Y-Zipper誕生|40年眠っていた「三角ジッパー」がMITで蘇り、ロボットとアートを変える

Y-Zipper誕生|40年眠っていた「三角ジッパー」がMITで蘇り、ロボットとアートを変える

目次

ガレージで40年眠っていた特許

ボストン郊外のとあるガレージに、40年間ほこりをかぶった木製の試作品がありました。三本の木の棒に小さな歯が打ち付けられ、スライダーで束ねると三角柱になる――そんな奇妙な「三辺ジッパー」のプロトタイプです。

1985年、まだ若いエンジニアだったウィリアム・フリーマン(William T. Freeman)は、ポラロイド社で電子プリンタの共同開発に携わるかたわら、雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』に出ていた小さな広告を眺めていました。「Innovative Design Fund」という非営利団体が、衣服・家庭用品・テキスタイル分野の革新的なプロトタイプに最大1万ドルを支援するというものです。

フリーマンが思いついたのは、ふだんジャケットの前を閉じるあの「ジッパー」を、もっと立体的に使えないかというアイデアでした。三本のストラップにそれぞれ歯を取り付け、特殊なスライダーで一気に引き上げると、ぺらぺらだった三本の帯が、剛性のある三角柱に変身する。柔らかさと硬さを瞬時に切り替える、構造体のスイッチです。

審査結果は、不採用。当時の製造技術では、三辺の歯をミリ単位で噛み合わせることが難しすぎたのです。それでもフリーマンはアイデアの可能性を信じ、特許だけは取得して試作品をガレージにしまい込みました。「いつか技術が追いついてくれる日が来るはずだ」と。

それから40年。2026年5月、MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)から、その「いつか」が現実になったとのニュースが世界中のテック・デザインメディアを駆け巡りました。

名前は「Y-Zipper」、しなやかから剛体への一瞬の変身

CSAILの研究者ジアジ・リー(Jiaji Li)氏を筆頭著者とするチームが発表したのは、その名も「Y-Zipper(ワイ・ジッパー)」。三辺をスライダーで一気に閉じると、ふにゃふにゃの三本の腕が、荷重に耐える三角柱の構造体に変身する3Dプリント・ファスナーです。研究成果は、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション分野で最も権威ある国際会議「CHI 2026」で発表されました。

開いた状態は、まるで三本の触手を伸ばしたイカ。閉じれば、まっすぐな棒、あるいは弓なりに曲がったアーチ、コイル状のスプリング、ねじれたスクリューにもなる。ソフトウェア上で「直線」「曲線」「コイル」「スクリュー」の4つのモーション・プリミティブと長さ・角度を指定すると、3Dプリンタが自動的にぴったり噛み合う三本の腕とスライダーを出力してくれます。

ジッパー自体は1893年にホイットコム・ジャドソンが原型を発表した、衣類の定番ファスナー。Y-Zipperはこの古典的なファスナーを、平面同士の接合具から、立体を生み出すための装置へと組み替えました。

なぜ三角形なのか――構造工学の常識をギミックに

仕組みのキモは、構造工学のごく基本的な原理にあります。三角形は、四角形と違って対角線方向のずれが生じない、本質的に「変形しない形」です。橋梁のトラス、クレーン、東京タワーやエッフェル塔の骨組み――あらゆる重い構造物は、三角形を組み合わせることで自重を支えています。

Y-Zipperは、その原理を「オン/オフ」できるギミックに落とし込みました。ペラペラの素材も、三辺がきっちり噛み合った瞬間に三角柱という「梁」として振る舞いはじめる。

研究チームは耐久性も検証しています。3Dプリンタで一般的なPLA(ポリ乳酸)とTPU(熱可塑性ポリウレタン)の2素材を比較し、PLAは荷重に強く、TPUはしなやかであることを確認。アクチュエータでひたすら開閉を繰り返した実験では、18,000サイクルを超えてからようやく破断に至ったといいます。リー氏のシミュレーションによれば、弾性構造が荷重応力を均等に分散する設計が、この粘り強さを生んでいるそうです。

