YouTube初の投稿動画をV&Aが収蔵|19秒の"Me at the zoo"がアート作品になった理由

YouTube初の投稿動画をV&Aが収蔵|19秒の"Me at the zoo"がアート作品になった理由

目次

動物園の象の前で、19秒だけ話した青年がいた

2005年4月23日、午後8時27分(太平洋時間)。カリフォルニア州サンディエゴ動物園の象の囲いの前で、25歳の青年がカメラに向かって話し始めます。

「えーと、今ぼくたちは象の前にいます。こいつらのすごいところは、ほんっとうに長い鼻を持ってるってことで……まあ、それだけです」

わずか19秒。照明もなければ、編集もない。友人のヤコフ・ラピツキーが手持ちのデジタルカメラで撮っただけの、どうということのない映像です。けれども、この動画こそがYouTube史上最初にアップロードされた映像「Me at the zoo」であり、あの青年こそがYouTubeの共同創業者、ジョード・カリムでした。

それから約21年。2026年2月18日、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)がこの動画と、初期YouTubeの視聴ページを再構築した作品をコレクションに加えたことを発表しました。動物園で象の鼻について19秒語っただけの映像が、世界有数のデザインミュージアムの永久収蔵品になったのです。

V&Aが収蔵したのは「動画」だけではない

今回の収蔵で注目すべきは、V&Aが「Me at the zoo」の動画ファイルだけを手に入れたわけではないということです。収蔵品は3つの要素で構成されています。

ひとつめは、2006年12月8日時点のYouTube視聴ページのフロントエンドコード。これはインターネット・アーカイブ(Wayback Machine)にオンライン上で記録が残る最も古いタイムスタンプに基づいています。当時はまだAdobe Flash Playerで動画を再生していた時代であり、星による5段階評価、右上に配置された動画説明欄、白い背景——今のYouTubeとはまるで別物のUIが、丹念に復元されています。

ふたつめは、動画ファイル「Me at the zoo」そのもの。そしてみっつめが、2006年12月から2007年1月にかけてYouTubeの視聴ページに表示されていた広告バナーです。YouTube社内のアーカイブから発掘されたこの広告は、それ自体がV&Aの広告・グラフィックデザインコレクションに加わることになりました。

つまりV&Aは単に「最初の動画」を保存したのではなく、YouTubeという「体験」の断面を丸ごと切り取ったのです。デザインミュージアムとしてのV&Aの関心は、コンテンツそのものよりも、コンテンツが置かれたインターフェース——つまりUI(ユーザーインターフェース)デザインの歴史的な瞬間にあります。

18ヶ月かけた「デジタル考古学」

この再構築プロジェクトには、V&Aのデジタル保存チームが18ヶ月を費やしました。YouTubeのUX(ユーザーエクスペリエンス)チーム、そしてロンドンを拠点とするインタラクションデザインスタジオ「oio」との共同作業です。

oioは「退屈でない未来のためのプロダクトとツール」を標榜するクリエイティブスタジオで、GoogleのAIインターフェース研究などにも携わってきた実績があります。今回のプロジェクトでは、2006年当時のFlashプレイヤーのエミュレーションや、当時の低解像度ディスプレイの再現にも取り組んだとされています。

この作業はいわば「デジタル考古学」です。WebサイトのUIは物理的なプロダクトと違って劣化するのではなく「消失」します。バージョンアップのたびに上書きされ、旧来のデザインは跡形もなく消えてしまう。それを、残された断片的な記録から復元するのは、遺跡の発掘にも似た知的作業だったことでしょう。

V&Aのデザイン&デジタル部門シニアキュレーター、コリンナ・ガードナーは今回の収蔵について、Web 2.0の初期段階における「インターネットとデジタルデザインの歴史の重要な瞬間のスナップショット」だと述べています。またYouTubeのCEOニール・モハンは「ただ動画を見せるのではなく、グローバルな文化現象の始まりの時代へ人々を連れ戻す招待状だ」とコメントしました。

なぜ19秒の動画がミュージアムに入るのか

「Me at the zoo」は、映像作品としては何の変哲もありません。手ブレがあり、画質は粗く、内容は象の鼻が長いという誰でも知っている事実の確認です。しかし、この動画の意義はその「平凡さ」にこそあります。

