ポップアート(Pop Art)は、1950年代半ばのイギリスで生まれ、60年代のアメリカで最盛期を迎えた、広告や漫画、量産品といった大衆文化の図像を主題と素材に取り込んだ美術の運動である。ポップ・アートとも表記される。
出発点は、ロンドンの現代美術研究所(ICA)に集まった若い芸術家や建築家、批評家の勉強会、インディペンデント・グループだった。リチャード・ハミルトンやエドゥアルド・パオロッツィらは、映画やSF、広告、流行歌を知識人のように見下さず、真剣な議論の対象にした。1956年にホワイトチャペル・ギャラリーで開かれた「This Is Tomorrow(これが明日だ)」展では、ハミルトンがカタログとポスターのために雑誌の切り抜きで小さなコラージュをつくり、これがのちに運動の原点のひとつとみなされた。「ポップ」という呼び名は批評家ローレンス・アロウェイが広めたとされるが、最初の使い手については別の証言もある。
アメリカでは60年代初めに、ニューヨークを中心として一気に表へ出る。ロイ・リキテンシュタインは漫画のコマを印刷の網点ごと拡大して描き、アンディ・ウォーホルは1962年、ロサンゼルスのフェラス・ギャラリーで《キャンベル・スープ缶》の32点を並べた。クレス・オルデンバーグは日用品を布や石膏で作り直し、店先の商品のように陳列した。
共通するのは、作家の手の痕跡や内面を前に出さないことだ。直前の抽象表現主義が画面に身振りと感情を叩きつけたのに対し、ポップアートは誰もが見知った図像を、印刷物や商品の見え方のまま持ち込んだ。シルクスクリーン、同じ図柄の反復、平らな色面は、そのための技法である。星条旗や日用品を画面に取り込んだジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグは、その一歩手前にいた世代として、ネオ・ダダと呼ばれることが多い。
美術と商業デザインの境目を揺さぶったこの運動は、やがてレコードジャケットや広告、ファッションへ逆流し、既存の図像を借りるアプロプリエーションの美術にも道を開いた。
網点を絵筆でなぞった手つきはリキテンシュタインの『ドット』で、ハミルトンがビートルズのアルバムを真っ白にした仕事はホワイト・アルバムの「充実した白」で取り上げた。ポップアート直前の世代についてはジャスパー・ジョーンズの星条旗と数字に詳しい。