指差しポスターの心理学|恐怖で動かすデザインと洗練で動かすデザイン

指差しポスターの心理学|恐怖で動かすデザインと洗練で動かすデザイン

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1914年9月5日、ロンドンの新聞販売店に、いつもより少しだけ目を引く雑誌が並びました。週刊誌『London Opinion』。発行部数およそ30万部の人気誌です。表紙には、軍服を着た男が、ぐっと前に突き出した指で読者をまっすぐ指していました。

男の名はホレイショ・ハーバート・キッチナー。6フィート2インチ(188cm)の長身、ふさふさした口ひげの陸軍元帥にして、その年8月に陸軍大臣に任命されたばかりの男です。表紙のキャッチコピーは「Your Country Needs YOU(君の国は君を必要としている)」。最後の「YOU」だけがやけに大きく、ほとんど叫ぶように紙面から飛び出していました。

このイラスト、もとは雑誌のためにささっと描かれたカット絵だったといいます。画家アルフレッド・リート(Alfred Leete, 1882–1933)が、編集長から「何かタイムリーなのを」と頼まれて急ごしらえで仕上げたもの。彼自身、まさかこの絵が世紀を越えて生き続け、ダース・ベイダーやボリス・ジョンソンの似顔絵にまで化けるとは、夢にも思わなかったでしょう。

この一枚が、20世紀のグラフィックデザインに「指差しポスター」という新しいジャンルを生むことになります。

なぜ「YOU」だったのか――志願兵が足りなかった夏

イギリスは1914年8月、ドイツに宣戦布告しました。当時の英国陸軍は伝統的に志願兵制で、徴兵制を採るドイツとは事情が違います。首相アスキスは現役軍人キッチナーを陸軍大臣に据え、「短期決戦で終わる」という多くの楽観論を退けて、「数十万人規模の新軍が必要だ」と主張しました。

問題は、その「数十万人」をどうやって集めるかです。戦争は遠いベルギーで起きていて、まだ実感がない。ロンドンっ子は仕事帰りにパブで一杯やり、新聞でドイツ皇帝の風刺画を笑っているうちに、徴兵告知に目を素通りさせていました。

ここで広告代理店のキャクストン社が動きます。新聞広告だけでは足りない、もっと強い視覚的メッセージが要る――そう考えた制作チームの一人がリートでした。彼は『London Opinion』の表紙という、街頭で必ず目に入る場所を選んで、いきなり読者を指差すという乱暴な構図を提示したのです。

雑誌が出るやいなや、ハガキサイズの複製を求める声が殺到しました。議会徴兵委員会が版権を譲り受け、ポスターとして街中に貼り出します。『The Times』は1915年1月、ロンドンの光景をこう書いています。広告塔、商店の窓、バスや路面電車、商用車の荷台、ネルソン記念柱の台座にまで、リートが描いたキッチナーの姿が貼られていた。「いたるところでキッチナー卿が、ぞっとするほど大きな指を厳しく突きつけ、『I Want You』と叫んでいる」と。

視線、指差し、二人称――三つの心理的トリガー

リートの絵が発明したのは「視覚的脅迫」とも呼ぶべき構図でした。仕掛けは三つに分けられます。

ひとつめは直視する眼差し。心理学では「ダイレクトゲイズ」と呼ばれ、相手の目をじっと見据えると、見られている側の脳は自動的に注意を向けてしまいます。人通りの多い街角でこれをやられたら、無視する方が難しい。

ふたつめは指差しのジェスチャー。リートはキッチナーの右腕を極端な短縮遠近法で描き、人差し指だけを画面の手前にぐっと突き出しました。鑑賞者がどの角度から見ても、指は自分に向けられているように感じる。古典絵画でいえばカラヴァッジョやレンブラントが使った「観者を巻き込む」手法ですが、それを街頭広告に持ち込んだのが画期的でした。

みっつめは二人称への呼びかけ。「Britons」「Soldiers」のような集合名詞ではなく、「YOU」と単数で名指しする。これに「YOUR COUNTRY」を足すと、相手は逃げ場を失います。あなたの国があなたを必要としている――この一文の中で、責任の主語と目的語が両方とも「あなた」になり、断る論理が組み立てづらいのです。

ある同時代誌は皮肉混じりにこう評しました。けばけばしい印刷のキッチナーが「冷たいバジリスクの眼」で人々を見つめている、と。バジリスクは見つめるだけで人を石に変えるという伝説の蛇です。当時の人々がこの絵にどれほど居心地の悪さを感じていたかが伝わってきます。

