用語解説

シュルレアリスム

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シュルレアリスム(Surrealism)は、1924年にパリで詩人アンドレ・ブルトンが宣言した、夢や無意識を理性の検閲から解き放とうとする芸術運動である。日本語では超現実主義と訳され、シュールレアリスムとも表記される。

言葉そのものは、1917年に詩人ギヨーム・アポリネールが、バレエ『パラード』の解説文や戯曲『ティレジアスの乳房』の副題で使ったのが始まりとされる。ブルトンはこの語を引き取り、1924年10月の『シュルレアリスム宣言』で、理性の管理を外して思考の動きをそのまま書き取ることを運動の定義の中心に据えた。下敷きにあったのは、医学を学んだブルトンが傾倒したフロイトの精神分析と、第一次世界大戦のあとダダが突きつけた理性への不信である。

方法の核は偶然と自動性にある。ブルトンとフィリップ・スーポーは1920年、頭に浮かぶ言葉を止めずに書き続ける自動筆記で『磁場』を著した。美術では1925年、マックス・エルンストが床板の木目を鉛筆でこすり取るフロッタージュを始める。一枚の紙を折り回して仲間と描き継ぐ「優美な屍骸」という遊びも、この輪の中から生まれた。

もう一つの流れは、ありえない光景を写実的に描く方向だった。サルバドール・ダリは溶ける時計を精密な筆致で描き、ルネ・マグリットはパイプの絵に「これはパイプではない」と書き込んで、絵と言葉の約束事を揺さぶった。ダリはルイス・ブニュエルと組んで映画『アンダルシアの犬』(1929年)も撮っている。

第二次世界大戦が始まると、ブルトンやエルンストらはニューヨークへ逃れた。彼らが持ち込んだ自動性の考え方はジャクソン・ポロックら若い画家たちに受け止められ、抽象表現主義の土台の一つになる。運動としての結束は戦後に弱まったが、夢のような違和感を指す日本語の「シュール」という言い回しに、その名残はいまも生きている。

自動筆記が戦後アメリカの偶然の芸術へどうつながったかは「偶然」はデザインできるかで、マグリットの言葉と絵の実験はマグリット「これはパイプではない」で追った。ブルトンが精神科病院の入院患者ヴェルフリの作品に何を見たかはアドルフ・ヴェルフリの白恐怖、ダリとブニュエルの剃刀の一場面は「眼」のデザイン小史に詳しい。