ヴェルーシュカの「同化」|身体を背景に溶かす1978年と光学迷彩の系譜

ヴェルーシュカの「同化」|身体を背景に溶かす1978年と光学迷彩の系譜

目次

ハンブルク・アルトナ地区、1978年。築80年を超える旧魚競売場の倉庫に、剥げかかった鉄扉が立っています。サビと褪色した塗料、重なる金属の継ぎ目。視線を凝らさないと気づきません。扉のひとつに、人が立っていることに。

身長183センチ、ドイツ生まれの女性。皮膚の上に、扉そのものが描かれています。サビ色のグラデーション、リベットの陰影、剥がれた塗料の縁。彫像のような肉体が、背景に溶け込んでいく。

撮影したのはホルガー・トリュルチュ。被写体であり、共作者でもあるのが、ヴェラ・レンドルフ。1960年代に「ヴェルーシュカ」の名で世界中の雑誌の表紙を飾った、史上初のドイツ人スーパーモデルでした。

ファッションから降りた1975年

1939年、東プロイセンの古い貴族の家に生まれました。父ハインリヒ・フォン・レンドルフ=シュタイノルトは、ナチスへの抵抗運動に加わり、1944年7月20日の総統暗殺未遂に関与して処刑されました。レンドルフ当時5歳。家族は強制収容所へ送られ、戦後は東プロイセンの所領を失います。少女時代に転校した学校は、13校に及びました。

20歳のとき、フィレンツェの美術学生だった彼女を写真家ウーゴ・ムラスが発見しました。リチャード・アヴェドンは「世界一美しい女性」と呼び、絶頂期の日給は1万ドル。アントニオーニ『欲望』(1966)に出演し、Life誌や4つのVogue誌の表紙を飾ります。

転機は1975年。米Vogueの新編集長グレース・ミラベラが誌面を方向転換させようとしたとき、レンドルフは「彼女は私をブルジョア的にしようとした。私はそうなりたくなかった」と語って、ファッション業界を去ります。

すでに6年前、1969年にミュンヘンで彼女はホルガー・トリュルチュと出会っていました。母親が所有するペータースキルヒェン(バイエルン州)の領地に、トリュルチュとフロリアン・フリッケのバンド「ポポル・ヴフ」が拠点を構えていた縁です。トリュルチュはミュンヘン美術アカデミーで絵画と彫刻を学んだのち、写真、音楽、ヴェルナー・ヘルツォーク『神々の怒り、アギーレ』(1972)のサウンドトラック制作にも関わっています。多分野で活動する作家でした。

二人の共同制作は、1968年のローマで——フランコ・ルバルテッリ監督『ヴェルーシュカ・女の詩』(1971公開)の撮影中に——レンドルフが独自に始めていたボディペイントの実験を、写真作品として完成させる方向へ進んでいきました。

16時間、皮膚に壁を写す

彼らがボディペイントと呼ばれる行為を、ノベルティ写真や派手な装飾から切り離し、ひとつの芸術形式へ押し上げた。その革新性は、技法の徹底ぶりに現れています。

塗料は舞台美術用のもの。トリュルチュが、撮影現場の壁や扉、岩肌や植物を、レンドルフの皮膚の上に描き写していきました。レンガなら目地を一本ずつ、剥がれた塗料なら下層のサビまで。一作品の塗装に、最長16時間かかりました。

撮影は、すべて現場で。デジタル合成は当時存在しないし、その後発達した技術にも頼っていません。レンドルフは、描かれた背景の前に正確に立ち、皮膚の輪郭が壁の縦線とずれぬよう、息も浅く保ちました。ポーズは数センチ単位の調整です。

完成した写真集『Veruschka: Trans-Figurations』(1986、New York Graphic Society / Little, Brown 社)は、5つの章で構成されています。「Mimicry-Dress-Art(衣服模倣)」「Signs and Animals(記号と動物)」「Nature(自然)」「Peterskirchen, Spetses, Paros(三つの場所)」、そして「Oxydation(酸化)」。

最後の「酸化」が、1978年ハンブルク・アルトナの旧魚競売場で撮られた一群を含みます。1895/96年に建てられた赤レンガの建物。築年数を経た工業施設の壁面に、女体が同化していく。鉄錆、剥落するペンキ、コンクリートの肌理。生きた人間が、廃墟の表面に縫いつけられたような写真群でした。

アルトナは1937年までハンブルクとは別の独立した自治体でした。エルベ川沿いに残る赤レンガの倉庫群は、19世紀末から続く北ドイツ海運業の景観そのものです。1975年にレンドルフがファッション業界を降りたとき、欧米の現代美術の世界では、すでにジーナ・パーヌやヴィト・アコンチがパフォーマンス・アートを、マリーナ・アブラモヴィッチが身体を媒体とした作品を発表していました。ヴェルーシュカの仕事は、そうした1970年代の身体表現の流れと、廃墟という具体的な場所を、ボディペイントの厚みで結びつける位置にあります。当時の身体パフォーマンスのほとんどが、白いギャラリーや劇場の空白を舞台にしていた事実を思い出してもよい。

