なぜ「赤い本」は売れるのか|色がブランドを動かす、数秒の科学

なぜ「赤い本」は売れるのか|色がブランドを動かす、数秒の科学

目次

スーパーの照明の下で

平日午後7時。仕事帰りの買い物客が、コンビニの飲料棚の前で立ち止まる。視線が棚を流れ、ある一本に止まり、手が伸びる。所要時間およそ2秒。本人は「のどが渇いたから」「いつものやつ」と思っているが、その判断のかなりの部分は、本人の自覚しない場所で済まされている。

決め手のひとつは、色だ。

色は視覚情報の主役でありながら、その支配は誰にも計算されないまま始まった。19世紀末に酒と区別するため樽を塗った薬剤師から、法律で自社の色を所有する現代のブランドまで、色をめぐる100年余りの物語は、偶然発見された力を企業が制度化し、教室で理論化され、毎年「今年の色」として商品化される過程でもある。買い物客が2秒で行う判断の背後には、その長い歴史が積もっている。

2006年、カナダ・ウィニペグ大学のSatyendra Singh博士が発表した論文「Impact of Color on Marketing(色彩がマーケティングに与える影響)」は、色彩マーケティングの基本文献のひとつだ。論文の中核的な主張はふたつ。人は商品や人と最初に出会ってから90秒以内に判断を下すこと。そして、その評価の62〜90%は色だけに基づいていることだ。残りはロゴ、文字、形、価格、過去の経験——だが、最初の数十秒における視覚情報の主役は、間違いなく色だ。

アイトラッキング企業Attention Insightによれば、買い物客が商品の第一印象を作るのに2秒もかからない。書店の平台に積まれた本、Amazonのサムネイル、ドラッグストアの整列したシャンプー。視線は流れ、ある一点に留まる。なぜそこに留まったのか、ほとんどの人は説明できない。

樽を赤く塗った薬剤師

色をブランドに据えた19世紀末の代表例が、1886年にジョージア州アトランタの薬剤師ジョン・ペンバートンが発明した、カラメル色の炭酸シロップだ。130年以上前、コカ・コーラは樽に詰めてドラッグストアや薬局に運ばれていた。アルコールも同じく樽で流通していた。違いはひとつ、酒には酒税がかかったが、ソフトドリンクにはかからなかった。

そこでコカ・コーラ社は、税務関係者が一目で区別できるよう、自社の樽を鮮やかな赤に塗った。この色がそのまま定着し、いまに至る。識別マーカーとして使われた色が、世界でもっとも認知されたブランドカラーになった——成り立ちとしてはなんの計算もなかった。

ペンバートンの簿記係フランク・メイソン・ロビンソンが、社名と、いまも使われる筆記体のロゴを考案した。赤と白のコントラストを気に入ったロビンソンは、白地に赤い文字で「Coca-Cola Delicious and Refreshing」と入れた最初期のロゴをデザインした。1930年代、画家ハドン・サンドブロムがコカ・コーラ社の依頼で描いた赤い服の陽気なサンタクロースは、世界に広まるクリスマスの定型イメージを決定づけた。

赤=コカ・コーラ。この等式は、もう100年近く動いていない。

5億ドルで塗り替えた青

ライバルのペプシは、長年このコカ・コーラの赤に苦しめられた。赤いロゴと、コカ・コーラに似たフォント。ペプシ・コーラはずっと競合の影に押されていた。流れが変わったのは1950年。ペプシは王冠ロゴに青を初めて導入し、第二次大戦後のアメリカで赤・白・青の愛国カラーに乗った。

決定打は1996年4月だった。ペプシは「Project Blue」と呼ばれる大規模なリブランディングを敢行し、ラベルの背景を青に塗り替えた。プロジェクトには5億ドルが投じられ、エールフランスのコンコルド機が青に塗られ、ロンドン・ガトウィック空港で発表会が開かれた。クラウディア・シファー、アンドレ・アガシ、シンディ・クロフォード。宇宙ステーション「ミール」に青いバナーまで掲げる念の入れようだった。

なぜ青なのか。コカ・コーラが赤を所有してしまった以上、ペプシは別の色に逃げるしかない。それも対極の色——色相環の反対側——でなければ存在感を発揮できない。「赤の対戦相手は青」というブランド戦の構図は、こうして完成した。

