンテナンス不足という、設計以外の要因も大きかったとされます。2009年に歴史的建造物リストへの登録が却下され、2012年に解体計画が承認されました。
「ネオブルータリズム」はどの業界の話ですか?
主にウェブとUIデザインの話です。2020年代前半から広がったスタイルで、原色のべた塗り、太い黒枠、鋭い影、装飾を排した粗いタイポグラフィを特徴とします。建築のブルータリズムから「素材を隠さない」「機能を隠さない」という思想を借用しています。建築の世界ではむしろ「エコブルータリズム」として、CO2排出を抑える方向の実験が進んでいます。
日本でブルータリズム建築を見るにはどこに行けばいいですか?
東京カテドラル聖マリア大聖堂(文京区関口)、香川県庁舎東館(高松市)、山梨文化会館(甲府市)などが代表例です。大学キャンパスや公立図書館、戦後の官公庁施設にも未指定の作品が点在しています。SOS Brutalismのデータベース(sosbrutalism.org)の地図機能で、日本の登録建築も検索できます。

参考文献

The New Brutalism / Reyner Banham(Architectural Review 1955年12月号・PDF)
https://architecture-history.org/library/AJ/The New Brutalism by Reyner Banham 9 December 1955.pdf
Brutalist architecture – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Brutalist_architecture
Trellick Tower – Designing Buildings
https://www.designingbuildings.co.uk/wiki/Trellick_Tower
Robin Hood Gardens redevelopment – Designing Buildings
https://www.designingbuildings.co.uk/wiki/Robin Hood Gardens redevelopment
Biennale Architettura 2018: Robin Hood Gardens – A Ruin in Reverse
http://www.labiennale.org/en/architecture/2018/robin-hood-gardens-ruin-reverse
What Isn’t at the V&A Storehouse – ArtReview
https://artreview.com/what-isnt-at-the-va-storehouse-opinion-dan-hicks/
#SOSBrutalism – Database and Campaign
https://www.sosbrutalism.org/cms/15802395
Brutalist Mäusebunker building saved from demolition in Berlin – Dezeen
https://www.dezeen.com/2023/07/18/brutalist-mausebunker-saved-berlin/
The Brutalist – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Brutalist

基本データ

運動の名称
ブルータリズム(Brutalism、New Brutalism)
語源
フランス語「béton brut(打ちっぱなしコンクリート)」。1953年にアリソン・スミッソンがソーホーの住宅案を「New Brutalism」と呼んだのが初出とされる
理論化
レイナー・バナム「The New Brutalism」(『Architectural Review』1955年12月号)。三つの規準=イメージとしての記憶可能性/構造の明快な提示/素材を「見つかった状態のままで」評価すること
主な活動期
1950年代〜1970年代
代表的な建築家
ル・コルビュジエ(スイス出身)、アリソン&ピーター・スミッソン(英)、エルノー・ゴールドフィンガー(ハンガリー出身)、丹下健三(日)、ポール・ルドルフ(米)、マルセル・ブロイヤー(ハンガリー出身)
主要建築
ユニテ・ダビタシオン(マルセイユ、1952)、ハンスタントン中等学校(英ノーフォーク、1954)、東京カテドラル聖マリア大聖堂(東京、1964/高さ39.4m)、山梨文化会館(甲府、1966)、トレリック・タワー(ロンドン、1972/31階・98m・217戸)、ロビン・フッド・ガーデンズ(ロンドン、1972/213戸・2017年解体開始)
SNSリバイバル
Tumblr「Fuck Yeah Brutalism」(マイケル・エイブラハムソン、フォロワー21万人)、Phaidon『This Brutal World』(ピーター・チャドウィック、2016)、#SOSBrutalism(ドイツ建築博物館+ヴュステンロート財団、2015〜/登録2,300件超・レッドリスト約175件)
近年のメディア事象
ブレイディ・コーベット監督『The Brutalist』(2024、A24配給、215分)— ヴェネチア銀獅子賞、2025年アカデミー賞3部門受賞。V&Aイースト・ストアハウス開館(2025年5月31日)でロビン・フッド・ガーデンズの断片を常設公開

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