スーザン・ソンタグが見ていたもの

序文を書いたスーザン・ソンタグは、これらの写真について「単に美しいだけではない。美しさそのものを問うている。装飾、歪曲、変容を通じて、美の試験を行っている」と書いています。1977年の『写真論』で写真の暴力性と所有欲を解剖した批評家が、その9年後に寄せた一篇。

美術批評家ロバート・ヒューズは、もっと鋭い言葉を残しています。「意識の放棄。生きながら埋められることに近い」。

褒め言葉と取れば、官能的で哲学的な作品評。読み方を変えれば、ファッション業界がかつてヴェルーシュカに与えた「人形であれ」という命令を、本人が制度の外側で、極端な形で実行してみせたという、痛烈な皮肉として読むこともできます。

被写体が画面から逃れることを欲したとき、写真はどう成立するのか。シャッターは撮影者の行為ですが、写されるかどうかを決めるのは、被写体の身体です。1960年代に800冊近い雑誌表紙に登場した女性が、1970年代後半に始めた仕事は、その問いを、肉体の塗装という極めて手仕事的な方法で投げかけ続けました。

カモフラージュという長い系譜

身体を背景に溶かす発想は、ヴェルーシュカとトリュルチュの発明ではありません。

1909年、アメリカの画家アボット・ハンダーソン・セイアーが、息子ジェラルドと共著で『動物界における隠蔽色(Concealing-Coloration in the Animal Kingdom)』を出版しました。クジャクの羽から鹿の腹の白さまで、自然界の色彩を「隠蔽」の装置として説明した本です。セオドア・ローズヴェルトには「悲しい愚かなガチョウ」と嘲笑された一方、第一次世界大戦の英国海軍に強い影響を与えました。

その応用が、画家ノーマン・ウィルキンソンによる「ダズル迷彩(dazzle camouflage)」。船を背景に溶かすのではなく、幾何学的なコントラストで船の輪郭を歪ませる手法です。Uボートの照準を狂わせる目的で、第一次大戦の英国海軍艦艇に多数施されました。ピカソは後に「キュビスムが発明した」と冗談まじりに主張したと伝えられています。

セイアーが「ミミクリー(擬態)」「ディスラプション(分断模様)」「カウンターシェイディング(逆陰影)」と分類した3つのカテゴリーは、いま見ても有効な認知の枠組みです。

1935年、フランスの社会学者ロジェ・カイヨワが、シュルレアリスムの雑誌『Minotaure』第7号に異色のエッセイを発表します。「擬態と伝説的精神衰弱(Mimétisme et psychasthénie légendaire)」。

カイヨワは虫の擬態を、自衛のためでも進化的合理性のためでもなく、「空間による誘惑」として描きました。生きものが背景に同化したがるのは、自分が環境よりも小さなものになってしまう、ある種の自己喪失の現象である——という議論です。ジャック・ラカンが「鏡像段階」論で参照したことでも知られています。

ヴェルーシュカとトリュルチュの写真が、単なるボディペイントを超えて見える理由。カイヨワの言葉を借りるなら、被写体は背景に同化したがっている。図と地を区別する境界線が、皮膚の上で曖昧になっていきます。

ウィリアム・モリスが壁紙のなかで植物を地に拡散させ、図地反転の効果を作り出したのと、ちょうど逆方向のアプローチでもあります。モリスは平面の上で図を消した。ヴェルーシュカは三次元の身体を、二次元のスクリーンに化けさせようとしました。

光学迷彩からARフィルターまで

ここから時計を一気に進めます。2003年、東京大学の舘暲(たち・すすむ)教授らが、レトロリフレクター素材を使った「光学迷彩」を発表しました。背景の映像をカメラで撮り、被験者の着るマント状の生地に投影することで、半透明の透けた映像を作り出す装置。TIME誌は「2003年の最も優れた発明」のひとつに選びました。

仕組みは単純ですが、舘らは当初から「これは魔法ではなく、AR(拡張現実)技術の一形態だ」と説明していました。航空機のコックピットの床を透過させて滑走路を見せる。自動車のフェンダー越しに駐車スペースを把握する。そうした実用応用を視野に入れた研究です。

光学迷彩は、ヴェルーシュカが手作業で16時間かけてやったことを、リアルタイム映像処理で行う試みでもあります。違いは、皮膚に描くか、生地に投射するか。共通しているのは、身体の輪郭を背景に溶かすという意図です。

2020年代の私たちは、もっと日常的なバージョンを毎日見ています。スマートフォンのインカメラに搭載されたARフィルター。背景にバーチャル空間を合成し、顔の輪郭をエフェクトで変形させ、肌の質感を一瞬で「リテイク」する。Instagramを開けば、何百万もの「同化された身体」が表示されています。