テントは80秒、ギプスは夜だけ硬く

具体的な応用例として、研究チームはいくつかの試作デモを公開しています。これがどれも、なかなかに痛快です。

ひとつ目はキャンプ用テント。普通なら1人で組み立てて約6分かかるところを、Y-Zipperを支柱に組み込むだけで「1分20秒」で立ち上がる動画が公開されました。三本の腕をテント生地の三方向に取り付け、スライダーを引き上げると、キャノピーがふわっと跳ね上がる。災害時の避難所や医療テントの迅速な設営に応用できると期待されています。

ふたつ目は医療用の手首サポーター。Y-Zipperを手首ギプスに巻き付けると、昼間は開いて柔らかく動かしやすい状態、夜は閉じて剛性のあるサポートに切り替えられます。日中は患者の生活の質を優先し、就寝時は再損傷を防ぐ。これまでの硬いギプスにはなかった調整自由度です。

三つ目はロボット工学への応用。4本の脚にY-Zipperを組み込んだ四足ロボットは、低い障害物の下では脚を縮めて姿勢を低くし、高い段差では脚を伸ばして跨ぐ。脚の長さそのものを可変にできるという、剛体リンク機構では難しかった芸当です。

「機械の花」が開く――アートとしてのY-Zipper

四つ目、もっとも詩的な応用が、キネティック・アートとしての「ツル状の花」です。

論文によれば、研究チームはY-Zipperで作った長さ約1.3メートルの茎を、モーターで下から閉じていく仕掛けを制作しました。閉じる過程でぐにゃぐにゃだった茎が直立し、内部に通された釣り糸が花びらを引っ張って、頂上の花がゆっくりと開花する。生物的な「成長」と機械的な「組み立て」が同時に進行する、奇妙な動きのインスタレーションです。

美術作品でありながら、Y-Zipperが「柔から剛への可逆的な変態」をいかに精緻に制御できるかのデモンストレーションでもある。テオ・ヤンセンのストランドビーストや、ランダム・インターナショナルの〈Rain Room〉のように、機構そのものが鑑賞対象となる系譜の延長線上にある作品と言えそうです。

キーパーソンは「ブラックホール画像」の立役者でもあった

原案者のフリーマン本人の経歴も、なかなか起伏に富んでいます。1985年に三辺ジッパーを発明したときは、ポラロイドで電子プリンタやデジタルカメラの色再構成アルゴリズムを開発する電気エンジニアでした。その後MITで博士号を取得し、現在は同大の電気工学・コンピュータ科学科の冠講座教授(Thomas and Gerd Perkins Professor)。専門はコンピュータビジョンとコンピュテーショナル・フォトグラフィです。

彼は2020年のブレイクスルー賞物理学部門の共同受賞者でもあります。受賞対象は、人類初のブラックホール画像を撮影したイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)チームへのコンサルタント貢献。ガレージで木製ジッパーを温めていた青年は、その後40年で「見えないものを見る」テクノロジーの最前線へとたどり着き、自分の昔のアイデアが教え子たちの手で蘇るのを目撃する立場になりました。

今回のプロジェクトを率いたジアジ・リー氏は、CSAILで「HCI Engineering Group」を主宰するステファニー・ミュラー(Stefanie Mueller)准教授のもとでパーソナル・ファブリケーションを研究してきた俊英。共著者には慶應義塾大学からの客員研究員である山本拓海氏も名を連ねており、日本ともゆかりのある国際共同研究です。

デザインの「時間差」が教えてくれること

Y-Zipperの面白さは、テクノロジーの新発明としてのインパクト以上に、「アイデアが先、製造技術が後追い」という時間構造そのものを体現しているところにあります。

似た構造はデザイン史にも転がっています。バックミンスター・フラーがジオデシック・ドームを発表したのは1948年。素材と計算技術が追いつき、各国の万博パビリオンや軍施設に大量採用されたのはもう少し後の時代の話です。フラーは「自分の発明は時代より少し早すぎた」と振り返ったと伝えられています。

フリーマンが1985年に「いつか」と信じてガレージにしまった試作品は、3DプリンタとCADソフトウェアが家庭にまで普及した現在、ようやく構造物としての姿を獲得しました。あと40年経ったとき、今どこかのガレージで眠っている特許がどんな立体に化けているのか。Y-Zipperの三本の腕が静かに閉じる動画を眺めていると、そんな気の長い問いが浮かんできます。

