ロゴの請求書|35ドルのスウッシュ、100万ドルのペプシと50年の値段

ロゴの請求書|35ドルのスウッシュ、100万ドルのペプシと50年の値段

目次

1971年、ポートランド州立大学でグラフィックデザインを学ぶ一人の学生が、一枚の請求書を書きました。金額は35ドル。内訳は時給2ドル、17.5時間ぶんの作業です。彼女が描いたのは、のちに世界じゅうで見かけることになる、あの一本のチェックマークでした。

それから37年後。ニューヨークのある広告会社が、飲料メーカーから100万ドルを受け取ります。納品物のひとつは27ページの文書で、そこには新しいロゴが地球の重力場や黄金比、モナ・リザ、果ては光の速度にまで結ばれていると書かれていました。

同じ「ロゴ」という一語で呼ばれるものに、片や35ドル、片や100万ドル。およそ3万倍の開きです。この差は、デザインの優劣をそのまま映したものではありません。ロゴの値段はいったい何を測っているのか——少し意地の悪い問いから始めます。

ロンドンの美大生が描いた舌

1970年、ローリング・ストーンズはヨーロッパツアーのポスターを必要としていました。レコード会社デッカが出してきた案に満足できず、ロンドン王立美術学院(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に声をかけます。白羽の矢が立ったのが、修士課程の最終学年にいたジョン・パッシュでした。まもなくアシスタントのジョー・バーグマンから一通の手紙が届きます。便箋やプログラムの表紙にも使える、バンドのためのロゴを描いてほしい——。

打ち合わせの席で、ジャガーは一枚の絵をパッシュに見せます。ヒンドゥー教の女神カーリー。長い舌を突き出したその図像から、パッシュは着想を得ました。赤い唇と、はみ出した舌。権威への反抗をそのまま形にしたような印です。舌を突き出す仕草はある種の抗議であり、きわめて反権威的なものだ——のちにパッシュは、ロゴが世代を超えて使われ続けた理由をそう語っています。

報酬は50ポンド。1972年に追加で200ポンドが支払われましたが、最初の請求は50ポンドきりでした。ロゴが初めて世に出たのは1971年3月、マーキー・クラブのVIPパスの上です。同年4月、アルバム『スティッキー・フィンガーズ』の内袋にも刷られ、以来ストーンズのほぼ全作品に付いて回ることになります。

パッシュのデザインが優れていたのは、縮小に強い点でした。小さく刷っても、唇と舌のシルエットは一目でそれと分かります。2008年にはオンライン投票で「史上最高のバンドロゴ」に選ばれています。そして同じ年、その原画はアメリカのオークションで9万2500ドルの値をつけ、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の収蔵品になりました。パッシュは1984年に著作権をバンドの商業部門ムジドールBVへ2万6000ポンドで売っています。50ポンドで請け負った仕事が、美術館のガラスケースに収まったわけです。

スウッシュは35ドルだった

冒頭の35ドルの請求書を書いたのは、キャロリン・デヴィッドソンです。もともとはジャーナリズム専攻で、空いた選択科目を埋めるために取ったデザインの授業が、進路を変えました。油絵の授業を受けたいが受講料が高くて払えない——廊下でそうこぼしていたのを、会計学を教えていた一人の男が聞きつけます。フィル・ナイト。のちにナイキを創業する人物が、当時はまだ無名のブルーリボン・スポーツを営んでいました。

ナイトは時給2ドルで、図表づくりなどの仕事を彼女に頼むようになります。やがて自社ブランドの靴に付ける印が必要になったとき、依頼が回ってきました。アディダスの三本線とは違う、動きを感じさせる何か。デヴィッドソンはいくつかの案を出し、ナイトが選んだのがスウッシュでした。彼の第一声は、お世辞にも上々とは言えません。「気に入らない。でも、そのうち慣れるかもしれない」。

請求は17.5時間ぶん、35ドル。デヴィッドソン自身は「もっと時間をかけたはず」と振り返りますが、伝票はその額で切られました。彼女はその後6年ほどナイキで働き、会社が大手広告代理店を必要とする規模に育つまで仕事を続けます。ナイトはのちに、これが「かなりの掘り出し物」だったと認めています。

話には続きがあります。1983年、ナイキはデヴィッドソンを食事に招きました。会場に着くと、それは彼女のためのパーティーでした。ダイヤをあしらった金のスウッシュの指輪が贈られ、一通の封筒が手渡されます。中身はナイキ株500株。当時の株価でおよそ8500ドル分でした。彼女はその株を一度も売っていません。度重なる分割を経て、評価額は100万ドルをゆうに超えたと報じられています。35ドルの仕事に、ずいぶん遅れて届いた残りの請求書、とでも呼ぶべきものでした。

ペプシの100万ドルと、27ページの宇宙

時計を2008年に進めます。10月、ペプシは自社ロゴの刷新と、複数ブランドのリブランディングを発表しました。手がけたのはニューヨークのアーネル・グループ。創業者ピーター・アーネルが率いる会社です。契約額は、報じられたところでおよそ100万ドル。

ところが実際のロゴ変更は、拍子抜けするほど小さなものでした。赤・白・青の丸い地球マーク。その中央を横切る白い帯の角度が、ほんの少し変わりました。ほぼそれだけです。代わりに、この変更を正当化するために作られた文書が、デザイン史に残る珍品になりました。

