1903年、カンザスの刑務所で起きた奇妙な「一致」
1903年5月、アメリカ・カンザス州のレヴェンワース連邦刑務所に、ひとりの黒人男性が収監されてきました。名前はウィル・ウェスト。記録係のM.W.マクローリーは、彼の顔に見覚えがありました。「前にもここに来たことがあるだろう?」。ウェストは否定します。「いいえ、初めてです」。マクローリーは確信を持って、当時の最先端技術――アルフォンス・ベルティヨンが考案した「人体測定法(ベルティヨナージュ)」に基づく身体計測を実施しました。頭の長さ、幅、中指の長さ、左足の長さ……。結果をファイルと照合すると、驚くべきことが判明します。同じ名前、ほぼ同一の計測値、そしてそっくりな顔写真を持つ「ウィリアム・ウェスト」が、すでにこの刑務所で終身刑に服していたのです。
ふたりのウェストは血縁関係がないとされていました(のちに双子だった可能性を示す記録も発見されています)。しかし彼らを見分けられたのは、計測値でも写真でもなく、唯一「指紋」だけでした。この事件は「ベルティヨンの体系では人間を識別しきれない」ことを示す象徴的なエピソードとして語り継がれ、指紋認証の普及を後押ししました。しかし、ここで注目したいのはもっと別のことです。ベルティヨンが作り上げた「顔を標準化し、グリッド状に並べて分類する」というシステムが持つ、底知れない力についてです。

「ならず者ギャラリー」の混沌と、秩序への渇望
19世紀後半のパリ。写真技術が普及し始めた当初、警察は犯罪者の顔写真を撮って保管していました。ところが、その管理はまったく体系化されておらず、「ならず者ギャラリー(rogues’ gallery)」と呼ばれる写真の山は、まるでシジフォスの岩のように、探せば探すほど途方に暮れるものでした。ライティングも撮影距離もポーズもバラバラ。同一人物かどうかの照合には、写真をめくっては首をかしげるという、勘と根気だけが頼りの作業が待っていたのです。
1879年、パリ警視庁にひとりの事務員が着任します。アルフォンス・ベルティヨン、26歳。統計学者の父と人口学者の祖父を持つ科学者一家の出身でしたが、本人はといえば学校を退学し、軍隊を除隊し、あらゆる職を転々としたあげく、父のコネでようやく警察の下級事務員になった男でした。しかしベルティヨンには、ある種の偏執的なまでの「秩序への愛」がありました。カードの山を前にした彼は、この混乱に我慢がならなかった。
ベルティヨンの発想はシンプルでした。人間の身体には、成人後ほとんど変化しない骨格的特徴がある。それを計測し、数値に変換すれば、写真よりはるかに正確な「個人識別」が可能になる。頭蓋の長さと幅、中指の長さ、左足の長さ、前腕の長さ――5つの基本測定に加え、耳の形状、鼻の傾斜、虹彩の色、そして傷跡やタトゥーまで記録する。すべてを一枚のカードにまとめ、体系的にファイリングすれば、名前を偽っても、変装しても、「身体が語る」のです。
写真を「標準化」するという革命
ベルティヨンの最も重要な遺産は、実は測定法そのものよりも「写真の標準化」にあるかもしれません。1888年、彼はパリ警視庁の写真スタジオを自分の管轄下に置き、撮影条件を徹底的に統一しました。照明、露出時間、被写体との距離、ポーズ、縮尺――すべてを規格化し、ひとりの人間を正面と横顔の2枚で捉える。これが今日まで世界中で使われている「マグショット」の原型です。
さらに注目すべきは、1909年頃に制作された「人相学的特徴の総覧表(Tableau synoptic des traits physionomiques)」です。メトロポリタン美術館に収蔵されているこの作品は、耳、鼻、眉、口など顔のパーツを分類し、グリッド状に配列した図表です。本来は現場の事務員が犯罪者の顔を分類するための「カンニングペーパー」に過ぎません。しかし、この図表を眺めたとき、私たちは奇妙な感覚を覚えます。個性のかたまりであるはずの人間の顔が、交換可能な「情報のユニット」に分解されている。メトロポリタン美術館のコメントによれば、この画像は「監視がいかに恐ろしい形をとりうるかを映し出す」ものなのです。
