モハメド・アリ vs リストン|ニール・ライファーが撮った「完璧な一枚」の真実

モハメド・アリ vs リストン|ニール・ライファーが撮った「完璧な一枚」の真実

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1965年5月25日、夜10時40分

メイン州リューイストンの小さなアイスホッケー場が、その夜は世界ヘビー級王座戦の会場だった。観客は2,434人。空席が目立ち、リング上には葉巻の煙がたちこめていた。リングサイドには2台のローライフレックスを構えた青年がいる。22歳のニール・ライファー。スポーツ・イラストレイテッド誌の駆け出しだった。

試合開始から1分44秒。モハメド・アリの右拳が、サニー・リストンのアゴをかすめるように振り抜かれた。リストンが崩れた。倒れたリストンを見下ろし、アリが叫ぶ。「立て、ばかやろう」。レフェリーのジャージー・ジョー・ウォルコットが間に入ろうとするが、興奮したアリはニュートラル・コーナーに下がらない。

このわずか数秒のあいだに、ライファーはシャッターを一回だけ切った。

一回だけ、というのは誇張ではない。天井に吊るしたストロボは次の発光までにチャージを要する。連写する同僚たちの隣で、ライファーに許されたシャッターは一発だった。その一枚がのちに「スポーツ写真史上最高」と呼ばれ、本人は生涯それを「運だった」と言い続ける。だが運と呼ぶには、この夜の画面は整いすぎていた。

ボストンが拒んだ試合

このカードはもともとボストンで開催される予定だった。リストンの裏社会との繋がりや、八百長の疑惑を懸念したマサチューセッツ州当局が、開催直前にライセンスを取り消す。プロモーターは慌てて代替地を探し、ボストンから北へ225キロ離れたメイン州の小さな町リューイストンに落ち着いた。会場のセント・ドミニク・アリーナ(現セントラル・メイン・シビック・センター)は、普段ホッケーが行われる地味な施設だった。収容4,000人余りに対して、有料入場者は半分強しか集まらなかった。ヘビー級世界戦としては史上最少の観客数である。

アリは1964年2月、当時カシアス・クレイの名でリストンに挑み、第6ラウンド終了時に相手の棄権で王座を奪った。試合後、アリはネーション・オブ・イスラムへの入信と改名を公表し、アメリカ社会の保守層から激しい反発を浴びる。徴兵拒否はまだ2年先のことだったが、すでに彼は「最も憎まれ、最も愛されたボクサー」になりつつあった。それでもリューイストンが開催地に決まったのは、メイン州知事ジョン・リードが受け入れを買って出たからだという。

ローライフレックスとストロボ

ライファーはこの試合のために、リングの天井から特注のストロボを吊るしていた。当時の屋内スポーツは照明が貧弱で、シャッタースピードを稼げない。プロ用ストロボとの同期で1/500秒のシンクロ速度を持つ二眼レフ、ローライフレックス(2¼インチ・スクエア・フォーマット)を選んだのはそのためだ。

ストロボにはチャージ時間が要る。連写ができない。同じリングサイドで他の写真家がモータードライブで連射する横で、ライファーは一発勝負を強いられる。「彼らがマシンガンで撃つ夜に、俺はスナイパーライフルを持っていた」。後にライファーはそう振り返った。さらにもうひとつ、有利でも不利でもある条件があった。リングサイドでカラーフィルムを装填していたのは、全カメラマンのうち2人だけ。ライファーはそのひとりだった。

立つ者と倒れた者の対角線

写真の構成は単純だ。中央にアリ。両足を地に張り、右拳を引き、白い短パンと赤いグローブが画面の上下を貫く垂直線をつくる。その足元に、ダークトランクスのリストンが背中をマットに預けて横たわる。完全な水平。垂直と水平が交差する位置に、ふたりの顔が来る。