メモ

プロジェクト名
Y-Zipper(ワイ・ジッパー)
正式論文タイトル
Y-zipper: 3D Printing Flexible–Rigid Transition Mechanism for Rapid and Reversible Assembly
発表機関
MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)/HCI Engineering Group
筆頭著者
Jiaji Li(ポスドク研究員)
シニア著者
Stefanie Mueller(MIT准教授/CSAIL主任研究員)
共著者
William T. Freeman(原案者・MIT教授)、Xiang Chang(天津大学)、Maxine Perroni-Scharf、Dingning Cao、Mingming Li(浙江大学)、Jeremy Mrzyglocki(ミュンヘン工科大学)、Takumi Yamamoto(慶應義塾大学)
原案年
1985年(William Freemanがポラロイド社在籍時にInnovative Design Fundに応募・落選)
使用素材
PLA(ポリ乳酸)/TPU(熱可塑性ポリウレタン)
製造方法
3Dプリント(独自設計ソフトウェアと連携)
モーション・プリミティブ
直線・曲線(ベンド)・コイル・スクリューの4種
耐久性試験結果
18,000サイクル以上の開閉に耐久
発表会議
CHI 2026(ACM Conference on Human Factors in Computing Systems)
主な応用例
高速設営テント、医療用手首サポーター、可変脚四足ロボット、キネティックアート(機械の花)

Q&A

Y-Zipperはいつ、誰が発表したのですか?
2026年、MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)のポスドク研究者ジアジ・リー氏らのチームが発表しました。原案は1985年にウィリアム・フリーマン(現MIT教授)が考案・特許取得したもので、CHI 2026会議でリバイバル版が論文発表されました。
普通のジッパーと何が違うのですか?
一般的なジッパーは2本の歯列を噛み合わせて平面同士を接合しますが、Y-Zipperは3本の歯列を組み合わせて「立体(三角柱)」を生成します。閉じる前は柔らかい3本の腕、閉じると剛性のある構造物に変身する点が決定的な違いです。
なぜ三角形にこだわるのですか?
三角形は構造工学的に「変形しにくい形」だからです。橋梁のトラスやエッフェル塔の骨組みと同じ原理で、3辺がきちんと噛み合うと荷重に耐える梁として機能します。
どのくらい丈夫なのですか?
研究チームのテストでは、PLAとTPU素材で18,000回以上の開閉を繰り返してからようやく破断したそうです。将来的には金属素材を使えば、さらに耐久性を高められる可能性があるとされています。
日本との関わりはありますか?
共著者の中に慶應義塾大学から客員研究員として参加した山本拓海氏が含まれています。また、Y-Zipperの応用先として想定されている災害時のシェルター設営や、医療・キネティックアートの分野は、日本の研究者やデザイナーにも親和性が高いテーマです。

参考文献

Meet The 3-Sided “Y-Zipper,” A Revolution For Technical Gears, Robots, and Even Art, 40 Years In The Making(IFLScience)
https://www.iflscience.com/meet-the-3-sided-y-zipper-a-revolution-for-technical-gears-robots-and-even-art-40-years-in-the-making-83495
It took 40 years for technology to catch up to this zipper design(MIT News)
https://news.mit.edu/2026/three-sided-y-zipper-design-0504
It took 40 years for technology to catch up to this zipper design(MIT CSAIL)
https://www.csail.mit.edu/news/it-took-40-years-technology-catch-zipper-design
Y-zipper: 3D Printing Flexible–Rigid Transition Mechanism for Rapid and Reversible Assembly(ACM CHI 2026 Proceedings)
https://dl.acm.org/doi/10.1145/3772318.3790723
MIT researchers revive 40-year-old triangular zipper concept now made possible by 3D printing(Tom’s Hardware)
https://www.tomshardware.com/3d-printing/mit-researchers-revive-40-year-old-triangular-zipper-concept-now-made-possible-by-3d-printing-creates-shape-shifting-robots-and-deployable-structures-3d-printed-y-zipper-turns-floppy-tentacles-into-rigid-beams-in-seconds
After a 40-year wait, technology finally enables three-sided zipper design(Tech Xplore)
https://techxplore.com/news/2026-05-year-technology-enables-sided-zipper.html
About – William T. Freeman(MIT)
https://billf.mit.edu/about/bio/
HCI Engineering Group(MIT CSAIL)
https://hcie.csail.mit.edu/

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