『エヴァンゲリオン』の明朝体|なぜ「使徒、襲来」に終末を感じるのか

『エヴァンゲリオン』の明朝体|なぜ「使徒、襲来」に終末を感じるのか

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1995年10月4日、水曜日。テレビ東京の夕方枠で、ある新作アニメが始まった。本編に切り替わると、画面が黒く沈み、白く太い明朝体の四文字が大胆に置かれる――「使徒、襲来」。文字ごとにサイズが微妙に変えてあり、読点の位置にも妙な間がある。

それまでのアニメで見慣れたタイトル文字とは、明らかに違っていた。丸ゴシック体や、デザイナーが手描きしたロボット調のロゴ文字ではない。書店の文芸書の見出しや、新聞の縦組みで見るような、活字然とした極太の明朝体が、夕方のロボットアニメに突き刺さっている。

『新世紀エヴァンゲリオン』全26話、関東地区での平均視聴率は7.1パーセントにとどまった。けれども、ビデオ録画と深夜再放送をきっかけに評判は伝播し、放送終了後にむしろ加速していく。多くの視聴者の記憶に最初に焼きついたのは、ロボットでも少年でもなく、あの黒い画面の上の四文字だったのかもしれない。

けれど、この四文字を「エヴァらしさ」と呼ぶだけでは、話の半分を取りこぼす。書店の文芸書と、辞書と、墓碑銘に居場所を持っていた極太の明朝体が、なぜ夕方のロボットアニメに現れ、そこに定着したのか。その系譜は、1976年に公開された一本の日本映画までさかのぼれる。そして四文字は20年後、作品名を冠したフォントパッケージになり、実写映画のテロップ文法にもなり、結婚式ムービーのテンプレートにまで派生していく。一つの書体が、いかにして映像の文法そのものになったのか。その道筋を辿ってみたい。

アニメ業界に明朝体は珍しかった

90年代前半までのテレビアニメで、本格的な極太明朝体をサブタイトルや劇中文字に使った例はほとんどない。理由は単純で、現場の作り方がそうなっていなかった。

分業の形がそうさせていた。画面に映る看板や貼り紙の文字は背景会社の担当で、絵の一部として描かれる。オープニングやエンディングのクレジットは、また別の編集会社の仕事だった。書体を選び、字間を詰め、組版として文字を設計する――その工程が、そもそもアニメの制作ラインに存在しなかった。

文字を担っていたのは活字書体ではなく、テレビ業界に長らく君臨していた写植のゴシック体だった。写研の丸ゴシック体「ナール」、同じ系列の角ゴシック体「ゴナ」。ブラウン管の粗い解像度でも線がつぶれない。駅の案内表示から料理番組のテロップまで、戦後日本の「公的な顔」はこの系統が担っていた。

そこへ、文芸書や墓碑銘や辞書で見るような極太明朝体が、誰も予期していなかった場所から差し込まれる。

マティス-EBという書体の素性

エヴァンゲリオンのサブタイトルに使われた書体は、フォントワークスの「マティス-EB」。1994年にリリースされた極太のウェイトである(EBはExtra Boldの略)。

この書体は、一人の手で作られたものではない。漢字を設計したのは香港のデザイナー、フランシス・チャウ。欧文・数字・句読点類も、同じく香港の陳貴明が担った。仮名だけが、角ゴシック体「ロダン」も手がけた社外デザイナー佐藤俊泰の仕事である。日本語のもっとも日本的な情緒を運ぶことになる書体の骨格は、香港で引かれていた。

マティスの持ち味は、墨を含ませた筆で押さえたような重さと、画線の末端に残る「筆押さえ」と呼ばれる小さな張り出しにある。デジタル書体でありながら、手で書いた痕跡を設計に残している。極太のウェイトと、明朝体特有の縦横の太細の対比。この二つが同居すると、文字はただ大きいのではなく、重くなる。

1992年にM・DB・Bの三ウェイトが、1994年にEBとUB(Ultra Bold)が、1997年にLが順次リリースされた。エヴァンゲリオンが採用したのは、EBが世に出てまだ1年あまりの新しい書体である。フォントワークス側も、アニメの劇中で使われるとは想定していなかった。同社が採用の事実を知ったのは、放送が始まった後だった。