YouTubeが登場する以前、動画をインターネットで公開するには相応の技術的知識とインフラが必要でした。「Me at the zoo」は、誰もが気軽に動画を世界に発信できる時代——ユーザー生成コンテンツ(UGC)の時代——の幕開けを象徴しています。Business Insiderはこの動画を「YouTubeの歴史上最も重要な動画」に選出し、その「ユーザー生成的な性質」がプラットフォーム全体を象徴していると評しました。

現在までに3億8,200万回以上再生され、1,800万以上の「いいね」を集めたこの動画は、メディアの歴史における分水嶺です。放送局が一方的に送り出すコンテンツを受動的に消費する時代から、個人が発信者になる「参加型メディア」への転換点。今日のクリエイターエコノミー、インフルエンサー文化、さらにはTikTokやInstagramリールに至るショート動画文化の、すべての原点がここにあると言っても過言ではありません。

V&Aが見ているのはその地点です。一見すると取るに足らない低解像度の映像と素朴なウェブページが、21世紀の表現、経済、社会のありかたを根本から変えた——その「デザインのインフラ」としての意味を、ミュージアムの文脈に位置づけたのです。

V&Aの「デジタルを収蔵する」系譜

V&Aがデジタルオブジェクトの収集に取り組み始めたのは、実は1969年にまで遡ります。当時の巡回部門が初期のコンピュータアート作品を取得したのが最初です。その後、1998年に収蔵されたApple iMac G3、2008年のApple IIなどを経て、デジタルプロダクトやソフトウェア自体を「デザイン」として収集する姿勢が少しずつ確立されてきました。

大きな転機となったのが、2014年に始まった「ラピッド・レスポンス・コレクティング」です。社会的に重要な瞬間が生じたとき、それに関わるデザインプロダクトを迅速に収蔵するこのプログラムは、3Dプリンテッドの銃、Primarkのトラウザーズ、そしてベトナム人開発者ドン・グエンのモバイルゲーム「Flappy Bird」など、従来の美術品・工芸品の範疇を超えた収蔵で注目を集めました。

2017年には中国のメッセージングアプリ「WeChat」を、2019年にはマラリア啓発のためにデザインされた蚊の絵文字を収蔵。そして2019年、デザイン・建築・デジタル部門が正式にデジタルオブジェクトの収集を方針として明文化しました。

今回のYouTube収蔵は、こうした流れの到達点のひとつです。しかもただファイルを保存するだけでなく、当時のUI体験ごと再構築するという手法は、デジタル保存の新たな地平を切り開くものだとガードナーは語っています。デジタルオブジェクトは物質と違って劣化しませんが、それを取り巻く技術環境が変わると体験そのものが失われてしまう。Flash Playerが廃止された今、2006年のYouTubeをどう追体験するか。その課題に正面から向き合ったプロジェクトだったと言えるでしょう。

動画の「その後」とジョード・カリムという人物

「Me at the zoo」の物語は、アップロードされた日で終わりませんでした。むしろカリム自身が、この19秒の動画を一種のメディアとして使い続けてきたことが興味深いところです。

カリムはバングラデシュ系ドイツ人で、幼少期に東ドイツから西ドイツへ移住し、その後アメリカに渡りました。PayPalで働いていた際にチャド・ハーリーとスティーブ・チェンと出会い、3人で2005年にYouTubeを創業。ただしカリムは正社員ではなく、スタンフォード大学大学院でコンピュータサイエンスを学びながら、非公式のアドバイザーとして関わりました。

YouTube上のチャンネルには「Me at the zoo」以外の動画は一本もありません。そのかわりにカリムは、この動画の説明欄を「声明文」として定期的に更新してきました。2013年にはGoogle+連携への抗議、2021年には低評価数の非表示への批判、そして2025年にはマイクロプラスチックの脳への危険性に関する警告——。プラットフォームの創業者がそのプラットフォーム上で異議を唱えるという、なんとも皮肉でパンクな使い方です。2023年12月には動画のサムネイルを、人気YouTuberのMrBeast風の派手なデザインに一時変更し、2週間後に元に戻すという茶目っ気も見せています。

サンディエゴ動物園の公式YouTubeアカウントが2020年に残したコメント「最初のYouTube動画がここで撮影されたことを光栄に思います!」は、カリム本人によって固定コメントに設定され、2025年時点でYouTube史上最も多くの「いいね」を集めたコメント(420万以上)になっています。たった19秒の動画が、20年以上にわたって生き続けるデジタル文化の磁場を生み出しているのです。