アリは口を開き、叫んでいる。リストンの目は閉じている。視線の方向、肩のひねり、拳の角度――すべての要素が画面中央を指す。葉巻の煙と天井ストロボが拡散光となり、スタジオ撮影のように、ふたりの体に陰影をきれいに乗せる。ストロボ越しの煙はわずかに青く滲み、背景の他の写真家やレフェリーは影に沈んで散らからない。

赤いグローブが画面を引き締めている。当時のリングサイドではカラーフィルム自体が珍しく、その赤の鮮烈さが翌週のスポーツ・イラストレイテッド誌の誌面で読者を驚かせることになる。

アリの両足のあいだに座った男

ライファーが座ったのは、リングを挟んで「向こう側」だった。スポーツ・イラストレイテッドはこの試合に2人の写真家を派遣しており、もうひとりは先輩のハーブ・シャーフマン。シャーフマンは年功序列でジャッジ席に近い「いい席」を選んだ。試合後の編集部への送稿移動を考えてのことだったという。22歳のライファーは消去法で反対側に座る。

KOが起きた瞬間、アリはたまたまライファーの側を向いていた。シャーフマンは反対側で何もできなかった。ライファーの写真をよく見ると、アリの両足のあいだ、画面奥に座る禿頭の男が小さく写り込んでいる。それがシャーフマンである。彼の人生最大の不運がそこに写っている。「彼の腕がどれだけ優れていても関係なかった。あの夜、彼はただ間違った席に座っていた」。ライファーは自伝でそう書いている。

シャーフマンはInternational News Photos時代から活躍したベテラン報道写真家だった。だが今ではトリヴィア・クイズの答え――「アリの股のあいだの男は誰か」――としてしか思い出されない。

ファントム・パンチの謎

リストンを倒した右パンチは、リング上のレフェリーを含む多くの観客に「見えなかった」。会場ではブーイングが起きた。八百長を疑う声は試合直後から噴出した。リストンの伝記作者ニック・トーシェスはのちに、「あれは単なる八百長ではなく、八百長を見せつけるためのパフォーマンスだった」とまで書いている。ニューヨーク・タイムズ紙のロバート・リプサイトは、リストンの倒れ方を「建物がゆっくり崩れるような、ばらばらの、計算された動き」と描写した。

レフェリーのジャージー・ジョー・ウォルコットはアリを止めるのに手間取り、規定の10カウントを始められないまま立ち尽くした。やがてリングサイドのリング誌編集長ナット・フライシャーが「リストンはもう10秒以上倒れている」と声をかける。ウォルコットはようやくアリの勝利を認めた。試合の正式停止時刻は2分12秒。混乱した審判動作のあいだ、ライファーは1枚目のシャッターでもうこの瞬間を撮り終えていた。

一方で、後年のスローモーション映像解析では、アリの「アンカー・パンチ」と呼ばれた短い右ストレートがリストンのアゴに確実に当たっていたことも確認されている。真相は今もボクシング史の論点として残る。

ライファー自身は謎にあまり興味がない。「俺は半分以上の試合で、決め手のパンチを目で見ていない。撮影者はストロボのチャージや絞りのことばかり考えているからね」。

賞を取ったのは別の写真だった

この夜の「最高のスポーツ写真」と当時評価されたのは、ライファーの一枚ではなかった。AP通信のジョン・ルーニーが似たアングルで撮ったモノクロ写真が、翌1966年のワールド・プレス・フォト賞スポーツ部門を受賞している。ルーニーはライファーの隣に座っていた。同じ瞬間、同じ方向を向いていた。違ったのはカラーかモノクロか、そして掲載媒体の規模だった。

ライファーの写真がアイコンとして広まったのは、ずっと後のことだ。アリは1967年に徴兵を拒否し、王座を剥奪された。リングを離れた3年半のあいだに、彼はベトナム反戦と公民権運動の象徴へと姿を変えていく。リングに戻ってきたアリを再評価する世代が、リューイストンの一枚を発見した。「全盛期のアリ」を見たい欲望が、写真の意味を変えた。「人々はアリの最も輝いていた瞬間を覚えていたかった」とライファーは語っている。