アンクル・サムは大西洋を渡って完成した

3年後の1917年、アメリカ合衆国も第一次世界大戦に参戦し、似たような兵員不足に直面します。委員会CPI(公衆情報委員会)から仕事を受けたイラストレーターが、ジェームズ・モントゴメリー・フラッグ(James Montgomery Flagg, 1877–1960)。当時アメリカで最も稼ぎのよい雑誌挿絵画家のひとりでした。

フラッグはキッチナーポスターを下敷きに、合衆国を擬人化した白髪・山羊ひげのキャラクター「アンクル・サム」を主役に据え直します。この人物像、もとは1812年米英戦争の頃に登場したもので、星条旗の色を身にまとった軍需業者「サミュエル・ウィルソン(Sam Wilson)」が由来とされる古いシンボルです。

実は、絵そのものは戦争前に描かれていました。1916年7月6日号の雑誌『Leslie’s Weekly』の表紙イラストとして、「What Are You Doing for Preparedness?(君は備えに何をしているのか?)」という問いかけのもとに公表されたのが最初です。アメリカが参戦すると、文言だけが「I Want YOU for U.S. Army」に差し替えられ、軍のリクルートポスターとして再生されました。

逸話がふるっています。フラッグは絵のモデルを呼んだものの、当日になっても来ない。そこで自分の顔を鏡で見ながら、年齢と白い山羊ひげを足してアンクル・サムを描き上げました。屈強な肩と人差し指の角度は、近所のウォルター・ボッツに頼んでポーズをとってもらったといいます。後年フランクリン・ルーズベルト大統領は、この「自前で済ませる」器用さを讃えたそうです。

このポスターは1917〜18年のあいだに400万部以上刷られ、第二次世界大戦で再び動員されました。今日、世界中の人がアンクル・サムの顔として思い浮かべるのは、ほぼこの一枚です。

もうひとつの道――ベルンハルトの「マッチ箱だけ」革命

ここで時計を9年戻し、舞台をベルリンに移します。1905年、22歳のドイツ人デザイナー、ルツィアン・ベルンハルト(Lucian Bernhard, 1883–1972、本名エミール・カーン)が、プリースター・マッチ社主催のポスターコンペに作品を出していました。

ベルンハルトは最初、「正しい」広告ポスターを描こうとしました。踊る女性、灰皿、火のついた葉巻、マッチ……当時の広告様式どおりに、にぎやかな画面を組み立てたのです。ところが、描いていくうちに違和感を覚えた。葉巻を消す。女性を消す。灰皿も消す。最後に残ったのは、暗い茶色の背景に置かれた赤い軸の二本のマッチと、上部に紫のブロック体で大書された「Priester」の文字だけでした。

審査員はこれを見て、迷わずゴミ箱に捨てたといいます。広告とはこうあるべき、という時代の常識から外れすぎていたのです。ところが遅れて到着した最終審査員エルンスト・グロワルト(Ernst Growald)――印刷会社ホレルバウム&シュミット社の販売マネージャーでもあった目利きの男――が、ゴミ箱から拾い上げて言いました。「これが第一席だ。これは天才だ」と。

賞金は200マルク、当時のレートでおよそ50ドル。しかしベルンハルトが手にしたのは賞金以上のものでした。彼の作風はやがて「ザッハプラカート(Sachplakat)」――直訳すれば「物のポスター」「即物的ポスター」――と呼ばれ、ドイツ近代広告の出発点となります。

商品のかたちと、ブランド名。それ以外は何もない。説明文も、装飾も、人物も。ベルンハルトは後にこう語っています。「You see with your eyes, not your brain(人は脳ではなく目で見る)」。

恐怖で動かすか、洗練で動かすか――分岐した二本の道

ここまで読まれて、面白い対称性に気づかれたのではないでしょうか。

キッチナーのポスター(1914年)は、見る者を指差し眼差しで射抜き、「お前の国がお前を必要としている」と二人称で迫ります。これは恐怖、義務、罪悪感――人間のネガティブな感情を動員する設計です。

一方、ベルンハルトのプリースター・マッチ(1905年)は、観者に向かって何も言いません。声を張り上げない。ただ赤と黄のマッチが二本、闇のなかに浮かんでいる。ブランド名と商品。それで終わり。観者が「美しい」「欲しい」と思うかどうかは、観者の側に委ねられている。これは洗練、欲望、選択――ポジティブな感情を引き出す設計です。

歴史の偶然なのか、必然なのか。同じ20世紀初頭のヨーロッパで、視覚的説得には二つのまったく異なる方法論が、ほぼ同時に確立されていきました。

  • プロパガンダ的アプローチ:個人を名指しし、感情を揺さぶり、不参加にコストを与える
  • 広告的アプローチ:商品それ自体に語らせ、欲望を喚起し、選択の余地を演出する