ここに、「グリッドに並べる」行為の暴力性が潜んでいます。ベルティヨンの意図は純粋に実務的でした。しかし結果として生まれたのは、「人間を規格化し、分類し、配列する」という視覚的な権力装置でした。顔が並べば並ぶほど、一人ひとりの物語は消えていく。残るのは「鼻の傾斜が中程度」「耳が外側に張り出している」という記号だけです。
80年後、同じグリッドで「意味」を殺した男
1962年8月5日、女優マリリン・モンローがバルビツール酸系薬物の過量摂取で亡くなります。36歳でした。その数週間後、ニューヨークのアトリエで、銀色のキャンバスに向かうひとりの男がいました。アンディ・ウォーホル。彼が手にしていたのは、1953年の映画『ナイアガラ』の宣伝用スチール写真。それを50回、シルクスクリーンで刷る。左半分は鮮やかな色彩で、右半分はモノクロで、しかも刷るたびにインクがかすれ、像がぼやけていく。これが『マリリン・ダイプティク(二連画)』です。
同じ年の7月、ウォーホルはロサンゼルスのフェラス・ギャラリーで初の個展を開いていました。展示されたのは、キャンベルスープ缶を描いた32枚の絵画。当時のアメリカで販売されていた全32種類のスープに対応する、一つずつ異なるフレーバーの缶。それらが細い棚の上に一列に並べられ、まるでスーパーマーケットの陳列棚のようでした。「缶は棚に置くものだろう? なら当然だ」とギャラリーのオーナー、アーヴィング・ブラムは語っています。のちにMoMAが収蔵した際、これらは4段8列のグリッドに配置されるようになり、「壁紙のように一目で全体を捉えられる」展示となりました。
近所のギャラリーが本物のキャンベルスープ缶をショーウィンドウに積み上げ、「本物を2缶33セントで」という看板を出したのは有名な逸話です。当時の批評家の反応は冷ややかでした。「この若い”芸術家”は頭が弱いか、したたかなペテン師のどちらかだ」と書いた評論家もいました。

反復が「意味」を剥ぎ取る瞬間
ベルティヨンとウォーホル。犯罪者の顔を並べた19世紀の警察官僚と、セレブリティの顔を並べた20世紀のポップアーティスト。ふたりの間には80年の隔たりがありますが、「グリッドに並べる」という行為が持つ力において、彼らは奇妙に共鳴しています。ただしその力のベクトルは、正反対でした。
ベルティヨンにとって、グリッドは「意味を生む」装置でした。混沌とした写真の山に秩序を与え、一枚一枚のカードに「この人物は何者か」という情報を付与する。顔を並べることで、差異が浮かび上がり、個人が特定される。グリッドは真実を照らすサーチライトだったのです。
ウォーホルにとっては逆でした。同じ顔を50回刷ることで、マリリン・モンローという個人は消え、残るのは「イメージ」だけになる。「同じものをじっと見続ければ見続けるほど、意味はどんどん消えていって、気分はどんどん空っぽになっていく」というウォーホルの有名な言葉は、まさにこの原理を言い当てています。シルクスクリーンの版ずれ、インクのかすれ、色の揺らぎ。それらは「手仕事の温かみ」ではなく、工業的な反復が生み出す「ノイズ」として機能し、人間を大量消費されるイメージの一つへと還元します。
美術評論家のカミーユ・パリアは、『マリリン・ダイプティク』が持つ「意味の多層性」を高く評価しました。鮮やかな左パネルは華やかなハリウッドスターとしてのモンローを、褪色していく右パネルは彼女の衰退と死を暗示する。このグリッドは、写真家のコンタクトシートやフィルムストリップを連想させ、モンローを「崇拝し、消費し、最終的に使い捨てにされる商品」に変えていると指摘されています。