ルーニーの写真はほぼ忘れられた。ウェブで紹介されるとき、いまや多くの場合「ライファー作のモノクロ版」と誤って表記されている。

80フィート上のもう一枚

ライファー自身は、リューイストンの一枚を自分の代表作だとは思っていない。彼が「人生最高の一枚」と呼ぶのは、1966年11月14日にヒューストン・アストロドームで撮ったアリ対クリーブランド・ウィリアムスのKO写真だ。

このときライファーは、リングの真上80フィート(約24メートル)の天井にリモートカメラを仕掛けた。アリがウィリアムスを倒した瞬間、四方に手足を投げ出して横たわるウィリアムスを中心に、ロープが完全な正方形のフレームを描く。レフェリーはその外側で見守っている。幾何学的に整いすぎた、抽象画のような構図だった。後にイギリスの『オブザーバー』紙が「20世紀最高のスポーツ写真」に選んだのは、リューイストンの一枚ではなく、こちらだった。

両者を並べると、ライファーが何にこだわっていたかが見えてくる。彼は「決定的瞬間」より「決定的構図」を追っていた。リューイストンのリングサイドで彼の頭にあったのは、たぶん、コンタクトプリントを見たデスクが思わず指でなぞる対角線だったろう。

完璧な構図は偶然か準備か

ライファー本人は事あるごとに「あれは運だった」と繰り返す。リングのどちら側にリストンが倒れるかは予測できなかった、と。だが彼の「準備の徹底」を知る同僚たちは違う見方をする。試合の数日前から会場に入り、リング上のストロボ位置を計算し、複数のカメラに違うフィルムを装填し、シャッターを切る瞬間まで息を止める準備をしておく――その膨大な予備動作のすべてが、たまたまその夜の1分44秒に収斂した。

スポーツ・イラストレイテッドの表紙を160回以上、タイム誌の表紙を40回以上飾ることになる青年は、生涯で一度だけ訪れたシャッターチャンスをものにした。そして残りの人生で、それより完璧な対角線を撮ろうとし続けた。被写体の体が垂直と水平できれいに交わる瞬間を、彼はその後の40年で何度も探し続ける。リューイストンの夜は、その出発点だった。

基本データ

作品タイトル
Muhammad Ali KO’s Sonny Liston, Lewiston, Maine
撮影者
Neil Leifer(ニール・ライファー、1942年生まれ、米国)
撮影日
1965年5月25日
撮影場所
セント・ドミニク・アリーナ(現セントラル・メイン・シビック・センター)、リューイストン、メイン州、米国
試合
WBC・NYSAC・リング誌 世界ヘビー級タイトルマッチ アリ対リストン第2戦
試合結果
モハメド・アリが第1ラウンド1分44秒(公式停止時刻2分12秒)にKO勝ち
使用機材
Rolleiflex 2¼インチ・スクエア二眼レフ、カラースライドフィルム、ストロボ同期1/500秒
所属媒体
Sports Illustrated
有料観客数
2,434人(ヘビー級世界戦としては史上最少)
同夜の別ショット
AP通信ジョン・ルーニーがほぼ同アングルのモノクロ写真を撮影、翌1966年ワールド・プレス・フォト賞スポーツ部門を受賞

