ストップモーションの魔法|KUBOから辿るトルンカと不完全さの系譜

ストップモーションの魔法|KUBOから辿るトルンカと不完全さの系譜

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『ボックストロール』(2014)の最後のカットは、45秒の長回しでした。二人の登場人物が誰もいない通りで話しながら、カメラがゆっくり引いていく。コマ数にして約1,100。これをアニメートしていたのは、ライカ・スタジオのCEOでありながらこの作品のリードアニメーターも務めた、トラヴィス・ナイト本人です。

その場面で、二人はこんな話をします。自分たちを動かしている巨大な何かが、いるんじゃないか。やがて画面の上から、白いシャツの腕が下りてきます。人間の手です。指先が登場人物の頭をほんの少し傾けると、また撮影が始まる。

手のからくりを見せてしまえば魔法は解ける——というのが映画の常識です。ですがライカの作品では、その手が映り込むことがむしろ肯定の合図として響く。CGでほぼ何でも描ける時代に、あえて一秒を撮るために何日もかける人たちがいる。プラハでも、ブリストルでも、ポートランドでも。彼らが半世紀のあいだ賭けてきたのは、「滑らかさ」ではなく「手の痕跡」でした。

二万三千一八七個の顔

ナイトが初監督した『KUBO/二本の弦の秘密』(2016)で、主人公クボの顔には二万三千一八七個のパーツが用意されました。

数字が大きすぎてピンと来ないかもしれません。顔は眉のパーツと口のパーツに分割されているので、組み合わせ次第で表情は四八〇〇万通りを超える。クボひとりで、です。

ライカが採用してきたのは「顔置換アニメーション(replacement animation)」と呼ばれる古典的手法です——コマごとに違う表情の顔パーツを付け替えて撮る、という発想。違うのは、その膨大なパターンを3Dプリンタで出力したこと。『コララインとボタンの魔女』(2009)でこの技術を実用化して以来、ライカは作品ごとに精度を上げてきました。

ライカ自身が公開している数字があります。アニメーター一人が一週間に完成させる映像は、3.31秒。一日あたり15.9コマ。『KUBO』全体ではショット数1,359、アニメーションのコマ数は133,096。撮影監督フランク・パッシンガムが率いた5つのカメラ・ライティングチームが、94週かけて撮り切りました。船上のシーンだけで、十九カ月。

「映画をつくるのに最悪のやり方」

『ボックストロール』の撮影現場を訪れた記者に、ナイトは冗談めかしてこう言っています。ストップモーションは「映画をつくるのに最悪のやり方」だと。

予算六〇〇〇万ドル。ナイトはナイキ創業者フィル・ナイトの息子で、資金の心配をする立場にはいません。それでもCGに乗り換えない理由を、彼は『パラノーマン』(2012)公開時のインタビューで語っています。ストップモーションは肉体労働であり、あらゆる感情の裏に作家の手と注意が見えている。それが人間性を与えるのだ、と。CGがどれだけ驚異的でも、そこだけは真似できない。

同じ取材で、ナイトはさらに踏み込みます。自分たちはストップモーションの不完全さを積極的に受け入れている。どのショットにもミスがあると分かっている。生々しくて、不完全で、そして紛れもなく人間的だ——。

ただしナイトにとってコンピュータは敵ではありません。『KUBO』の月の獣はライカ初の3Dプリント製パペットで、巨大骸骨のほうは重量400ポンド(約180キロ)、アニメーターの背丈を超える大きさのために「ヘキサポッド」と呼ばれるモーションコントロール装置で操られました。手仕事と最新技術の中間に、わざわざ陣取り続けています。

プラハ、一九六五年——『手』の物語

ナイトたちが受け継いだ系譜の源流に、ひとりのチェコ人がいます。

イジー・トルンカ。1912年プルゼニ生まれ、1969年プラハ没。生涯に130冊の本の挿絵を手がけた画家であり、1936年には自前の人形劇団も持っていました。戦後の1945年、エドゥアルト・ホフマンらと手描きアニメーションのスタジオ「ブラトリ・ヴ・トリク」を設立。翌1946年の第1回カンヌ国際映画祭に短編を出品し、そのうち『贈り物』を観たUPA共同創設者のスティーヴン・ボサストウは、のちにトルンカを「ディズニーの全能性に最初に反旗を翻した男」と呼びました。

手描きで評価を得た直後、トルンカは人形に移ります。1946年に人形映画の部署を立ち上げ、翌年の長編『シュパリーチェク(チェコの一年)』でヴェネチアの賞を獲得。以降の二十年、人形アニメーションが彼の言語になりました。

トルンカ作品の特徴は、人形の構造そのものにあります。表情はほとんど動きません。顔のパーツを差し替えるライカとは正反対で、一つの顔のまま、身体の動きと照明と間合いだけで感情を語らせる。動きが少ないからこそ、観客は微細なゆらぎに釘付けになる。制約を不自由でなく、語法に転換した人でした。