グリッド――モダニズムを貫く「沈黙の構造」
ベルティヨンとウォーホルの間に横たわるのは、単なる偶然の一致ではありません。美術批評家ロザリンド・クラウスは、1979年の論文「グリッド(Grids)」のなかで、グリッドという形式が20世紀の視覚芸術において果たした役割を鮮やかに論じています。クラウスによれば、グリッドは「モダンアートの沈黙への意志、文学やナラティブ、言説への敵意」を宣言するものでした。
キュビスム以降、モンドリアンやマレーヴィチからジャスパー・ジョーンズ、アグネス・マーティンに至るまで、グリッドはモダニズムの「紋章」であり続けました。しかしクラウスが指摘した最も興味深い点は、グリッドの両義性です。表面上は合理性や唯物論を体現しているように見えるのに、実際には「信仰(ビリーフ)への解放」をも提供する。モンドリアンが格子の向こうに「普遍」を見ようとし、マレーヴィチが「精神」を見ようとしたように、グリッドには唯物論と神秘主義という矛盾した力が共存しているのです。
ベルティヨンのグリッドは「科学」を装いながら監視という権力を行使しました。ウォーホルのグリッドは「空虚」を装いながらセレブリティという信仰を暴きました。どちらも、並べるという行為を通じて、見る者の認知を根底から揺さぶるものだったのです。
ベルティヨンの「偏執」とウォーホルの「退屈」
ふたりの人間像は、じつに対照的です。ベルティヨンは同僚からも囚人からも嘲笑されながら、独りで計測を続けた孤独な男でした。パリのラ・サンテ刑務所で囚人を測定する姿は、囚人からも看守からも笑い者にされていたといいます。彼が秩序に執着したのは、学問的野心というよりも、混沌に対する生理的な嫌悪だったのかもしれません。1890年代半ばには国際的な名声を得ましたが、ドレフュス事件(1894年)での筆跡鑑定の失敗が彼の晩年に暗い影を落としました。数学者のポアンカレらによって「科学的価値がない」と断じられた彼の鑑定手法は、無実のドレフュスを有罪に導く一因となってしまったのです。
一方のウォーホルは、ピッツバーグのチェコ系移民家庭に生まれた内気で病弱な少年でした。カーネギー工科大学で学んだのち、ニューヨークで広告イラストレーターとして成功。靴のイラストで評判を取り、ティファニーやディオールといった一流クライアントを抱えていました。しかし彼が本当に望んだのは「本物のアーティスト」として認められることでした。「私は機械になりたい」というウォーホルの発言は、単なる皮肉ではありません。彼は意図的に「作者性」を消し、反復と平坦さの中に芸術を見出そうとしたのです。
ベルティヨンが秩序の中に「真実」を見ようとしたのに対し、ウォーホルは反復の中に「空虚」を見ようとした。しかし皮肉なことに、ベルティヨンの秩序は冤罪を生み、ウォーホルの空虚は巨大な市場価値を生んだのです。2022年、ウォーホルによるマリリンの別バージョン『Shot Sage Blue Marilyn(1964年)』は、クリスティーズで約1億9500万ドル(約250億円)で落札されています。
スクロールの果てに――Instagram、EC、そして「並べる」ことの現在地
2025年の今日、私たちは毎日、ベルティヨンとウォーホルの子孫たちに囲まれて暮らしています。Instagramのフィードを開いてみてください。3列のグリッドに整然と並んだ正方形の写真。そこでは個人の生活がキュレーションされ、色調が統一され、ひとつのブランドイメージとして提示されます。ECサイトの商品一覧はどうでしょう。同じサイズのサムネイル、同じフォーマットの価格表示。異なる商品が均質なグリッドに収められることで、比較と選択が可能になる。これはベルティヨンが「ならず者ギャラリー」の混沌を前にして夢見たことと、本質的に同じ発想です。
