三越の包装紙はなぜ捨てられないのか|華ひらくと包装紙の文化史

三越の包装紙はなぜ捨てられないのか|華ひらくと包装紙の文化史

目次

実家の押し入れを片付けていて、紙袋の山を見つけた人は少なくないはずです。畳まれた包装紙、丁寧にしまわれた百貨店の紙袋。中には1980年代のものまで混じっていて、家人に聞いても「いつか使うかもしれないから」としか答えない。捨てればいいのに、捨てない。

その「捨てない」紙の代表格が、白地に赤い不定形の模様が散る三越の包装紙です。「華ひらく」と名がついていることは、案外知られていません。デザインされたのは1950年。猪熊弦一郎という洋画家が、千葉の犬吠埼を散歩しているときに思いついた図案でした。

押し入れに眠っているのは、ただの紙ではありません。戦後わずか数年のうちに、三越が「華ひらく」を出し、高島屋がバラを選び、伊勢丹はタータンを袋に印刷した。日本の三大百貨店が競うように自分の「顔」を紙の上に置いていったこの時期に、この国が何百年も引き継いできた「包む」というふるまいが、百貨店という新しい舞台で形を変えて生き延びる道筋がついた。捨てるはずの紙が捨てられないのは、そのふるまいの記憶が、今も紙の上に残っているからです。

ハトロン紙の時代

戦前から戦後すぐにかけて、百貨店の包装紙は薄茶色のハトロン紙が主流でした。クラフト紙のような無骨な紙で、見た目はあくまで実用品。三越も、新築の新館の絵を刷ったり、その年の干支をあしらった包装紙を作ったりはしていましたが、定番として使い続ける「店の顔」となるデザインは持っていませんでした。

風向きが変わったのは1950年。三越が日本の百貨店で初となるオリジナル包装紙の制作に動き出します。当初はクリスマスシーズン限定の予定でしたが、評判が良かったために定番として定着しました。依頼を受けたのが、画家の猪熊弦一郎。当時48歳。香川県高松市の生まれで、東京美術学校では藤島武二に学びました。1938年からはパリに渡り、アンリ・マティスと親交を結んでいます。

猪熊は千葉の犬吠埼を散策しているとき、波に洗われる石に目を留めました。荒い海に削られながらも、形を保って岸辺に残っている石。三越の公式資料によれば、猪熊はそこから「波にも負けずに頑固で強く」「自然の作る造形の美しさ」のふたつをテーマに据えたとされます。あの白地の上に散る赤いかたちの原型は、犬吠埼の海岸にあった石でした。

色も忘れがたい。使われたのは「スキャパレリレッド」と呼ばれる鮮やかな朱の一色。ローマ生まれのファッションデザイナー、エルザ・スキャパレリ(1890-1973)の名を冠した色で、赤でもなく紫でもない独特の彩りは、普段あまり目にしない色名ながら色見本帳にちゃんと載っています。マティスの薫陶を受けた猪熊らしい選択で、当時の包装紙にこの色を持ち込んだ画家はほかにいませんでした。

完成した原画を受け取りに行ったのは、三越宣伝部の若手社員だった青年でした。後の漫画家・絵本作家、やなせたかし。猪熊のアトリエに着いた彼が見たのは、白紙に赤い切り抜きをセロハンテープで仮止めしただけの「絵」だったといいます。これでいいのだろうか、と内心戸惑ったやなせに、猪熊はこう言ったと伝えられます。「三越の文字は君が描いておいてくれ」。

包装紙の中央に小さく収まっているロゴ。あれは、後年『アンパンマン』を生むことになる青年の手によるものです。猪熊と並べて語られることは少ないものの、戦後日本のグラフィックの一隅で、二人の名前が同じ紙の上に並んでいます。