庵野秀明はカタログから選んだ

なぜ庵野秀明はマティス-EBを選んだのか。フォントワークスが2017年に公開した連載コラム「もじがたり」に、当時の経緯が記されている。

それによれば、ガイナックスはもともと、自社のゲームソフトのパッケージやマニュアルを内製するためにMacによるDTP環境を導入していた。アニメ制作に使う想定ではなかったという。庵野はその環境を、アニメの劇中文字に転用することを思いつく。

社内のプリンタにインストールされていた書体では満足できず、監督自身がフォントメーカーのカタログをめくりながら極太明朝体を比較した。複数のメーカーが出していた候補の中からマティス-EBを選んだ理由を、フォントワークスは「見た目のインパクトと表情の豊かさ」と説明している。同社はさらに、当時のマティスの特長だった「筆押さえ」を庵野が気に入ったのではないか、とも推測している。

背景には、技術環境そのものの変化もあった。1993年に大日本スクリーン製造がヒラギノ明朝体を発売し、Mac上の日本語DTPがプロ用の道具として整いはじめていた頃にあたる。書体1本が数万円から10万円した時代で、選択肢自体が限られていた。庵野は、写植から計算機へと組版技術が乗り換わる、ちょうど狭間の時期に明朝体を選んだことになる。

選択は感覚に基づくものだったが、結果として庵野は、アニメ制作の慣習から離れた場所で印刷・出版のフォーマットをアニメに持ち込んだ、最初期の監督の一人になった。

市川崑が遺した遺伝子

ここに、もう一人の名前を置く必要がある。映画監督の市川崑だ。

1976年公開の『犬神家の一族』。角川映画の第一弾として大ヒットしたこの作品で、市川崑は画面に占める比率が異様に大きい極太明朝体の白文字を、縦書き・横書き・L字型と自在に配置するスタイルを確立した。書名と監督名と俳優名が、画面の中央ではなく、画面の縁にぶら下がるように配置されている。当時の映画タイトルの常識からすると、挑発的な選択だった。

このスタイルは『悪魔の手毬唄』『獄門島』など、市川崑が手がけた金田一耕助シリーズで反復され、のちに「市川崑明朝体」と呼ばれるようになる。グラフィックデザイナーの小谷充は2010年、水曜社から『市川崑のタイポグラフィ ―「犬神家の一族」の明朝体研究』を刊行した。あの明朝体が金属活字由来の書体であり、しかも異なる書体を混ぜて組まれていたことを、同書は突き止めている。同書の帯には「エヴァも、任三郎も、はじまりは犬神家だった」とある。市川崑のスタイルは、エヴァに先立つ1994年放送開始の『警部補・古畑任三郎』のタイトルデザインにも、十数年越しに引き継がれていた。

庵野の市川崑への傾倒は、エヴァより前から始まっていた。小谷によれば、監督デビュー作『トップをねらえ!』の予告映像に、その痕跡がある。庵野はすでに「市川崑明朝体」の正体を写研の石井特太明朝体と見定め、それを使ってオマージュを組んでいた。混植の仕組みまでは解かれていなかったが、書体そのものは特定していた。

エヴァンゲリオンのサブタイトルが見せる字の大きさのばらつき、読点の不規則な置き方、画面の縁に文字を寄せる構図は、犬神家のそれと地続きにある。小谷自身が2020年、島根大学教育学部の紀要に続編論文を発表している。組版の再現実験をもとに、エヴァのスタイルが第拾六話あたりで独自の定型に落ち着くまでの変化を追ったものだ。

明朝体は、なぜ「重さ」を運ぶのか

ゴシック体と明朝体は、文字としての役割そのものが違う。

ゴシック体は線の太さがほぼ均一で、装飾が少ない。遠くから見ても読める。見出し向き、看板向きで、視認性が高い。70年代以降のテレビは、写研の「ナール」や「ゴナ」を代表とするゴシック体に支配されてきた。子どもが見るアニメや、駅の案内、料理番組のテロップ。視認性は親しみやすさとほとんど同義語で扱われていた。

明朝体は違う。横線が細く、縦線が太く、画線の終わりに「うろこ」と呼ばれる小さな三角が残る。可読性が高く、長文の本文に向く。新聞、小説、辞書、墓石、法廷。日本語社会で明朝体が現れる場所には、私的な感情ではなく、共同体の重さが伴う。文字そのものが、語っている内容に「これは記録されるべき事柄だ」という余分な意味を加える。