しかし同時に、ウォーホル的な「意味の剥奪」もまた進行しています。何百枚もの商品画像をスクロールし続けるとき、私たちの中で何が起こっているでしょうか。一つひとつの商品の固有性は薄れ、「選択肢の海」の中に溶けていく。Netflixのサムネイル、Spotifyのプレイリストカバー、Pinterestのピンボード――すべてがグリッドの論理で動いており、並べることで「見やすくなる」と同時に「見えなくなるもの」がある。
顔認識AIは、ベルティヨンの夢の究極的な完成形といえるかもしれません。何百万もの顔を特徴量に分解し、データベースに格納し、瞬時に照合する。ベルティヨンが巻き尺とノギスで1時間かけていた作業を、アルゴリズムはミリ秒で行います。しかしその技術が誤認逮捕やプロファイリングの差別といった問題を引き起こしていることもまた、ベルティヨンのドレフュス事件をどこか彷彿とさせるのです。

「並べる」ことは、支配か、解放か
結局のところ、「集めて並べる」という行為は、情報の整理なのか、それとも意味の破壊なのか。その答えは、おそらく「両方」です。グリッドは中立的なフォーマットではありません。それは見る者と見られる者の関係を規定し、何が比較可能で何が比較不可能かを暗黙のうちに決定する権力の構造です。ベルティヨンの時代には犯罪者を管理する国家の視線がそこにあり、ウォーホルの時代にはセレブリティを消費する大衆の視線がありました。そして現在のデジタル空間では、アルゴリズムが決定する「おすすめ」という名の視線が、私たちの注意を支配しています。
しかし同時に、グリッドには「民主化」の力もあります。ウォーホルが大量消費社会を批判するのと同時にその美を肯定したように、Instagramのグリッドは誰もが自分の視覚的アイデンティティを構築できるプラットフォームとして機能してもいます。並べることの暴力と、並べることの可能性。その緊張関係の中にこそ、ベルティヨンからウォーホル、そして現在のUI/UXデザインに至る「グリッドの思想史」の核心があるのです。
次にスマートフォンの画面をスクロールするとき、ほんの一瞬でいいので考えてみてください。この整然としたグリッドの裏側で、何が「見えるように」なり、何が「見えなく」なっているのか。139年前のパリで犯罪者の耳の形を分類していた男と、60年前のニューヨークでモンローの顔を50回刷っていた男が、あなたの指先のすぐ向こう側に立っています。
Q&A
- Q. ベルティヨンの人体測定法は現在もどこかで使われているのですか?
- A. 人体測定法そのものは20世紀初頭に指紋認証に取って代わられましたが、彼が確立した標準化されたマグショット(正面と横顔の2枚撮影)は、世界中の司法機関で今も使われ続けています。また、犯罪者の身体的特徴(身長・体重・傷跡・タトゥーなど)を記録するという基本的な考え方も、ベルティヨンのシステムを起源としています。
- Q. ウォーホルの『マリリン・ダイプティク』はなぜ「二連画(ダイプティク)」と呼ばれるのですか?
- A. ダイプティクとは、もともとキリスト教美術における二枚一組の祭壇画のことです。片側に聖母マリア、もう片側に磔刑のキリストを描く伝統的な形式で、ウォーホルはセレブリティ崇拝を宗教的偶像崇拝になぞらえてこの形式を採用したとされています。なお、実際にはこの作品をダイプティクとして構成したのはウォーホル本人ではなく、コレクターのエミリー・ホール・トレメインが2枚のキャンバスを組み合わせることを提案したという経緯があります。
- Q. ロザリンド・クラウスの「グリッド」論とは何ですか?
