オバマ「HOPE」ポスター|シェパード・フェアリーが選挙デザインを変えた一日

オバマ「HOPE」ポスター|シェパード・フェアリーが選挙デザインを変えた一日

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2006年4月、ワシントンD.C.のナショナル・プレス・クラブ。スーダン・ダルフール地方の人道危機をめぐる催しで、AP通信のフリーランス写真家マニー・ガルシアがシャッターを切った。フレームに収まっていたのは、俳優のジョージ・クルーニーと、当時イリノイ州選出の上院議員だったバラク・オバマ。視線をやや上に向けたオバマの顔が、斜めからの角度で写っていた。

2年後、ロサンゼルスで一人のストリートアーティストがその写真を拾った。クルーニーを切り落とし、コントラストを潰し、赤とダークブルーと薄い水色とベージュの四色に塗り直す。顔の下に置いた言葉はPROGRESS。やがてHOPEに差し替えられ、その絵は2008年の大統領選そのものを指す記号になっていく。

元写真が自分のものだと世に知られるまで、ガルシアは3年近く待つことになる。

だが追いかけるべきなのは、絵の出来栄えそのものではない。街に貼った紙が選挙の顔になり、美術館の壁に登り、やがて法廷に引きずり出される。ひとりの人間の判断が政治の見た目を丸ごと動かし、その代償まで引き受けた記録である。テキストを一行打てばAIが「HOPE風」を吐き出すいま、あの四色に何が積まれていたのかを数え直しておきたい。

一日で完成した設計図

シェパード・フェアリーがオバマ支援を考え始めたのは2007年10月。広報担当の友人ヨシ・サージャントとの会話がきっかけだった。テレビで見た演説に惹かれてはいたが、自分の名前には別の問題がついて回る。アンドレ・ザ・ジャイアントのステッカーをばら撒いた男、体制に喧嘩を売り続けてきた男。その署名が候補者の重荷にならないか。サージャントが陣営に打診し、許可が下りたと連絡が来たのは2008年1月22日だった。

設計そのものは一日で終わった。スーパーチューズデー(全米の予備選が集中する天王山)まで、残り2週間。

最初に刷ったのは700枚。350枚を1枚45ドルで自分のサイトで売り、残る350枚をロサンゼルスの街に貼った。売上はそのまま次の増刷に注ぎ込み、刷り上がったぶんを予備選前の各地へ送り出す。サイトには誰でも刷れるデータも置いた。陣営から「progressではなくhopeの線で」と要望が届いたのは、この最初の一群が出回ったあとのことだ。キャンペーン期間を通じて出回ったHOPEポスターは、最終的に約35万枚にのぼる。

紙だけではない。2008年7月までに、ステッカー工房のSticker RobotがビニールのHOPEステッカーを20万枚以上刷っている。その4分の3は無料で配られた。買うものではなく、配られるもの。街頭に貼る紙から始まった絵は、この段階で完全に手を離れている。

四色とゴッサム体に込めた仕掛け

人が無意識に受け取っているのは、まず色の選び方だ。赤、ダークブルー、ライトブルー、ベージュ。星条旗の赤と青を、星条旗そのままではなく一段くすませてある。この赤と青は、陣営の公式ロゴを設計したソル・センダーの配色と呼応するよう選ばれた。ポスターとロゴが別々に作られながら同じ家族に見えるのは、そのためだ。

足元のHOPEは、ゴッサム体。GQ誌の依頼でトバイアス・フリエ=ジョーンズが2000年に起こした書体である。原型はマンハッタンのポート・オーソリティ・バスターミナル、八番街側の入口に掲げられた文字だった。カメラを提げて街区を一つずつ歩き、古いビルのサインを撮り集めてつくったものだ。本人の言葉を借りれば、あれは「書体デザイナーがつくるような文字ではない。エンジニアがつくる文字」。デザインの外側から来た、そっけない骨格。

