用語解説

アウトサイダー・アート

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アウトサイダー・アート(outsider art)は、美術教育や美術界の外側で、作り手が自分の内側から湧く衝動に従ってつくった作品を指す言葉である。フランス語のアール・ブリュット(生の芸術)とほぼ同じ意味で使われ、日本では障害のある人の表現を含めて語られることも多い。

関心の出発点は精神医学にあった。1921年、スイスの精神科医ヴァルター・モルゲンターラーが入院患者アドルフ・ヴェルフリの作品を論じた本を出し、翌1922年にはドイツの精神科医ハンス・プリンツホルンが、患者たちの造形を数多く収めた『Bildnerei der Geisteskranken』を刊行した。シュルレアリストたちはこの本を熱心に読み、理性の外にある表現の証拠として受け止めている。

戦後、画家ジャン・デュビュッフェは1945年にアール・ブリュットという語を作り、1948年にはアンドレ・ブルトンらと協会を設立して作品の収集を進めた。そのコレクションはのちにスイスのローザンヌ市に寄贈され、1976年にアール・ブリュット・コレクションとして公開される。英語のアウトサイダー・アートは、1972年に英国の美術史家ロジャー・カーディナルが、アール・ブリュットの英訳として著書の題に選んだのが始まりである。

対象は絵画にとどまらない。郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが33年かけて拾った石で築いた南仏の理想宮や、サバト・ロディアがロサンゼルスに建てた塔のように、建築規模の作品も含まれる。紙の隅々まで文様と文字で埋め尽くす画面、独自の文字や地図、反復への執着がよく指摘されるが、様式として共通しているわけではない。共通するのは、作り手が美術の制度や市場を意識していないという一点である。

この言葉には批判もある。誰を外側に置くかを決めるのはいつも内側の美術界であり、障害や病気を作品の価値と結びつけてしまう危うさがあるからだ。それでも1990年代以降は専門のアートフェアや美術館が生まれ、主流の美術館でも現代美術と並べて展示されるようになった。

ブルトンとデュビュッフェがヴェルフリに何を見たかはアドルフ・ヴェルフリの白恐怖で、シュヴァルやロディアのように設計図なしで建物を築いた人々の系譜はひとりで大聖堂を建てた男たちで取り上げた。