題して「BREATHTAKING(息を呑むほど)」。全27ページのこのPDFは、たった一つの円を説明するために宇宙を総動員します。黄金比、ピタゴラスの定理、パルテノン神殿、グーテンベルク聖書、モナ・リザ、地球の磁場と重力場、太陽系、相対性理論。白い帯のうねりは「ペプシの重力的な引力」を表している——文書はそう大真面目に説きました。ロゴを0度から90度まで回すと、白い余白がいくつもの「微笑み」に見える——そうも書かれています。

この文書は2009年、自称・業界関係者の手でRedditに流出します。反応は「奇妙」「意味不明」、そして「これは風刺では?」。あまりに常軌を逸していたため、アーネル・グループ自身が仕掛けたバイラル用の自作自演ではないか、という憶測まで飛び交いました。アーネル本人は後年のインタビューで、ロゴを作るために中国や日本に1か月こもりたかったと語っています。皮肉だったのは、文書がペプシへ提出された2008年8月から二か月後の10月、同社が業績不振で約3300人の人員削減を発表したことです。地球の重力を語る一方で、足元の数字は重力に逆らえませんでした。

請求書が測っていなかったもの

三つの数字を並べると、奇妙なことに気づきます。もっとも安かった二つ——ストーンズの50ポンドとナイキの35ドル——のロゴは、半世紀ちかく姿を変えずに生き延びました。もっとも高かった100万ドルのロゴは、変更そのものが微々たるもので、十数年後の刷新で、白い帯はかつてに近い形へ戻されています。値段とロゴの寿命は、まるで噛み合っていません。

では、ロゴの値段は何を測っていたのか。おそらく、発注した側の事情です。1970年のストーンズも、1971年のブルーリボン・スポーツも、まだ名もなき存在でした。学生に頼み、学生の言い値で済みました。一方2008年のペプシは、世界中で売られる巨大ブランドです。わずかな微調整ひとつに、100万ドルと27ページの理論武装を必要としました。後ろ盾が大きいほど、ロゴを動かすのは怖くなります。その不安の大きさが、請求額に化けたのかもしれません。

ロゴそのものの価値は、請求書を切る瞬間には決まりません。デヴィッドソンの株が示すように、価値は何十年もかけて、使われることの中で後から積み上がっていきます。35ドルのチェックマークはやがて数十億ドルのブランドの顔になり、50ポンドの舌は美術館に入りました。100万ドルの文書がついに説明しそこねたのは、なぜ二本のうねる線にこれだけの理論が要るのかではなく、たった35ドルの一本線が、なぜこれほど長く生き残れたのか、という方だったように思います。

基本データ

ナイキ「スウッシュ」
デザイン:キャロリン・デヴィッドソン/制作:1971年/報酬:35ドル(時給2ドル×17.5時間)/後日談:1983年にナイキ株500株を贈与
ローリング・ストーンズ「タン・アンド・リップス」
デザイン:ジョン・パッシュ/制作:1970年/報酬:50ポンド(1972年に追加200ポンド)/原画:2008年にV&Aが約9万2500ドルで収蔵
ペプシ 2008年ロゴ
制作:アーネル・グループ(ピーター・アーネル)/契約額:約100万ドル/付随文書:「BREATHTAKING」全27ページ
記事テーマ
報酬という即物的な軸でたどる、ロゴデザイン約50年史

Q&A

なぜナイキは35ドルでロゴを手に入れられたのですか?
デザインしたキャロリン・デヴィッドソンが学生で、時給2ドルの作業として17.5時間ぶんを請求したためです。依頼主のブルーリボン・スポーツ(のちのナイキ)も当時は無名で、学生に頼める規模でした。
ジョン・パッシュの報酬は50ポンドだけだったのですか?
最初の請求は50ポンドですが、1972年に追加で200ポンドが支払われ、マーチャンダイズの収益配分もありました。著作権は1984年にバンド側へ2万6000ポンドで売却。原画はヴィクトリア&アルバート博物館が約9万2500ドルで収蔵しています。
ペプシの「BREATHTAKING」文書は本物ですか?
2009年にRedditへ流出した、アーネル・グループ作とされる作業中のPDFです。あまりの内容に自作自演を疑う声もありましたが、約100万ドルの契約自体は複数の媒体が報じています。実際のロゴ変更は、中央の白い帯の角度がわずかに変わった程度でした。
報酬が高いほど良いロゴ、ということですか?
連動しません。35ドルや50ポンドのロゴの方が、はるかに長く生き残りました。報酬はむしろ、発注側の規模や交渉力、変更への不安を映している面が大きいようです。

参考文献

Swoosh – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Swoosh
Here’s how much Nike’s billionaire founder paid for the infamous swoosh logo in 1971 – CNBC
https://www.cnbc.com/2018/09/05/heres-how-much-nikes-billionaire-founder-paid-for-its-swoosh-logo.html
Tongue and lips logo – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Tongue_and_lips_logo
Rolling Stones ‘lips and tongue’ logo by John Pasche – Victoria and Albert Museum
https://www.vam.ac.uk/articles/rolling-stones-lips-and-tongue-logo-by-jon-pasche-1970
How the Rolling Stones Tongue Logo Came To Be – Best Classic Bands
https://bestclassicbands.com/rolling-stones-tongue-logo-3-26-18/
Ten years ago Pepsi paid $1 Million for a logo redesign. Why? – TypeRoom
https://www.typeroom.eu/content/ten-years-ago-pepsi-paid-1-million-logo-redesign-why
How one company justified a million-dollar logo redesign inspired by the Mona Lisa – Fortune
https://finance.yahoo.com/news/one-company-justified-million-dollar-124100474.html

コメント (0)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です