バラとタータンが追いかける

「華ひらく」が成功すると、他の百貨店も慌てて自分の「顔」を探し始めました。

高島屋がバラを選んだのは1952年。四代目社長に就任した飯田慶三は洋画家でもあり、花のなかでもバラを好んで描いていた人物でした。「美の象徴として愛されるバラの花を、高島屋の花としたい」。その発案から、バラは高島屋のシンボルフラワーになります。四季を問わず美しく、古くから美の象徴として慕われてきた花。それまで使っていたのは藤紫とねずみ色の無地に「宝づくし」の文様を型押ししたものでしたから、急にカラフルな西洋の花が登場したことになる。

初代は一輪のバラを象徴的に描いたもの。1957年に先代の印象を引き継ぐ2代目が登場し、1980年には創業150周年に合わせて洋画家・高岡徳太郎による「輪バラ」が3代目になります。モダンローズという品種で、リース状に絡み合うバラは当時の店舗を見立てたもの。規模に応じて大小を描き分け、店が増えるたびに描き足す構想もありましたが、費用がかさむため追加は一度きりで終わりました。2007年、新宿店のリニューアルを機に現行の4代目へ。モチーフは創業150年の折にドイツの名窯マイセンから贈られた絵皿で、そこにも奇しくもリース状のバラが描かれていました。品種はイングリッシュローズとオールドローズ。日本の百貨店の顔が、ドイツ磁器の絵柄を経由して仕上がっている来歴です。

伊勢丹はバラではなくチェックを選びました。起点は1950年代半ばの新宿店ティーンエイジャーショップ。当時、中高生向けの既製服売り場は珍しく、伊勢丹はこの新しい層に向けてタータンチェックの品を並べます。これが評判を呼んだ。1958年、同店で人気だった「マクミラン/アンシェント」柄をショッピングバッグに写したところ、こちらも支持され、やがて伊勢丹の看板になりました。包む紙ではなく、入れる袋から始まったところが、他の百貨店と少し違います。

この柄はもともと、スコットランドの公式タータンです。決まったクラン(氏族)に属する柄を借りていた、つまり借り物でした。転機は2012年11月21日。スコットランド・タータン協会が、長年にわたるタータン普及への貢献に対し、パッケージ部門(Best use of tartan in packaging)のタータン・アワードを、他部門に先駆けて世界で初めて伊勢丹に授けました。これを受けて伊勢丹は2013年、独自にアレンジを加えた布地を改めて織り、「マクミラン/イセタン」としてスコットランド・タータン登記所に正式登録します。50年以上使ってきた柄が、ようやくオリジナルになった瞬間でした。

三越、高島屋、伊勢丹。1950年から数年のあいだに、三大百貨店はそれぞれ自分の「顔」を持つようになります。

「包む」というふるまい

ここでいったん、包装紙そのものから離れます。

日本語の「つつむ」は、「つつしむ」と語源を同じくするという説があります。控えめにする、慎む。むき出しにしない。包むという行為には、内容物を物理的に保護する以上の意味が、はじめから含まれていました。

奈良時代の正倉院宝物のなかには、舞楽の衣装や貴重品を運ぶための布が現存しています。室町時代、足利義満が公家を湯屋に招いた折、衣類を取り違えないよう家紋を入れた布で包んだ。これが「風呂敷」の名の由来とされます。江戸時代になると庶民の銭湯文化とともに広まり、商人は店の屋号を染め抜いた風呂敷を商売道具にしました。大丸百貨店の創業者・下村彦右衛門が、1743年に大伝馬町へ進出した際、萌葱色の風呂敷に「大丸」と染め抜いて商品を運ばせ、街道の人々の目を引いて評判を取ったエピソードは、よく知られています。

「包む」は包装ではなく、所作だった。

この感覚を、戦後の日本から改めて世界に示そうとした人物がいます。グラフィックデザイナーの岡秀行(1905-1995)。1959年、54歳のとき、岡はニューヨーク近代美術館で開かれる国際パッケージ展の出品物選定を請け負い、それをきっかけに日本各地を回って伝統的な包みものを集めはじめました。卵を稲わらで吊るす苞、竹筒、桐箱、菓子の経木、土瓶を縛る縄。これらを「日本伝統パッケージ」と名付け、1965年に写真集『日本の伝統パッケージ』を刊行します。