『新世紀エヴァンゲリオン』のサブタイトルは、その効果を14歳の少年が乗るロボットアニメに重ねた。「使徒、襲来」「見知らぬ、天井」「マグマダイバー」――短い句が、辞典の見出しのような格式で提示される。漢字とひらがなとカタカナの比率は話ごとに変わり、書体の力で「同じ重さ」に揃えられている。物語の音色そのものが、ゴシック体だった頃のアニメから一段下げられている。終末感の正体は、画面の中身ではなく、画面の上に置かれた書体だった。

エヴァ以降の景色――明朝体が「使える」ようになった

書体の選択が業界に一度証明されると、後続が続いた。

異変に最初に気づいたのは、売り手のほうだった。フォントワークスは当時、博多に本社を置いていた。放送が始まってしばらくすると、マティスの注文が突然伸びはじめる。それも、EBだけが通常の3〜4倍。理由がわからずにいた同社に、東京の知人が告げた――エヴァンゲリオンではないか、と。作中に書体のクレジットはない。視聴者が画面の文字から書体を割り出し、カタログを調べて注文していた。

波及は購買だけで終わらなかった。放送業界やアニメ制作会社がDTP用のデジタルフォントを導入しはじめる。やがてアニメの現場から、フォントワークスに具体的な注文が入るようになった。マティスの英数字は、漢字やかなより天地がわずかに小さく設計されている。これを同じ高さに揃えてほしい――その要望に応える形で作られたものが、放送業界専用フォントの原型になった。テロップを組む現場の都合が、書体の設計そのものを動かしたことになる。

明朝体テロップの効果は、庵野自身の後の仕事にも引き継がれた。2016年の『シン・ゴジラ』では、「巨大不明生物の学術的正体等に関する緊急有識者会議」「陸上自衛隊 10式戦車」といった長い説明テキストが、過剰なまでに明朝体の白文字で画面を埋め尽くす。ニュース映像や政府文書のフォーマットを借りた演出だが、エヴァのサブタイトルの遺伝子はそこにも流れている。

アニメ『化物語』(2009年放送開始)を皮切りとする『物語シリーズ』、近年の実写映画やテレビCMにも、明朝体の白抜きテロップは引き継がれた。エヴァ以降のアニメで「重さ」を出したい監督は、ほぼ反射的に極太明朝体に手が伸びるようになる。

派生は二次創作の領域にも及ぶ。動画編集アプリには「エヴァ風タイトル」のテンプレートがあり、結婚式のオープニング映像から決算説明会のスライドまで、長体をかけた明朝体の白文字が黒地に並ぶ。元の文脈を知らない世代にとっても、これは「真剣な場面」「物々しい告知」の記号として機能している。書体が運ぶ感情のラベルが、業界の壁を越えて流通している。

引用されつづける書体

書体は通常、それ自体が記憶されるものではない。読み終われば消えていく道具にすぎない。

ところがマティス-EBは違う展開をたどった。エヴァンゲリオンの作品名と書体名が、ファンの記憶のなかで分かちがたく結びつき、フォントワークスは2016年と2020年に「エヴァンゲリオン公式フォント マティスEB」をパッケージ販売した。TVシリーズで使われた「クラシック」と新劇場版で使われた「スタンダード」を収録し、税別4,600円という個人購入可能な価格で流通した。商業フォントが特定の作品名を冠して限定販売されるのは、業界でも珍しい現象である。

書体を選ぶ仕事は、本来は脇役の判断だ。書かれた言葉は読者に届くが、その言葉を組んでいる書体の選択そのものは、ふつう作品の表に出てこない。だが、ある時、ある書体が、ある場所に持ち込まれた瞬間、その判断が後続のクリエイターの共通言語になっていく。

1976年、市川崑がL字型に置いた白い明朝体。それが1995年に庵野秀明の手でアニメの表現として更新され、2016年には『シン・ゴジラ』のテロップに姿を変えた。いまは動画編集アプリのテンプレートにまで届いている。一つの書体が、文字の枠を超えて映像の文法そのものになった、稀な例である。