色を所有するということ

色を商標にできるのか。長らく法廷で争われてきたこの問いに、米国最高裁が決着をつけたのは1995年のQualitex判決だった。ドライクリーニング機器のパッドの色をめぐる訴訟で、最高裁は「色そのものが商標になりうる」と認めた。条件は、その色が特定のブランドを指す「二次的意味(secondary meaning)」を獲得していること。

この判決以降、色を所有する企業が次々と生まれた。

ティファニー&コー。1998年からTiffany Blue®はティファニーの商標として登録され、2001年にはパントンが同社専用のカスタムカラーとして標準化した。一般には販売されない。パントンの色名は「1837 Blue」。ティファニーの創業年1837年にちなむ。媒体が何であっても、ティファニーが所有するこの青は一貫して再現される。

クリスチャン・ルブタン。1992年、黒い靴の底に赤いネイルポリッシュを塗ったところから始まった。2008年に赤いソールを商標登録。2011年にイヴ・サンローランを提訴。一審のニューヨーク連邦地裁は「色そのものは商標にできない」と退けたが、2012年に第二巡回区控訴裁判所が逆転判決を下した。ただし条件付きで、靴の他の部分とコントラストをなす場合に限られる。靴全体が赤ければ、YSLでも赤いソールを使える。

UPSは「プルマン・ブラウン」を、T-Mobileは鮮やかなマゼンタを、ジョン・ディアは緑と黄の組み合わせを、それぞれ商標化している。逆に英国のキャドバリーは、自社のパープル(Pantone 2685C)を独占しようとして、ネスレに阻まれた経緯がある。色は所有できるが、無条件ではない。

「色は力である」——バウハウスの教室

色の心理的・物理的な働きを体系化したのは、商業デザインより少し前、芸術教育の現場だった。

1888年にスイスで生まれたヨハネス・イッテンは、1919年に開校したばかりのバウハウス(Staatliches Bauhaus)で、入学生全員が受ける基礎課程(Vorkurs)を担当した。イッテンは1921年に「Color Star(カラースター)」と呼ばれる色相環を作り、これがバウハウスの色彩教育の基礎になった。中心の白から黒い先端へと伸びる星形の図は、明暗のコントラストと、その間にある無数の色彩を一枚に収めた。

彼の主著『色彩の芸術(Kunst der Farbe)』は1961年、英訳『The Art of Color』として刊行された。「色は力である。輻射するエネルギーであり、われわれが自覚するとしないとにかかわらず、肯定的にも否定的にも影響を与える」——イッテンが繰り返した言葉だ。

イッテンは色彩を7種類のコントラスト(色相、明暗、寒暖、補色、同時、彩度、面積)に分類し、各々が引き起こす視覚的・感情的効果を学生に試させた。同じ赤も、隣にある色によって全く違って見える。緑の上の赤は燃え立ち、灰色の上の赤は沈む。色は単独で存在せず、つねに関係のなかで意味を発する。バウハウスの基礎課程は、この感覚を身体に染み込ませることから始まった。

ペンバートンが樽の塗装で偶然たどり着いた色彩の力を、イッテンは教室で言語化した。一方は商業、もう一方は教育。両者が交差した先に、現代のブランディングが立っている。

一年に一色を選ぶ

色を商品としてマネタイズする企業がパントンだ。1963年に印刷業界向けの色見本帳PMS(Pantone Matching System)を発表し、世界中のデザイナー・印刷所・メーカーをひとつの色言語で繋いだ。

1999年、パントンは新しい商売を始める。「カラー・オブ・ザ・イヤー(Color of the Year)」だ。

仕掛け人はPantone Color Institute代表のレアトリス・アイズマン。CEOから「新世紀を象徴する色を選んでくれ」と頼まれ、難しい選択を迫られた。最終的に選んだのは希望の色——セルリアン・ブルー。PANTONE 15-4020 セルリアン・ブルーは「ミレニアムの色」と銘打たれた。

アイズマンの言葉は、いま読むと商業文化の典型のような響きを持つ。「セルリアンに囲まれていると、ある種の安らぎが訪れる。海辺で、水のそばで過ごした時間を思い出させてくれる色だから」。実用情報ではなく、感情に訴える物語の販売。これが2000年代以降のカラーマーケティングの基本型になった。