岡の本が世界に届いたのは、その2年後でした。1967年に英訳版が出ます。タイトルは『How to Wrap Five Eggs』──5つの卵をいかに包むか。あの稲わらに吊るされた5個の卵の写真が、本の表紙を飾りました。序文を書いたのは、チャールズ&レイ・イームズとともにハーマンミラー社のミッドセンチュリー期を支えた名デザイナー、ジョージ・ネルソン。アメリカのデザイン界が、戦後日本の包みの美意識を発見した本といっていい。

岡はその後、1972年に写真集『包』を毎日新聞社から出します。1975年、70歳のときにニューヨークで始まった「TSUTSUMU」展は10年以上かけて28カ国を巡回しました。日本の美術館がこのコレクションを本格的に紹介したのは1988年、目黒区美術館の「5つの卵はいかにして包まれたか──日本の伝統パッケージ」展が最初です。同館はこれを機に出品作を岡から譲り受け、「〈包む〉コレクション」として収蔵しました。2021年には10年ぶりの公開展が開かれています。

岡が手がけたのは藁や竹のパッケージで、百貨店の包装紙ではありません。けれど、戦後すぐに三越が「華ひらく」を作り、1959年に岡が伝統パッケージを世界に紹介しはじめた、というふたつの動きはどこかで響き合っています。日本人にとって「包む」は単なる保護や装飾ではなく、相手への姿勢を形にすることだった──その意識が戦後の物資不足から脱した時期に、ふたつの方向で改めて姿を現したことになります。

過剰包装と呼ばれて

もちろん、影もあります。

高度経済成長期の1960年代、観光土産品の包装は派手にエスカレートしました。中身の何倍もある化粧箱、見た目を大きく見せるための「あげ底」、額のように飾りすぎた「がく縁」。1966年(昭和41年)、観光土産業界は「公正競争規約」を設け、過大包装を自主規制する方向に動きます。

1970年代には、消費者運動の高まりとともに「過剰包装」が社会問題として論じられるようになりました。1970年に設立された国民生活センターが、合成洗剤やカラーテレビの二重価格問題と並んで、包装の過剰さを指摘しはじめます。地球資源は有限である、ごみが増える、リサイクルという言葉も同じ頃から日本語に入ってきました。日本人の「包む」意識は、戦後の繁栄のなかで、新たな矛盾を抱え始めていました。

時代は飛んで、2020年。東京都内の高校生がプラスチック包装の削減を求めるネット署名を始め、賛同が広がります。レジ袋有料化の年と重なっていました。お菓子の個包装をめぐる議論は、コロナ禍の家庭ごみ増加とも絡んで、今もくすぶり続けています。

百貨店も無縁ではいられません。環境意識が高まり、過剰包装に厳しい目が向けられるなかで、業界は簡易包装への移行を進めてきました。ただしその簡易包装は、のしや水引をあらかじめ印刷した帯状の紙を、包むというより箱に貼り付ける方式です。手で包む所作は、そこにはない。日本ならではの「包む文化」をどう受け継ぐかを百貨店が模索している、と東京新聞は2023年11月に報じています。

包む側にも、受け取る側にも、矛盾が積み重なっていきます。

古いものが、もう一度新しくなる

矛盾を抱えたまま、包装紙はかえって価値を増しているようにも見えます。

2016年度のグッドデザイン賞を受けたのは、「華ひらく」を衣食住のグッズに展開した「三越『華ひらく』コレクション」でした。そして2019年度、包装紙そのものがグッドデザイン・ロングライフデザイン賞に選ばれます。時代とともに変わる価値観を超えて標準であり続けた、というのが選定の理由。同じ年、伊勢丹は22年ぶりに一新した包装紙「radiance」でグッドデザイン賞を受けました。古い紙と新しい紙が、同じ年に並んで評価されたことになります。

