用語解説

プロパガンダデザイン

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プロパガンダデザインは、国家や政党、社会運動が人々の考えや行動を特定の方向へ動かすために使うポスター、旗、シンボル、配色などの視覚表現である。政治宣伝のデザイン、宣伝美術とも呼ばれる。

プロパガンダという語は、1622年に教皇グレゴリウス15世が設けた布教聖省(Congregatio de Propaganda Fide)の名にさかのぼる。ラテン語で「広めるべきもの」を意味し、もとは信仰を広める組織の呼び名だった。政治的な宣伝を指す用法が広まったのは第一次世界大戦のころで、当初は必ずしも悪い意味ではなかった。

近代的な手法が出そろったのも、この戦争である。1914年、アルフレッド・リートが描いた陸軍大臣キッチナーが指を突き出して読者を指す図像は、英国の志願兵募集に使われた。1917年にはアメリカのジェームズ・モントゴメリー・フラッグがこれをアンクル・サムに置き換え、翌年までに400万枚以上が刷られている。視線を合わせ、指を差し、二人称で呼びかける。見る者を当事者に変えるこの型は、以後の戦争ポスターで繰り返し使われた。

ロシア革命後のソヴィエトでは、エル・リシツキーが1919年に、赤い三角形が白い円に突き刺さる『赤い楔で白を打て』を刷った。人物も風景も描かず、幾何学と配色だけで内戦の構図を示した一枚である。1933年に宣伝省を置いたナチス・ドイツは、旗や制服から党大会の演出までを含めて視覚を統制した。

表現は単純化に向かう。短い標語、少ない色、敵と味方の明快な対比、一度見たら覚えてしまう記号。こうした特徴は商業広告と重なり、戦時に宣伝の仕事をした画家やデザイナーには、平時は雑誌や広告で働いていた者が少なくない。社内の士気を高めるために描かれた一枚が、数十年後にまったく別の意味を帯びて広まった例もあり、作り手の意図と受け取られ方は必ずしも一致しない。

指差しの図像が生まれた経緯は指差しポスターの心理学で、三色の配色が政治の記号になるまではリシツキー『赤い楔で白を打て』でたどった。工場に2週間だけ貼られたポスターがフェミニズムの象徴に変わった過程は「WE CAN DO IT!」に詳しい。