フリエ=ジョーンズはのちに、この仕事には個人的な下心があったと明かしている。評価される前に消えてしまいそうな「古いニューヨーク」の文字を残しておきたかった、と。オバマ陣営はこの書体をキャンペーン全体で採用した。HOPEの四文字が教会の鐘のように静かに重いのは、飾りを削いだ骨格が大きな塊として置かれているからだ。

肖像そのものはステンシル(型紙を切り抜いて色を刷り重ねる手法)による高コントラストの処理。シカゴ美術館はこの絵の出自を、ソビエト社会主義リアリズムの政治的メッセージと大胆なグラフィックに求めている。デザイン評論家のスティーブン・ヘラーも同様に、社会主義リアリズムの影響を指摘した。プロパガンダの語彙を意図して選び、それを「希望」の側に持ち替える。HOPEの構造はそこにある。

ストリートから美術館の壁へ

2009年1月7日、スミソニアン協会国立肖像画美術館が、フェアリーが手彩色で仕上げたミクストメディア版の収蔵を発表した。オバマの就任前に展示する意向だという。寄贈元はヘザー&トニー・ポデスタ夫妻のコレクション。街に貼られた紙が、1年でアメリカの公式肖像コレクションに入った。

ニューヨーカー誌の美術批評家ピーター・スケルダールの評はこうだ。「『アンクル・サムは君を求めている』以来、最も効果を上げたアメリカの政治イラストレーション」。第一次世界大戦の徴兵ポスターを引き合いに出している。1世紀近くを跨ぐ比較はいささか大袈裟にも響くが、批評家にそう言わせる磁力が四色の顔にはあった。

AP通信との戦い、そして罪

美術館の発表が、皮肉にも引き金になった。収蔵のニュースを受けて、ブロガーたちが元写真を探し始めたのだ。当初はロイターのジム・ヤングの写真だと目されていた。2009年1月21日、フィラデルフィア・インクワイアラー紙のブロガー、トム・グラリッシュが正解を突き止める。AP通信のフリーランス、マニー・ガルシアが3年前に撮った一枚だった。

ガルシアの反応は複雑だった。法律の話をいったん脇に置けば、自分の写真をフェアリーが芸術として扱い、あれだけの効果を生んだことは誇らしい。そう語る一方で、ネットにあるからといって勝手に持っていく行為を容認するわけではない、とも付け加えた。雇用主であるAP通信の反応は、はるかに冷淡だった。

フェアリーは先手を打ち、2009年2月、自分の使用はフェアユース(公正利用)にあたるとの確認判決を求めてAPを提訴した。APは著作権侵害で反訴する。

事態を決定的に悪くしたのは、その後の証拠調べだった。フェアリーは当初、使ったのはクルーニーが写っていない別の写真だと主張していた。それが崩れる。実際に使ったのはクルーニーの写るほうだった。間違いを認めるのが恥ずかしく怖かった、というのが本人の説明である。彼は文書を破棄し、偽の資料をこしらえ、日付を遡らせた文書管理規程の作成を従業員に持ちかけ、証人に事実と異なる説明を吹き込んでいた。

民事は2011年1月に和解。条件は非公開とされたが、今後APの写真を使う際はライセンスを取ること、HOPE関連の収益を分け合うことが含まれた。

刑事はそのあとに来た。2012年2月24日、フェアリーは法廷侮辱の罪で有罪を認める。同年9月7日、マンハッタン連邦地裁のフランク・マース判事は検察の求めた収監を退けた。言い渡されたのは保護観察2年、社会奉仕300時間、罰金25,000ドル。この男にとって最大の罰はおそらく世間の不名誉だろう、と判事は述べている。

法廷でフェアリーは、証拠の捏造を「人生で最悪の行い」と呼んだ。「希望」を掲げた絵の作者が、その絵をめぐって偽の書類をこしらえる。当時、多くの論評がこの皮肉に言葉を費やした。