伊勢丹は2013年10月、55年ぶりにタータンを刷新します。受賞を機に織り上げた新しい生地を忠実に再現し、さらにバッグの表面から「ISETAN」のロゴを消して、洋服のタグに見立てて内側に入れ直しました。ショッピングバッグを単なる袋ではなくファッションアイテムとして扱う、という考え方がその根にあります。紙袋がファッションになる、というのは妙な話ですが、日本では実際にそうなっていた。学生時代にハイブランドの紙袋をセカンドバッグ代わりに持つ風習があったことを覚えている人もいるでしょう。

2023年6月、東京・中央区立京橋築地小学校の教室に「華ひらく」の台紙が配られました。5年生37人が4班に分かれ、赤い紙を思い思いのかたちに切り抜いて貼っていく。魚、鳥、蝶、樹木、海藻。完成した包装紙は10月25日から銀座三越の店頭に並びました。三越創業350周年の教育プログラム「みんなでつくる華ひらく」の一環で、監修は丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が務めています。

子どもたちに与えられたテーマは「自然のつくる美しさ」。73年前、猪熊が犬吠埼の石から取り出したテーマは「自然の作る造形の美しさ」でした。ほぼ同じ言葉が、別の世代の手で、同じ赤と同じ白地の上に置き直されたことになります。

残されていく紙

押し入れの底に畳まれた包装紙は、おそらく明日も捨てられないでしょう。買い物の体験は買った物そのものよりも、それを包む紙、それを入れる袋、それを開ける瞬間にこそ宿る──受け取った側は、どこかでそれを知っているからです。

包む文化の核心は、紙の枚数や層の数ではなく、相手をどう扱うかという姿勢にあります。犬吠埼の石から生まれた赤い柄が、贈り物を包み、そのあと押し入れにしまわれて残る。強くあれと願われたかたちは、捨てられないことで、いちばん長く生き延びているのかもしれません。

捨てるか取っておくか。その選択自体が、現在の「包む」のかたちなのでしょう。

Q&A

三越の包装紙「華ひらく」のデザインは、本当に石がモチーフなのですか?
はい。デザインを手がけた猪熊弦一郎が、千葉の犬吠埼を散策中に波に洗われる石を見て着想したと三越の公式資料が伝えています。「波にも負けずに頑固で強く」「自然の作る造形の美しさ」の2つがテーマでした。花びらが舞っているように見えますが、原型は海岸の石です。
やなせたかしは『アンパンマン』以前に何をしていたのですか?
高知県生まれのやなせたかしは、1947年10月に日本橋の三越本店宣伝部に入りました。「華ひらく」の原型を受け取りに行った際、猪熊から「三越の文字は君が描いておいてくれ」と言われ、包装紙の「mitsukoshi」のレタリングを自筆しています。三越を辞めて独立したのは1953年、34歳のときでした。
伊勢丹のタータンは最初からオリジナルデザインだったのですか?
いいえ。1956年から長らく使われてきたのは、スコットランドの公式タータン「マクミラン・アンシェント」でした。2012年にスコットランド・タータン協会から世界初の「Best use of tartan in packaging」賞を受けたことを機に、2013年に独自にアレンジを加えた「マクミラン/イセタン」をスコットランド・タータン登記所に正式登録しています。50年以上経ってからオリジナルになった、珍しい事例です。
高島屋のバラはなぜ何度も変わっているのですか?
1952年に飯田慶三社長がバラをシンボルフラワーに定めて以来、3度のリニューアルを経て現在は4代目です。1952年の初代(一輪のバラ)、1957年の2代目、1980年の3代目(高岡徳太郎による輪バラ、創業150周年記念)、そして2007年の4代目(マイセンから贈られた絵皿がモチーフ)。同じ「バラ」というシンボルを保ちつつ、時代ごとに描き手と品種を変えています。
海外では包装紙をこんなに保存するのですか?
西洋でも誕生日やクリスマスの包装紙を再利用する文化はありますが、日本のように「店ごとの包装紙そのものに価値を見出す」感覚は珍しいとされます。グラフィックデザイナーの岡秀行が1965年に出版した『日本の伝統パッケージ』(英訳版『How to Wrap Five Eggs』は1967年、序文はハーマンミラー社の名デザイナー、ジョージ・ネルソン)は、藁や竹で包む日本の感覚を世界に紹介した一冊として、欧米のデザイナーに大きな影響を与えました。