絶筆が『手』(Ruka, 1965)です。台詞のない十八分。鉢植えを大事に育てる道化師の陶工のもとに、白い手袋をはめた巨大な手が侵入してきます。手は「私の像をつくれ」と命じる。拒む陶工に、手は称賛と金銭と暴力とを順に使う。やがて罠にかけられた陶工は檻に入れられ、手に糸で操られながら、命じられた像を彫らされます。完成すると手は勲章と月桂冠を与える。それでも彼は像を倒し、檻に穴をあけて逃げ出します。

スターリンが作家を「人間の魂の技師」と呼んだ体制の下で、トルンカは検閲をかいくぐる寓話を作りました。国内最高のアニメーション賞を与えられながら、トルンカが世を去った1969年から共産体制が倒れるまでの二十年間、この十八分はチェコスロヴァキアの観客に届きませんでした。

ブリストルの粘土工房

寓話としてのストップモーションがプラハの密室で語られていたころ、海を渡ったブリストルでは別の系譜が立ち上がりつつありました。

ピーター・ロードとデイヴィッド・スプロックストンは、学生時代からの相棒でした。十代のうちに作った短いアニメーションをBBCが買い上げ、子ども向け番組『ヴィジョン・オン』で放送される。小切手を受け取る段になって、BBCに「宛名は何にすればいい?」と聞かれた二人は、そのとき作っていたキャラクターの名前をそのまま口にします。1972年、こうして「アードマン・アニメーションズ」が登記されました。

名前の由来について、ロード本人は身も蓋もない説明をしています。意味なんてない、十代の二人が面白がっただけの冗談だ、と。「アードヴァーク(ツチブタ)」と「スーパーマン」を混ぜた造語で、アードヴァークという単語の響きがただ可笑しかったのだそうです。社名になったキャラクター自身は、穴をまたいで歩いては見えない穴に落ちる、何も成し遂げないヒーローでした。

転機は1989年、ニック・パークが監督した短編『ウォレスとグルミット/チーズ・ホリデイ』。プラスティシン(油粘土)を使った人形アニメーション——いわゆるクレイアニメーション——を、世界の標準語に押し上げた作品です。ウォレスの口元には、いまもアニメーターの指紋がうっすら残ります。粘土は触られた跡を消そうとしない素材だからです。

機械が完璧に描ける時代に、なぜ

ライカ、トルンカ、アードマン。三つのスタジオを並べると、共通項がひとつ見えてきます。彼らは「滑らかさ」を目的にしていない。

トルンカの人形は、人間の顔ほど豊かに動きません。アードマンの粘土は、指紋を消そうとしない。ライカの顔パーツは、最先端の3Dプリンタを使いながらも、職人が磨いて塗って仕上げる。完全な複製のためではなく、手の痕跡を残したまま量を稼ぐための機械として使っています。

2022年、ギレルモ・デル・トロの『ピノッキオ』がアカデミー長編アニメ賞を獲りました。撮影に940日。上映時間117分は、ギネス世界記録が「最長のストップモーション長編」として認定した数字です。24コマ×117分で、およそ17万2800コマ。木彫りの少年の物語を、本当に手で彫って撮る。受賞の説得力は、その「冗長さ」そのものにありました。

逆向きの現象も起きています。フルCGの『LEGO®ムービー』(2014)は、画面に映るブロックの表面に、わざわざ細かな傷や汚れ、指紋を描き込みました。完璧なツルツルでは観客の心が動かないと、つくり手が気づいたからです。コンピュータがすべてを描ける時代になって、人間はわざわざ手の痕跡を偽装し始めた。

一秒という単位

『KUBO』の制作期間中、アニメーター一人が一日に動かしたのは15.9コマでした。完成した映画を、観客は一秒に24コマで受け取ります。

時間の流れが桁違いにずれている、と言ってもいい。ストップモーションという技法の本質は、ここにあります。素材は粘土でも木でも樹脂でも構わない。本当の素材は「時間」です。アニメーターが一週間かけて積み上げた3.31秒のなかに、その時間そのものが封じ込まれている。

『KUBO』は公開当時、101分でストップモーション長編の最長記録を持っていました。『コララインとボタンの魔女』をわずか一分上回る記録です。それを『ピノッキオ』が117分で抜き、そして2026年10月、ライカの新作『ワイルドウッド』が140分で塗り替えます。監督は、あのエンドクレジットで手を映り込ませたトラヴィス・ナイト。記録は十年で四十分伸びました。伸びた四十分は、そのまま誰かが一コマずつ積み上げた時間です。

トルンカの『手』が二十年封じ込められたのも、ライカが「最悪のやり方」を選び続けるのも、アードマンの粘土に半世紀ぶん指紋が積もっているのも、根は同じでしょう。CGがほぼ何でもできる時代に、それでも観客が一秒一秒に費やされた時間を感じ取れる映画が存在する。