以来パントンは毎年12月、翌年のカラーを発表する。ファッション、化粧品、インテリア、家電、製紙、自動車。世界中の業界が、その色をどう商品に落とすかを真剣に検討する。色を選ぶことが、もはや一年の文化的気分を読み解く儀式になった。

赤の二面性

色は普遍ではない。同じ波長の赤い光が、文化によってまったく別のものを意味する。

西洋で赤は、警告、危険、血、情熱、愛、革命を喚起する。コカ・コーラの赤が「興奮と即時性」を狙うのは、この文化的下地のうえに成り立っている。

東アジア、特に中国での赤は別物だ。中国で赤は幸運、喜び、幸福、祝祭、繁栄、活力、子孫繁栄の象徴。旧正月や結婚式、寺院、玄関の対聯に赤が使われる。子供や高齢者に渡される紅包(ホンバオ)も赤い封筒。逆に葬儀の場で赤は祝祭的すぎて避けられる。

株式市場の表示も真逆だ。米国市場では赤=下落、緑=上昇だが、中国・韓国・日本では赤=上昇、緑=下落。同じ赤い文字が、ある国では損失を、別の国では利益を告げる。

グローバル展開するブランドは、この差を計算に入れる。マクドナルドの赤と黄が中国で受け入れられるのは、文化的に「祝祭の色」と整合するからでもある。逆に、コカ・コーラの赤いサンタクロースが東アジアの結婚式広告に使われたら、文脈が混乱する。色は記号であり、記号は文脈なしには働かない。

棚から、サムネイルへ

色の戦場は、いま物理的な店舗だけにはない。

ある書籍の表紙が「赤いから売れる」というのは、出版業界で繰り返される俗説だ。実証研究は乏しいが、ある共通理解は確かにある——人は決断する前に、色で振り分けている。スリラーやミステリーには黒と深紅。恋愛小説にはピンクやパステル。ビジネス書には信頼を示す紺と白。読者は表紙を「読む」前に「色で類別」している。

スマートフォンの画面では、この判断速度はさらに加速する。Amazonの検索結果に並ぶ150ピクセル幅のサムネイル。Netflixのカタログ画面。Spotifyのプレイリストカバー。サムネイルサイズで判別できない表紙は、本来どれだけ美しくても売れない。最初のクリックを得るのは、構図ではなく色だ。

2017年、英国のマーケティング会社Rebootが2,648人の消費者を対象に行った調査では、参加者は架空のロゴを10分間見せられたあと、78%がメインカラーを思い出せたが、社名を思い出せたのは43%にとどまった。名前より色が先に記憶に残る。

冒頭の買い物客に戻ろう。彼が手に取った一本は、もしかしたら赤かったのかもしれない。あるいは、ライバルが赤を独占したから青に塗り替えた、5億ドルかけた青だったのかもしれない。本人は理由を言えない。それでもその選択は、ペンバートンが樽を塗ったとき、ティファニーが商標を申請したとき、イッテンが教室でコントラストを論じたときから続く、長い色彩戦争の末端で起きている。

色は記号として制度化され、法律で守られ、毎年「今年の色」として選ばれる。デザイナーが色を選ぶとき、彼らは数秒の判断の科学と、100年以上のブランド史を相手にしている。

基本データ

Satyendra Singh論文
“Impact of color on marketing” / 2006年 / Management Decision誌 Vol. 44 Issue 6, pp.783-789 / DOI: 10.1108/00251740610673332
ヨハネス・イッテン
1888年11月11日 – 1967年3月25日 / スイス・南スイス出身、チューリッヒ没 / バウハウス基礎課程(Vorkurs)主任 / 主著『色彩の芸術(Kunst der Farbe / The Art of Color)』1961年
ティファニーブルー
PMS番号 1837 Blue / 1845年からTiffany Blue Bookに使用 / 1998年商標登録 / 2001年パントンとカスタムカラー化 / Tiffany & Co.は1837年創業
クリスチャン・ルブタン Red Sole Mark
1992年初使用 / 2008年米国商標登録 / 2012年9月第二巡回区控訴裁判所判決でコントラスト条件付きの保護確認
コカ・コーラ
1886年ジョン・ペンバートンが開発 / 1891年最初の赤いロゴ採用 / 1941年現行の赤いロゴ確立 / ロゴ書体はSpencerian Script
ペプシ Project Blue
1996年4月発表 / リブランディング費用 約5億ドル / エールフランスのコンコルド機を青に塗装 / 1997年末に米国市場展開
パントン カラー・オブ・ザ・イヤー
1999年制度開始 / 初年度(2000年用) Cerulean Blue (PANTONE 15-4020) / 選定 Leatrice Eiseman (Pantone Color Institute エグゼクティブディレクター) / 2026年で27年目

