レディメイド(readymade)は、量産された既製品を選び出し、ほとんど手を加えずに美術作品として示す手法、またはその作品を指す。マルセル・デュシャンが自作を呼ぶために使い始めた言葉で、レディ・メイドとも表記される。
最初の例とされるのは、1913年にデュシャンがパリのアトリエでスツールに自転車の車輪を逆さに取り付けた作品である。翌年には、百貨店で買った瓶乾燥器を手を加えずに作品とした。1915年にニューヨークへ渡ると、雪かきシャベルに題を書き込むなどして、こうした物をレディメイドと呼ぶようになる。
最も知られるのが1917年の《泉》だ。デュシャンは男性用の小便器を横倒しにし、「R. Mutt 1917」と偽名で署名して、出品料を払えば誰でも出品できるはずの独立美術家協会の展覧会に送った。作品は展示されずに隠され、デュシャンらは自分たちの雑誌で、作家が物を選び、新しい題と視点を与えたことで新しい意味が生まれたと反論した。何が芸術かを決めるのは手の技術ではなく作家の選択だ、という主張である。選ぶ物は美しいかどうかではなく、見た目に無関心でいられるものでなければならない、とデュシャンは後年語っている。
1919年には、《モナ・リザ》の複製に口ひげを描き足した《L.H.O.O.Q.》のように、既製品に手を加えたレディメイドも作っている。初期の現物はほとんど失われ、現存する多くは1950〜60年代に本人の監修で作り直されたものだ。
この考え方は、1950年代以降のネオ・ダダやポップアート、物そのものより観念を作品とするコンセプチュアルアートに引き継がれた。日用品をそのまま展示室に持ち込む現代美術の多くは、いまもこの一件を起点にしている。
《泉》から縮小した携帯美術館までデュシャンの手法を総ざらいしたのがデュシャンの「手口」全集で、サメの水槽にレディメイドの発想がどう重ねられたかはダミアン・ハーストとYBAで読める。