エンドクレジットで人間の手がフレームに入ってきたとき、観客はふいに魔法のからくりを見せられます。普通の映画なら興ざめになりかねない瞬間が、ライカの作品では合図になる。これを作ったのは人間です、と。

Q&A

なぜストップモーションは「最悪のやり方」と呼ばれながら作られ続けるのですか?
制作効率は最低クラスでも、手作業による物理的な現前感が観客の感情を動かすからです。トラヴィス・ナイトは、あらゆる感情の裏に作家の手が見えていることがストップモーションに人間性を与えるのであり、そこはCGには真似できないと語っています。実物のパペットに当てた光が実物の影を落とし、素材の重さが実際に効く。その手触りが替えのきかない価値とされています。
3Dプリント技術を使うのは「手作業のストップモーション」と矛盾しないのですか?
矛盾しません。ライカの3Dプリンタは顔パーツの種類を増やすための装置で、印刷後の仕上げと塗装、撮影現場での組み替えは依然として人手の仕事です。クボ一人で2万3千個以上の顔パーツという規模は、3Dプリンタなしでは現実的に成立しませんでした。技術は手作業を置き換えるのではなく、表現の幅を広げるために使われています。
トルンカの『手』はなぜ二十年間も封印されたのですか?
全体主義体制を批判する寓話として読まれたためです。道化師の陶工に「自分の像を作れ」と強要する巨大な手は、芸術家を統制する権力の比喩でした。同作は国内最高のアニメーション賞を受けていますが、トルンカが没した1969年から共産体制が倒れるまで、チェコスロヴァキアでは事実上観ることができませんでした。
ストップモーション長編で最も長い作品はどれですか?
2026年10月23日公開のライカ作品『ワイルドウッド』(140分)が新記録となります。それまではギレルモ・デル・トロの『ピノッキオ』(2022)の117分がギネス世界記録で、さらに前は『KUBO/二本の弦の秘密』(2016)の101分でした。『ワイルドウッド』の監督は『KUBO』と同じトラヴィス・ナイトです。
アニメーターが一週間に作るのが3.31「秒」というのは誤植ではないですか?
誤植ではありません。ライカが公表している「アニメーター一人あたり一週間の完成尺」です。一日あたりに直すと15.9コマ、約0.66秒分にあたります。映画は1秒24コマなので、133,096コマの『KUBO』を撮るのに94週を要しました。

基本データ

作品名
KUBO/二本の弦の秘密 (Kubo and the Two Strings)
監督
トラヴィス・ナイト (Travis Knight)
公開年
2016年
制作
ライカ (Laika)、米国オレゴン州ポートランド/2005年創業
撮影期間
94週
予算
約6,000万米ドル
上映時間
約101分(公開当時はストップモーション長編の最長記録。現在の記録は『ワイルドウッド』140分、2026年10月23日公開)
制作規模
ショット数1,359/アニメーション133,096コマ/クボの顔パーツ23,187個(表情4,800万通り超)/アニメーター1人あたり週3.31秒・日15.9コマ
主な受賞・候補
第89回アカデミー賞 視覚効果賞ノミネート/第74回ゴールデングローブ賞 長編アニメ作品賞ノミネート
関連人物
イジー・トルンカ(1912 プルゼニ-1969 プラハ、チェコの人形アニメーション作家)/ピーター・ロード & デイヴィッド・スプロックストン(1972年アードマン・アニメーションズ登記、英国ブリストル)
代表的な系譜作品
『シュパリーチェク(チェコの一年)』(トルンカ, 1947)/『手 Ruka』(トルンカ, 1965, 18分)/『ウォレスとグルミット/チーズ・ホリデイ』(アードマン/ニック・パーク, 1989)/『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(2022, 117分, 撮影940日)

参考文献

Kubo | Hidden Worlds: The Films of LAIKA(ライカ公式・制作データ)
https://www.laikahiddenworlds.com/kubo
Explore the VFX of LAIKA’s ‘Kubo and the Two Strings’ – Animation World Network
https://www.awn.com/vfxworld/explore-vfx-laika-s-kubo-and-two-strings
Travis Knight Talks ‘ParaNorman’, LAIKA and the Art of Stop-Motion – Animation World Network
https://www.awn.com/animationworld/travis-knight-talks-paranorman-laika-and-art-stop-motion
Visiting the Set of The Boxtrolls – GeekDad
https://geekdad.com/2014/07/boxtrolls-set-visit/
The Passion of the Peasant Poet: Jiří Trnka, A Midsummer Night’s Dream and The Hand – Senses of Cinema
https://www.sensesofcinema.com/2013/cteq/the-passion-of-the-peasant-poet-jiri-trnka-a-midsummer-nights-dream-and-the-hand/
The Hand (1965 film) – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Hand_(1965_film)
A little bit of history – Aardman 公式
https://www.aardman.com/about/history/
Longest stop-motion feature film – Guinness World Records
https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/76101-longest-stop-motion-feature-film

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