HYPE、NOPE、そして作者自身の失望

選挙戦の最中から、あのフォーマットを借りた派生画像が湧き出していた。ジョン・マケインやサラ・ペイリンの顔にはNOPE、反オバマ陣営はオバマ自身にHYPEを貼った。マッド誌はアルフレッド・E・ニューマンにHOPELESSと入れた。2009年1月にはPaste誌が自作ジェネレーター「Obamicon.me」を公開する。最初の2週間で投稿された画像は1万点を超えた。顔と四文字。その単純な構造が、ミーム文化の語彙に組み込まれた。

変化は作者自身の言葉にも現れる。2015年、エスクァイア誌のインタビュー。オバマはあのポスターに見合う仕事をしたか、と問われたフェアリーは「まったく及ばない」と答えた。多くのことで妥協した、なかでもドローンと国内監視は、彼が支持する側に回るとは思ってもみなかった、と。オバマ個人は立派な人間だとしたうえで、「勇気が足りなかったことを大目に見る気はない」とも語る。矛先はアメリカの有権者にも向かった。政治に関して無知で怠惰な人間が多すぎる、指差しばかりで行動も検証もない——。希望を絵にした男が、希望を語らなくなるまでの8年だった。

2017年、デザイン批評誌『デザイン・オブザーバー』にクリストファー・シモンズがこう書いた。フェアリーはストリートアートを美術として認めさせた一人である。それと同時に、あからさまなプロパガンダをアメリカ政治の正当な道具にしてしまった、と。オバマはプロパガンダの美学を文化的な魅力として借りた。トランプはその原理のほうを、政策と人格の両方で引き受けた——シモンズの見立てである。

プロンプトで「HOPE」は作れるか

2024年の大統領選を飾ったのは、もう街に貼られた紙ではなかった。8月、トランプはテイラー・スウィフトをアンクル・サムの扮装で描いたAI画像を自身のSNSに再投稿し、「謹んでお受けする」と添えた。スウィフトは誰も支持していない。同じ時期、カマラ・ハリスが民主党大会で共産主義集会を率いているように見せるAI画像がXで出回り、8100万回表示された。X系の画像生成ツールGrokに至っては、ハリスとトランプを並べて操縦席に座らせ、世界貿易センターに向けて飛ばす絵まで吐き出した。

アンクル・サムがまた出てきたのは偶然ではない。スケルダールがHOPEを測るのに使った物差しが、16年後には数秒で量産される画像の素材になっている。ソ連のプロパガンダ美術の骨格も、ゴッサム体のリズムも、プロンプトに足せばそれらしく返ってくる。

ではHOPEとそれを分けるものは何か。一日で設計したこと。自分の足で街に貼ったこと。写真の出どころで訴えられ、嘘をつき、法廷で最悪の行いだと認めたこと。絵の重さは、絵の外側にあったものの総量で決まっていた。誰かが選び、誰かが責任を負ったという事実が、四色の平面の後ろに積まれていた。

ガルシアのレンズの前で上を見上げた男。その隣にいたクルーニー。一枚を切り取って塗り直した男。判断の連なりが、いまはデータセットの中で混ぜられ、平均に均されていく。HOPEはアメリカの政治図像の頂点であると同時に、人間が選挙ポスターを手で選んでいた時代の、最後の風景だったのかもしれない。

基本データ

作品名
Barack Obama “Hope” Poster
制作者
シェパード・フェアリー (Shepard Fairey, 1970年生まれ)
制作年
2008年
元写真
マニー・ガルシア (Mannie Garcia) 撮影/AP通信、2006年4月、ワシントンD.C.のナショナル・プレス・クラブにて
配色
赤、ダークブルー、ライトブルー、ベージュの四色
スローガンの書体
Gotham (トバイアス・フリエ=ジョーンズ設計、2000年/Hoefler & Frere-Jones)
主要バージョン
PROGRESS、HOPE、CHANGE、VOTE
流通枚数
初版700枚(うち350枚を販売、350枚を街頭に掲出)/キャンペーン期間中のHOPEポスターは約35万枚
主な収蔵先
スミソニアン国立肖像画美術館 (ワシントンD.C.、2009年1月収蔵発表)/シカゴ美術館 ほか
関連訴訟
Fairey v. Associated Press(2009年2月提訴、2011年1月和解)/刑事は2012年2月に法廷侮辱で有罪答弁、同年9月に保護観察2年・社会奉仕300時間・罰金25,000ドル