- A. アメリカの美術批評家ロザリンド・クラウスが1979年に学術誌『October』に発表した論文です。グリッドという形式が、キュビスム以降の20世紀美術で「モダニズムの紋章」として機能してきたことを論じました。特に、グリッドが合理性・唯物論と、神秘主義・超越性という矛盾した力を同時に内包しているという指摘は、美術理論における重要な議論を呼びました。
- Q. ベルティヨンはドレフュス事件でどのような役割を果たしましたか?
- A. ベルティヨンは1894年のドレフュス事件で検察側の筆跡鑑定人として証言し、ドレフュスが問題の文書を書いたと主張しました。しかし彼は筆跡鑑定の専門家ではなく、1904年に数学者のアンリ・ポアンカレらがベルティヨンの鑑定に「科学的価値がない」と結論づけました。ドレフュスは最終的に1906年に無罪となっています。
- Q. ウォーホルのキャンベルスープ缶の絵は、最初からグリッド状に展示されていたのですか?
- A. いいえ。1962年のフェラス・ギャラリーでの初展示では、32枚の絵画は棚の上に一列に並べられ、スーパーマーケットの陳列棚を思わせる展示でした。MoMAが1996年に収蔵して以降、4段8列のグリッドで展示されることが多くなり、2015年には初展示を再現した一列展示も行われました。グリッドで見ると「壁紙のように一望できる」一方、一列に並べると「一枚ずつ手描きの違いに気づける」という、展示方法による鑑賞体験の違いが注目されています。
参考文献
- Alphonse Bertillon | Biography, System, & Facts | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Alphonse-Bertillon
- Visible Proofs: The Bertillon system – National Library of Medicine
- https://www.nlm.nih.gov/exhibition/visibleproofs/galleries/technologies/bertillon.html
- Alphonse Bertillon’s Synoptic Table of Physiognomic Traits – The Public Domain Review
- https://publicdomainreview.org/collection/alphonse-bertillon-s-synoptic-table-of-physiognomic-traits-ca-1909
- Alphonse Bertillon – Tableau synoptic des traits physionomiques – The Metropolitan Museum of Art
- https://www.metmuseum.org/art/collection/search/289245
- Marilyn Diptych – Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Marilyn_Diptych
- Serial & Singular: Andy Warhol’s Campbell’s Soup Cans – MoMA
- https://www.moma.org/explore/inside_out/2015/04/29/serial-singular-andy-warhols-campbells-soup-cans/
- Grids – Rosalind Krauss (October, Vol. 9, Summer 1979)
- https://www.jstor.org/stable/778321
基本データ
- アルフォンス・ベルティヨン(Alphonse Bertillon)
- 1853年4月22日 – 1914年2月13日/フランス・パリ生まれ/パリ警視庁犯罪捜査識別部門長
- 人体測定法(ベルティヨナージュ)
- 1882年にパリ警察で正式採用。頭蓋の長さ・幅、中指の長さ、左足の長さ、前腕の長さの5項目を基本とする身体計測による個人識別法
- マグショット(mugshot)
- 1888年にベルティヨンが規格化。正面と横顔の2枚を撮影する手法は現在も世界中で使用されている
- アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)
- 1928年8月6日 – 1987年2月22日/アメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれ/ポップアートの代表的アーティスト
- 『マリリン・ダイプティク(Marilyn Diptych)』
- 1962年制作/アクリル・シルクスクリーンインク・リネン/2054 × 1448 mm/テート・モダン(ロンドン)所蔵
- 『キャンベルスープ缶(Campbell’s Soup Cans)』
- 1962年制作/合成ポリマー絵具・カンバス32枚(各508 × 406 mm)/ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵
- ロザリンド・クラウス「グリッド」論文
- 1979年発表/学術誌『October』第9巻(pp. 50–64)/MIT Press刊行
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