Q&A

「色だけで62〜90%の評価が決まる」という数値は信頼できますか?
Satyendra Singh博士の2006年論文に登場する数値で、色彩マーケティング分野で広く引用されています。ただし元の調査手法に異論を唱える研究者もおり、絶対的な指標というより「色の影響は予想以上に大きい」ことを示す目安として理解するのが妥当です。アイトラッキング研究などの実証データとあわせて読むのがおすすめです。
ティファニーブルーは誰でも使えないのですか?
商標登録されているのは「ジュエリー、宝飾品関連商品の包装・広告における使用」など、ティファニー&コーが指定した用途に限られます。家庭の壁を同じ色に塗ったり、関係のない商品カテゴリで使ったりすることは商標侵害になりません。商標は「商品の出所表示として誤認させない」範囲で保護されます。
パントンのカラー・オブ・ザ・イヤーは何の根拠で選ばれているのですか?
Pantone Color Instituteのチームが、ファッション、芸術、エンターテインメント、テクノロジー、社会情勢などの動向を一年かけて分析し、社会の「気分」を反映する色を選定します。最終決定は同社のエグゼクティブディレクターであるレアトリス・アイズマン氏が行います。科学的というよりは文化批評と商業判断の融合です。
コカ・コーラの赤は具体的にどのパントンカラーですか?
公式には特定のパントン番号で標準化されておらず、複数の赤を組み合わせて表現されているとされます。コカ・コーラ社のアーキビストTed Ryanによれば、ロゴのフォント(スペンセリアン体)は1900年代から続く正式書体ですが、赤については媒体ごとに微調整される運用です。
日本のブランドで色を商標登録している事例はありますか?
日本は2015年の商標法改正で、色彩のみからなる商標を認めるようになりました。トンボ鉛筆のMONO消しゴム(青・白・黒)、セブン-イレブンの店舗看板の色彩配列などが登録された事例として知られています。単色での登録は識別力のハードルが高く、現在まで成功例はごく限られています。

参考文献

Singh, Satyendra (2006) “Impact of color on marketing”, Management Decision
https://www.emerald.com/insight/content/doi/10.1108/00251740610673332/full/html
Tiffany Blue® – Tiffany & Co.公式
https://press.tiffany.com/our-story/tiffany-blue/
Color | Bauhaus – The Getty Research Institute
https://www.getty.edu/research/exhibitions_events/exhibitions/bauhaus/new_artist/form_color/color/
Johannes Itten – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Itten
Introducing the Pantone Color of the Year (and what it means) – Leatrice Eiseman
https://leatriceeiseman.com/introducing-the-pantone-color-of-the-year-and-what-it-means/
Why Coca-Cola’s logo is red: the real reason – Fox News
https://www.foxnews.com/food-drink/why-coca-colas-logo-is-red-the-real-reason
Pepsi Blue Concorde 1996 – Heritage Concorde
https://www.heritageconcorde.com/pepsi-blue-concorde-1996
Trademark Protection of Color: Louboutin’s Red-Soled Shoe Is a Clever Logo – LegalZoom
https://www.legalzoom.com/articles/trademark-protection-of-color-louboutins-red-soled-shoe-is-a-clever-logo
How Can Eye Tracking Be Used to Gain Shopper Insights – Attention Insight
https://attentioninsight.com/eye-tracking-shopper-insights/
What is the Importance of Colour in Brand Recognition? – Reboot
https://www.rebootonline.com/blog/what-importance-colour-brand-recognition/

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