カイヨワの言葉が、奇妙に響きます。「空間による誘惑」。1935年に虫について書かれたその言葉は、1978年にハンブルクの壁を皮膚に描かせ、2003年に東大の研究室を動かし、いまは無数のスマホ画面のなかで毎秒くりかえされています。

ファッション業界の絶頂で「私はそうなりたくない」と言って降りたあとに、ヴェルーシュカが選んだのは、半世紀後の日常風景の、いちばん徹底した試作品でした。

Q&A

なぜ1978年のハンブルク旧魚競売場が舞台に選ばれたのですか?
ヴェルーシュカとトリュルチュは1970年代を通じて、ペータースキルヒェン(バイエルン)、ギリシャのスペツェス島・パロス島、そしてハンブルク・アルトナの旧魚競売場(Fischauktionshalle、1895/96年築)など、廃墟あるいは工業遺産的な建築の表面で制作しました。アルトナの建物は、錆、塗膜の剥離、レンガの目地——その質感の豊かさが、ボディペイントを「皮膚と建築の境界線」として実験するのに適していた場所です。
ボディペイントには何時間かかったのですか?
写真集『Veruschka: Trans-Figurations』(1986、序文スーザン・ソンタグ)によると、一作品の塗装に最長16時間。舞台美術用の塗料を、皮膚に直接、現場の壁の模様を写し取るように描いていきました。デジタル合成は一切使われていません。
ヴェルーシュカはなぜファッション業界をやめたのですか?
1975年、米『Vogue』の新編集長グレース・ミラベラが彼女に「ブルジョア的なモデル」になるよう求めたことに反発し、業界を離れました。すでに1966年から独自にボディペイントを試みており、1969年にホルガー・トリュルチュと出会って共同制作へ移行します。
ロジェ・カイヨワ「擬態と伝説的精神衰弱」とは何ですか?
フランスの社会学者ロジェ・カイヨワが1935年にシュルレアリスム雑誌『Minotaure』第7号に発表したエッセイです。虫の擬態を生存戦略としてではなく、「空間による誘惑」「自己境界の喪失」として論じました。後にジャック・ラカンが鏡像段階論で参照したことでも知られます。ヴェルーシュカ作品の哲学的下地として参照される一篇です。
光学迷彩はもう実用化されているのですか?
完全な「透明マント」としてはまだ研究段階です。舘暲・稲見昌彦・川上直樹らの2003年プロトタイプは、レトロリフレクター素材+カメラ+プロジェクターの構成で、特定の視点からのみ透けて見えます。実用化されているのは、AR(拡張現実)技術として、医療用透視表示や自動車運転支援などの分野。スマートフォンのARフィルターは、ヴェルーシュカが手作業でやったことの、最も身近なデジタル版です。

基本データ

作品集タイトル
Veruschka: Trans-Figurations
出版年
1986年
出版社
New York Graphic Society / Little, Brown(米国版)、Thames & Hudson(英国版)
序文
スーザン・ソンタグ
構成
5章(Mimicry-Dress-Art / Signs and Animals / Nature / Peterskirchen, Spetses, Paros / Oxydation)
主要被写体・共同制作
ヴェラ・レンドルフ(Vera Lehndorff, “Veruschka”, 1939-)、東プロイセン・ケーニヒスベルク生まれ
写真撮影・共同制作
ホルガー・トリュルチュ(Holger Trülzsch, 1939-)、ミュンヘン生まれ、ポポル・ヴフ元メンバー
「酸化」シリーズ主要撮影地
ハンブルク・アルトナ旧魚競売場(Fischauktionshalle、1895/96年築)
撮影年
1978年(「酸化」シリーズ主要部分)
技法
舞台美術用塗料による手作業のボディペイント、現場での撮影、デジタル合成なし
一作品あたりの塗装時間
最長16時間

参考文献

Veruschka – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Veruschka
Holger Trülzsch | highlike
https://highlike.org/text/holger-trulzsch/
Ex-Model Found in Wall – Artforum
https://www.artforum.com/features/ex-model-found-in-wall-207419/
Behind the Appearances. Vera Lehndorff & Holger Trülzsch – Pikasus ArteNews
https://www.pikasus.com/behind-the-appearances-vera-lehndorff-holger-trulzsch/
Fish Auction Hall – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Fish_Auction_Hall
A Painter of Angels Became the Father of Camouflage – Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/arts-culture/a-painter-of-angels-became-the-father-of-camouflage-67218866/
Mimicry and Legendary Psychasthenia (Roger Caillois) – Chaosmotics
https://www.chaosmotics.com/en/featured/mimicry-and-legendary-psychastenia
Optical Camouflage Using Retro-reflective Projection Technology (Inami, Kawakami, Tachi 2003)
https://tachilab.org/content/files/publication/ic/inami2003ISMAR.pdf

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