Q&A

「マティス-クラシック」と「マティス-スタンダード」は何が違うのですか?
2020年に発売された「エヴァンゲリオン公式フォント マティスEB」には2種類が収録されていて、TVシリーズ(1995-96年)で使われた旧バージョンが「クラシック」、新劇場版に合わせて調整された新バージョンが「スタンダード」です。OCFフォント時代のJIS字形と、CIDフォント以降のAdobe-Japan字形の違いが反映されていて、例えば第壱話のサブタイトル「使徒、襲来」の「使」の字形が両者で異なっています。
エヴァ以前に極太明朝体を使ったアニメ作品はありますか?
明朝体を本格的にサブタイトルや劇中文字に使った例はほとんど確認されていません。当時のアニメ制作は、劇中文字を背景会社が手描き、クレジットを編集会社が組むのが慣習で、デジタル書体で明朝体を持ち込むこと自体が新しい行為でした。庵野秀明監督がガイナックスの社内DTP環境を流用したことが、この慣習を変える起点になっています。
市川崑『犬神家の一族』のタイトルは誰がデザインしたものですか?
2010年に水曜社から刊行された小谷充『市川崑のタイポグラフィ』が、映像225コマを資料に実態を分析しています。同書によれば、使われていたのは金属活字由来の明朝体で、しかも異なる書体を混ぜて組まれていました。市川崑自身がどこまで関与したかも同書の検証対象になっています。なお庵野秀明が『トップをねらえ!』で採用したのは写研の石井特太明朝体でした。
庵野秀明監督はマティス-EBをどうやって選んだのですか?
ガイナックスが自社で導入していたMacのDTP環境で使えるフォントカタログを、庵野監督自身がめくり、複数メーカーの極太明朝体を比較して選んだとフォントワークスが証言しています。同社によれば選定理由は「見た目のインパクトと表情の豊かさ」で、画線の末端に残る「筆押さえ」の意匠を気に入ったのではないか、とも同社は推測しています。
マティス-EBは現在も購入できますか?
パッケージ版は2016年11月に税抜4,600円で発売され、2020年7月に販売を終了しました。ただし2022年1月から「mojimo-EVA」という定額制サービスが始まり、TVシリーズ版と新劇場版版の2書体を年額999円で使えます。マティスファミリー全体は、フォントワークスの年間定額制「LETS」でも提供されています。

参考文献

Chapter2:マティス-EB エヴァンゲリオンで行われた文字表現 | Monotype(フォントワークス)
https://fontworks.co.jp/column/394/
『新世紀エヴァンゲリオン』の明朝体表現 ―映像におけるタイポグラフィの構造分析IV― | CiNii Research(小谷充・2020年・島根大学教育学部紀要)
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390009224766565504
同論文・島根大学学術情報リポジトリSWAN版
https://ir.lib.shimane-u.ac.jp/ja/48855
市川崑のタイポグラフィ : 「犬神家の一族」の明朝体研究 | NDLサーチ
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010926412
【エヴァ明朝、襲来】『エヴァンゲリオン公式フォント マティスEB』が新劇場版パッケージで登場 | ファミ通.com
https://www.famitsu.com/news/202004/14196660.html
新世紀エヴァンゲリオン – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/新世紀エヴァンゲリオン
犬神家の一族 (1976年の映画) – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/犬神家の一族_(1976年の映画)
マティス (書体) – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/マティス_(書体)
Interview #01 エヴァンゲリオンが証明した、フォントのチカラ | route 2015 all around the EVANGELION
http://route2015.evastore.jp/interview01/2/
小谷充『市川崑のタイポグラフィ』と「エヴァ明朝」 | 日本語練習虫
https://uakira.hateblo.jp/entry/20100726
初代ゴジラの“呪縛”から逃れた『シン・ゴジラ』 モルモット吉田が評する実写監督としての庵野秀明 | リアルサウンド
https://realsound.jp/movie/2016/08/post-2491_4.html

基本データ

作品名
新世紀エヴァンゲリオン(Neon Genesis EVANGELION)
監督・原作
庵野秀明
制作
GAINAX(ガイナックス)
放送期間
1995年10月4日〜1996年3月27日
放送局
テレビ東京系列(TXN)全国ネット
話数
全26話
平均視聴率
7.1パーセント(関東地区/ビデオリサーチ調べ)
使用フォント
マティス-EB(Matisse EB) / フォントワークス
フォントリリース年
1994年(EBウェイト) / マティスファミリーは1992年から順次リリース
フォントデザイナー
漢字: フランシス・チャウ / 欧文・数字・句読点: 陳貴明(ともに香港) / 仮名: 佐藤俊泰
主な影響源
市川崑『犬神家の一族』(1976年・角川映画第一弾)
関連書籍
小谷充『市川崑のタイポグラフィ ―「犬神家の一族」の明朝体研究』(水曜社・2010年)

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