Q&A

HOPEポスターは最初から公式の選挙ポスターだったのですか?
いいえ。フェアリーが個人で企画し、友人の広報担当ヨシ・サージャントを通じて陣営に打診したものです。許可が下りたのは2008年1月22日で、制作費もフェアリー自身が負担しました。最初に刷った700枚のうち350枚を1枚45ドルで販売し、その売上を増刷に回すという自転車操業から始まっています。陣営公認の扱いになったのは、街頭とネットでの反応が広がったあとのことでした。
なぜ「PROGRESS」から「HOPE」に変わったのですか?
最初に街に貼られたバージョンの文字は「PROGRESS」でした。この語が持つ含みを陣営が懸念し、サージャントを通じて「hope」の線で進めたいという意向が伝えられたためです。のちに「CHANGE」「VOTE」のバージョンも作られています。初期版にはフェアリーのOBEYスターが入っていましたが、後のバージョンでは外されました。
元になった写真の撮影者はどう感じていたのですか?
AP通信のフリーランスだったマニー・ガルシアは、法律上の問題をいったん措けば、自分の写真がああして芸術に転じ、あれだけの効果を生んだことは誇らしいと語りました。ただし、ネット上にあるからといって勝手に持ち去る行為を認めるわけではない、とも述べています。なおガルシア自身は、著作権は雇用主のAPではなく自分にあると主張して訴訟に加わりました。
フェアリーはなぜ証拠を改竄したのですか?
使った写真を取り違えていたことに途中で気づいたものの、間違いを認めるのが恥ずかしく怖かった、と本人が説明しています。文書を破棄し、偽の資料を作り、日付を遡らせた文書管理規程の作成を従業員に持ちかけるなどして隠そうとしました。2012年2月に法廷侮辱の罪で有罪を認め、同年9月に保護観察2年、社会奉仕300時間、罰金25,000ドルを科されています。
HOPEポスターはいま、どこで見られますか?
フェアリーが手彩色で仕上げたミクストメディア版が、ワシントンD.C.のスミソニアン国立肖像画美術館に収蔵されています。シカゴ美術館も別のエディションを所蔵しています。いずれも常設展示ではないため、訪ねる前に各館の公開情報を確認してください。

参考文献

Barack Obama “Hope” Poster | The Art Institute of Chicago
https://www.artic.edu/artworks/229396/barack-obama-hope-poster
Now on View: Portrait of Barack Obama by Shepard Fairey | National Portrait Gallery, Smithsonian
https://npg.si.edu/blog/now-on-view-portrait-barack-obama-shepard-fairey
Barack Obama “Hope” poster | Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Barack_Obama_%22Hope%22_poster
Tobias Frere-Jones. Gotham. 2000 | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/139301
Artist Shepard Fairey Pleads Guilty In Manhattan Federal Court To Contempt Charge | U.S. Department of Justice
https://www.justice.gov/archive/usao/nys/pressreleases/February12/faireyshepardplea.html
What does “Hope” poster artist Shepard Fairey think of Obama now? | CBS News
https://www.cbsnews.com/news/what-does-hope-poster-artist-shepard-fairey-think-of-obama-now/
How Shepard Fairey’s HOPE Poster Helped Elect Donald Trump | Design Observer
https://designobserver.com/how-shepard-faireys-hope-poster-helped-elect-donald-trump/
How Donald Trump’s campaign is using AI-generated memes | NPR
https://www.npr.org/2024/08/30/nx-s1-5087913/donald-trump-artificial-intelligence-memes-deepfakes-taylor-swift

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