第一次世界大戦は、結果的にこの二つの道に明確な役割分担を与えました。戦時の総力戦には恐怖と義務感が必要で、平時の市場には洗練と欲望が似合った。後の20世紀のヴィジュアルデザインは、おおむねこの両極のあいだを揺れ動くことになります。

1924年、もうひとつの「眼」――ロドチェンコの構成主義

1920年代にはいると、構図はさらにねじれた発展を見せます。ロシア革命後のソヴィエトで、構成主義(コンストラクティヴィズム)の旗手アレクサンドル・ロドチェンコ(Aleksandr Rodchenko, 1891–1956)が、1924年に映画監督ジガ・ヴェルトフ(Dziga Vertov)の記録映画『キノ・グラース(Kino-Glaz / 映画-眼)』のためのポスターを制作します。MoMAに収蔵されている、92.7×69.9cmのリトグラフです。

中央に配されているのは、子どもの顔と、それに重ねられた巨大なです。指でも顔でもなく、レンズのような瞳孔がじっと観者を見つめている。ヴェルトフの「キノグラース理論」――カメラは人間の目より正確に真実を見る、という思想――を視覚化したものですが、ここで重要なのは、眼が人ではなく機械(カメラ)のものであるという点です。

キッチナーの指差しが「個人を名指しする恐怖」だとすれば、ロドチェンコの眼は「機械が観察する恐怖」を予告していました。同時期のソヴィエトでは、ドミトリー・モール(Dmitry Moor, 1883–1946)の『お前は志願兵に登録したか?(Ты записался добровольцем?)』(1920年)も、キッチナーとアンクル・サムを露骨に下敷きにした指差しポスターとして街頭を埋めていました。指から眼へ――監視の主体は徐々に「個人」から「装置」へと移っていきます。

指差しは本当に機能していたのか――神話と実証のあいだ

ここで一つ、ものの見方をひっくり返す研究を紹介しておきましょう。2013年に出版された英国の研究家ジェームズ・テイラー(James Taylor)の調査によれば、リートのキッチナーポスターは、しばしば言われるほど大量に貼られていたわけではなかった可能性がある、というのです。

テイラーは戦時中の街頭写真を丹念に調査し、リートのデザインが本当に街中を埋めつくしていた証拠を充分に見つけられなかった、と論じています。原画は1917年に帝国戦争博物館へ収蔵された際、誤って「ポスター」として目録登録された可能性があるとも指摘しています。1914年12月にリヴァプールのランカシャー・アンド・ヨークシャー鉄道の駅で撮影された写真には、確かにリートのデザインが他の徴兵ポスターと並んで写っていますが、それが街頭の主役だったかどうかは別の話、というわけです。

つまり、私たちが「あの指で大量の若者が戦地に送られた」と思っているイメージそのものが、後世の集合的記憶のデザインかもしれない、ということになります。指差しのデザインは一度発明されると、そのデザイン自体が新しいプロパガンダを再生産していく――歴史の皮肉と言うべきでしょうか。

100年後の街角で、私たちは何に指を差されているのか

20世紀のアートディレクションは、この二極のあいだで揺れ動きました。1950〜60年代、ヘルムート・クローネのフォルクスワーゲン「Think Small」やポール・ランドのIBMロゴは、ベルンハルトの系譜です。商品をぽつんと置いて、語りすぎないことで信頼を獲得する戦略。

一方、政治広告、公衆衛生キャンペーン、そして近年のSNS広告のいくつかは、いまもキッチナーの系譜にいます。スマートフォンの画面いっぱいに「あなたはまだ間に合っていない」「あなたが行動しなければ手遅れになる」と二人称で叫びかけるディスプレイ広告は、1914年のロンドンの街角と機能的にはほとんど同じです。技術が変わってもアルゴリズムが変わっても、「YOU」と名指しされたとき人間の脳が反応してしまう仕組みは、百年前と同じなのです。

恐怖で動かすか、洗練で動かすか。1905年のマッチ箱から1914年のキッチナーの指、1917年のアンクル・サム、1924年のロドチェンコの眼まで、わずか20年足らずのあいだに視覚的説得のほぼすべての文法が出そろいました。そしてその文法は、いまも私たちの日常を支配しています。