基本データ

三越「華ひらく」発表年
1950年(クリスマス用、翌1951年から全店常用)
「華ひらく」デザイン
猪熊弦一郎(図案)、やなせたかし(MITSUKOSHIロゴ)
「華ひらく」受賞歴
2016年度グッドデザイン賞(「三越『華ひらく』コレクション」として)、2019年度グッドデザイン・ロングライフデザイン賞(包装紙として)
猪熊弦一郎
1902年12月14日-1993年5月17日、香川県高松市出身。東京美術学校(現・東京藝術大学)で藤島武二に師事。パリ(1938-)、ニューヨーク(1955-)で制作。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(1991年開館、設計・谷口吉生)に作品多数。
高島屋のシンボルフラワー制定
1952年9月、当時の飯田慶三社長(洋画家でもあった)が決定
高島屋バラの歴代デザイン
初代(1952年・一輪のバラ)、2代目(1957年)、3代目(1980年・高岡徳太郎の輪バラ/モダンローズ)、4代目(2007年・マイセンの絵皿がモチーフ/イングリッシュローズとオールドローズ)
伊勢丹タータンの起源
1950年代半ばの新宿店ティーンエイジャーショップ、1958年に「マクミラン/アンシェント」柄をショッピングバッグに採用
伊勢丹タータンの受賞・登録
2012年11月21日タータン・アワード パッケージ部門(世界初)、2013年10月「マクミラン/イセタン」に刷新しスコットランド・タータン登記所へ登録、2014年「ブラックウォッチ/イセタンメンズ」
岡秀行
1905年福岡県柳川生まれ-1995年。グラフィックデザイナー・アートディレクター。『日本の伝統パッケージ』(美術出版社、1965)、英訳版『How to Wrap Five Eggs』(1967、序文ジョージ・ネルソン)、『包』(毎日新聞社、1972)を刊行。1975年から「TSUTSUMU」展が28カ国を巡回。1988年の目黒区美術館での展覧会を機に、コレクションが同館「〈包む〉コレクション」に収蔵された。

参考文献

三越の包装紙「華ひらく」|三越伊勢丹グループ
https://cp.mistore.jp/mitsukoshi/hanahiraku.html
実は4代目! 高島屋が包装紙にバラを使い続けるワケ|高島屋オンラインストア
https://www.takashimaya.co.jp/shopping/gift/story/service/FA19146/
ISETAN TARTAN|三越伊勢丹グループ
https://cp.mistore.jp/isetan/isetantartan.html
包む-日本の伝統パッケージ|目黒区美術館 2021年展覧会
https://mmat.jp/exhibition/archive/2021/20210713-358.html
「美術館は心の病院」三越の包装紙をデザインした画家・猪熊弦一郎の足跡|藝大アートプラザ
https://artplaza.geidai.ac.jp/column/13654/
創業350年の三越が「包む文化」を未来に伝える理由|東京新聞デジタル
https://www.tokyo-np.co.jp/article/288462
How to Wrap Five Eggs: Traditional Japanese Packaging|Shambhala Publications
https://www.shambhala.com/how-to-wrap-five-eggs.html
第1部 第2章 第1節 消費と資源についての動き|消費者庁(令和2年版消費者白書)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2020/white_paper_127.html
三越伊勢丹の両暖簾の包装紙が2019年度グッドデザイン賞・ロングライフデザイン賞を受賞|三越伊勢丹ホールディングス
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001137.000008372.html
文化の継承と革新(みんなでつくる華ひらく 共創包装紙教育プログラム)|三越伊勢丹ホールディングス
https://www.imhds.co.jp/corporate/sustainability/society/culture.html
誰もが知るあのデザイン 高島屋「バラの包装紙」の秘密に迫る!|高島屋
https://www.takashimaya.co.jp/column/post/2753487/

コメント (0)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です