Q&A

なぜこの写真は「スポーツ写真史上最高」と呼ばれるのですか?
中央で叫ぶアリの垂直線と、足元で倒れるリストンの水平線が画面を完璧に分割し、視線・拳・身体の向きがすべて中央に収束する構図的完成度の高さが第一の理由です。さらに葉巻の煙と天井ストロボの組み合わせが偶然スタジオライティングのような拡散光となり、当時のリングサイドでは珍しかったカラーフィルムが赤いグローブの強さを引き立てています。報道写真でありながら絵画のように設計されているように見える稀有な一枚です。
「ファントム・パンチ」は本当に当たっていたのですか?
試合当時の観客の多くは見えなかったと証言し、リング誌編集長ナット・フライシャーが「10秒以上倒れている」と指摘するまでカウントが正式に始まらなかったほどの混乱がありました。八百長疑惑も根強く、リストンの伝記作者ニック・トーシェスは「見せつけるための演出」と書いています。一方、後年のスローモーション映像では、アリの「アンカー・パンチ」と呼ばれた短い右ストレートがリストンのアゴに当たっていることが確認されており、議論は決着していません。
アリの股のあいだに写っている男性は誰ですか?
ハーブ・シャーフマン。当時スポーツ・イラストレイテッド誌の先輩写真家で、ライファーと同じ試合の撮影に派遣されていました。先輩特権でリング向こう側のジャッジ席近くを選んだ結果、KOの瞬間に「間違った側」に座っていたことになり、画面奥に小さく写り込みました。International News Photos時代から活躍したベテランでしたが、現在では「アリの足の間の男」としてしか語られない皮肉な存在になっています。
ライファー自身はこの写真を自分の代表作だと思っていますか?
いいえ。彼が「自分の最高の一枚」と呼ぶのは、1966年にヒューストン・アストロドームでアリ対クリーブランド・ウィリアムス戦を、リング真上24メートルから無人リモートカメラで撮影した俯瞰ショットです。この写真は後に英『オブザーバー』紙が「20世紀最高のスポーツ写真」に選んでいます。ただし大衆の記憶に最も強く残っているのはリューイストンの一枚であり、本人もそれを認めています。
当時、本当に賞を取ったのは誰の写真ですか?
AP通信のジョン・ルーニーが撮った似た構図のモノクロ写真が、翌1966年のワールド・プレス・フォト賞スポーツ部門を受賞しました。ルーニーはライファーの隣の席に座っており、同じ方向を向いて撮っています。違ったのはカラーかモノクロか、そして所属メディアの後年の影響力でした。現在ではルーニーの写真がウェブで「ライファーのモノクロ版」と誤表記されるケースが目立ちます。

参考文献

Muhammad Ali Dead: Photo of Fight vs. Sonny Liston (TIME)
https://time.com/4357436/muhammad-ali-dead-sonny-liston-fight-photo/
Ali-Liston 50th anniversary: The true story behind Neil Leifer’s perfect photo. (Slate)
https://slate.com/culture/2015/05/ali-liston-50th-anniversary-the-true-story-behind-neil-leifers-perfect-photo.html
Muhammad Ali vs Sonny Liston by Neil Leifer – Iconic Photograph (Amateur Photographer)
https://amateurphotographer.com/iconic-images/muhammad-ali-vs-sonny-liston-by-neil-leifer-iconic-photograph/
Muhammad Ali vs. Sonny Liston II: 50th Anniversary (Sports Illustrated)
https://www.si.com/boxing/2015/05/21/ali-liston-ii-neil-leifer-50-years-later
Muhammad Ali photo in Lewiston became iconic. The photographer says it was luck. (Portland Press Herald)
https://www.pressherald.com/2025/05/28/that-iconic-muhammad-ali-photo-in-lewiston-the-photographer-calls-it-luck/
The Phantom Punch Hits 50: Ali, Liston & Boxing’s Most Controversial Fight Ever (Bleacher Report)
https://bleacherreport.com/articles/2473196-the-phantom-punch-at-50-ali-liston-and-boxings-most-controversial-fight-ever
Finding Herb Scharfman (SeanLahman.com)
https://www.seanlahman.com/2007/01/22/finding-herb-scharfman/
Muhammad Ali vs. Sonny Liston (Wikipedia)
https://en.wikipedia.org/wiki/Muhammad_Ali_vs._Sonny_Liston

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