近代建築は、19世紀後半から20世紀にかけて、鉄やガラス、鉄筋コンクリートといった工業材料と、機能に基づく設計によって生まれた建築の総称である。英語ではモダン・アーキテクチャーと呼ばれ、モダニズム建築、近代主義建築とも言う。
それまでの建築は、石や煉瓦の壁で重さを支え、古典やゴシックといった過去の様式で外観を飾るのが普通だった。近代建築は、柱と梁の骨組みで構造を支えることで壁を荷重から解き放ち、平面や窓を自由に設計できるようにした。1885年にシカゴで完成したホーム・インシュアランス・ビルは、鉄骨の骨組みで高層を実現した初期の例とされる。同じシカゴの建築家ルイス・サリヴァンは、形は機能に従うという考え方を言葉にしている。
20世紀に入ると、ヨーロッパの建築家たちがこれを美学にまで高めた。ル・コルビュジエはピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面という近代建築の五原則を唱え、1931年にパリ郊外でヴィラ・サヴォアを完成させる。ヴァルター・グロピウスのバウハウス校舎や、ミース・ファン・デル・ローエのガラスと鋼の建築も、その代表である。1932年にはニューヨーク近代美術館が展覧会でこれらをインターナショナル・スタイル(国際様式)と名づけ、装飾のない白い箱のような建築は、戦後、世界中の都市に広がった。
一方で、近代建築の一律な計画は、都市の多様さを壊すという批判も呼んだ。1960年代以降は、地域の風土や歴史を取り込む試みや、ポストモダン、ハイテク建築など、近代建築を出発点にしながら別の方向を探る動きが続いている。日本では丹下健三や前川國男が、その語法を日本の建築に根づかせた。
五原則の実物はヴィラ・サヴォアが変えた住宅の未来で、鉄骨の骨組みが高層を可能にした経緯は壁が構造を支える時代の終焉で書いた。自然と建築を重ねたアメリカの例は落水荘の物語に、コンクリートの箱に光を通した日本の例は安藤忠雄「光の教会」にある。