次にスマホの画面で「あなたへ」と語りかけてくるバナーを見たら、ちょっと立ち止まってみてください。それを描いた指は、誰の指でしょうか

Q&A

キッチナーポスターの「YOU」は単数形と複数形のどちらの意味ですか?
英語の「you」は単複同形ですが、このポスターではあえて単数の「あなた一人」として読まれるよう設計されています。集合名詞ではなく個人を名指しすることで、見た者が「自分のことだ」と感じる仕組みです。
アンクル・サムのモデルは実在の人物ですか?
顔のモデルはフラッグ自身(年齢を足し白い山羊ひげを加えたもの)、肩と腕は近所のウォルター・ボッツという男性です。アンクル・サムというキャラクター自体は1812年米英戦争頃に生まれたとされ、サミュエル・ウィルソンという軍需業者が由来との説が有力です。
ベルンハルトの「ザッハプラカート」は他にどんな仕事がありますか?
1907年のスティラー靴、1910年のマノリ煙草、1914年のボッシュ・スパークプラグ、1909〜10年のアドラー・タイプライターなどが代表作です。1923年にニューヨークへ移住してからもキャッツポー、エクスラックスなど米国企業の広告とトレードマークを多数手がけました。
キッチナーポスターは本当に大量に印刷されたのですか?
長く「街中を埋めつくした」と語られてきましたが、2013年のジェームズ・テイラーの研究によれば、戦時中の街頭写真にはリートのデザインがそれほど頻繁には登場せず、誤って後年ポスター扱いされた可能性も指摘されています。神話と実態には少なからず差があるという見方が現在では有力です。
ロドチェンコの『キノ・グラース』ポスターはどこで見られますか?
ニューヨーク近代美術館(MoMA)が「Kino Glaz (Film Eye), Poster for six films by Dziga Vertov, 1924」として所蔵しており、オンラインコレクションでも閲覧可能です。モスクワのプーシキン美術館にも別バージョンが収蔵されています。

基本データ

キッチナー徴兵ポスター
『Your Country Needs YOU』/『London Opinion』表紙、1914年9月5日/作画:アルフレッド・リート(Alfred Leete, 1882–1933)/印刷:Victoria House Printing Co., Ltd./クライアント:英国議会徴兵委員会
アンクル・サム徴兵ポスター
『I Want YOU for U.S. Army』、1917年/作画:ジェームズ・モントゴメリー・フラッグ(James Montgomery Flagg, 1877–1960)/クロモリトグラフ、約100×74cm/クライアント:米国公衆情報委員会(CPI)/発行部数:1917–18年で400万部以上
プリースター・マッチ ポスター
1905年(諸資料により1906年とも)/作画:ルツィアン・ベルンハルト(Lucian Bernhard, 1883–1972、本名エミール・カーン)/クライアント:プリースター・マッチ社/賞金:200マルク(当時約50ドル)/推薦審査員:エルンスト・グロワルト(ホレルバウム&シュミット社)
キノ・グラース(映画-眼)ポスター
『Kino Glaz (Film Eye)』、1924年/作画:アレクサンドル・ロドチェンコ(Aleksandr Rodchenko, 1891–1956)/監督:ジガ・ヴェルトフ(Dziga Vertov)/リトグラフ、92.7×69.9cm/印刷:Typo-Lithography Goskino/所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)
赤軍志願兵募集ポスター
『お前は志願兵に登録したか?(Ты записался добровольцем?)』、1920年/作画:ドミトリー・モール(Dmitry Moor/本名ドミトリー・スタヒエヴィチ・オルロフ, 1883–1946)/クライアント:ソヴィエト政府/用途:ロシア内戦期、後に第二次大戦でも再使用

参考文献

Lord Kitchener Wants You – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Lord_Kitchener_Wants_You
London opinion “Your country needs you” / Alfred Leete – Library of Congress
https://www.loc.gov/item/93517736/
I want you for U.S. Army : nearest recruiting station / James Montgomery Flagg – Library of Congress
https://www.loc.gov/item/96507165/
Uncle Sam: We Want You – National WWI Museum and Memorial
https://www.theworldwar.org/learn/about-wwi/uncle-sam-we-want-you
I Want You for U.S. Army – Smithsonian American Art Museum
https://americanart.si.edu/artwork/i-want-you-us-army-35637
James Montgomery Flagg – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Montgomery_Flagg
Lucian Bernhard – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Lucian_Bernhard
Seduced by an Object Poster – Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum
https://www.cooperhewitt.org/2013/05/16/seduced-by-an-object-poster/
German Advertising Posters of the Early 20th Century – Neue Galerie
https://www.neuegalerie.org/exhibitions/german-advertisting-posters
Aleksandr Rodchenko. Kino Glaz (Film Eye), Poster for six films by Dziga Vertov, 1924 – MoMA
https://www.moma.org/collection/works/7274
Dziga Vertov – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Dziga_Vertov
Curious Questions: Who created the ‘Your Country Needs YOU’ poster? – Country Life
https://www.countrylife.co.uk/luxury/art-and-antiques/curious-questions-who-created-the-your-country-needs-you-poster-223980

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