デジタル時代のミュージアムはどこへ向かうのか

今回の収蔵は、「ミュージアムとは何を保存すべきなのか」という根本的な問いを投げかけています。

V&Aは1852年、デザイナーや製造業者、そして一般の人々にアート&デザインの教育を行うことを目的に設立されました。その収蔵品は280万点以上。中世のタペストリーからラファエロの下絵、モリスのテキスタイル、そして今やFlappy BirdやWeChatまで。「デザイン」の定義そのものが拡張される中で、ソフトウェア、シンボル、オンライン環境が、家具やタイポグラフィと同列に収蔵される時代が訪れています。

日本でも、2022年に改正された博物館法で「博物館資料に係る電磁的記録を作成し、公開すること」が新たに規定されるなど、デジタルアーカイブへの意識は高まっています。ただし、これは既存の収蔵品をデジタル化して公開する方向の動きが主で、V&Aのように「ボーンデジタル(最初からデジタルとして生まれた)」のオブジェクトを積極的にコレクションに加えるという実践は、日本のミュージアムではまだ本格化していません。インターネット文化やアプリ、UIデザインそのものを「時代の証言者」としてミュージアムが保存する——その発想は、日本のデザインミュージアム構想にも刺激を与えうるものでしょう。

「Me at the zoo」は現在、V&Aサウス・ケンジントンの「Design 1900–Now」ギャラリーで常設展示されています。また、再構築のプロセスを紹介するミニ展示が、ストラトフォードのV&Aイースト・ストアハウスでも公開中です。ロンドンを訪れる機会があれば、ぜひこの「19秒の革命」を体験してみてください。象の鼻が長いという、世界で一番有名な事実確認を。

Q&A

Q. 「Me at the zoo」は現在もYouTubeで視聴できますか?
A. はい、YouTubeのチャンネル「jawed」で現在も視聴可能です。2026年2月時点で3億8,200万回以上再生されています。動画のURLは変わらず、ジョード・カリムが説明欄を定期的に更新しているのも見どころのひとつです。
Q. V&Aでの展示はいつまで見られますか?
A. V&Aサウス・ケンジントンの「Design 1900–Now」ギャラリーで常設展示されています。また、再構築のプロセスを解説するミニ展示がV&Aイースト・ストアハウス(ストラトフォード)でも公開中です。入館料は無料です。
Q. なぜ2006年12月8日のページが再構築されたのですか?2005年のオリジナルではないのですか?
A. インターネット・アーカイブ(Wayback Machine)にオンライン上で記録が残る最も古いタイムスタンプが2006年12月8日だったためです。2005年の完全なページ構造は記録が残っておらず、確認可能な最古の状態として2006年12月が選ばれました。
Q. V&Aは他にどのようなデジタルオブジェクトを収蔵していますか?
A. メッセージングアプリ「WeChat」(2017年収蔵)、モバイルゲーム「Flappy Bird」(2014年収蔵)、健康管理アプリ「EUKI」、そして蚊の絵文字のデザインなどが収蔵されています。V&Aは1969年から初期のコンピュータアート作品の収集を始めており、現在では3,000点以上のデジタルアート&デザインのオブジェクトをコレクションに含んでいます。
Q. YouTubeの共同創業者は誰ですか?
A. チャド・ハーリー、スティーブ・チェン、ジョード・カリムの3人です。3人はPayPalの元同僚で、2005年2月にYouTubeを創業しました。翌2006年にGoogleが約16.5億ドルで買収し、現在は世界で2番目にアクセス数の多いウェブサイトとなっています。

参考文献

YouTube’s first ever video upload acquired by Victoria and Albert Museum in London – The Art Newspaper
https://www.theartnewspaper.com/2026/02/18/youtubes-first-ever-video-upload-acquired-by-victoria-and-albert-museum-in-london
YouTube’s First Video Acquired by London’s V&A – Artnet News
https://news.artnet.com/art-world/youtubes-first-video-acquired-by-londons-va-2746518
How the V&A acquired YouTube’s first ever upload for its collection – Museums + Heritage Advisor
https://museumsandheritage.com/advisor/posts/how-the-va-acquired-youtubes-first-ever-upload-for-its-collection/
Me at the zoo – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Me_at_the_zoo
Jawed Karim – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Jawed_Karim
A history of collecting digital objects at the V&A
https://www.vam.ac.uk/articles/a-history-of-collecting-digital-objects-at-the-va
V&A Acquires YouTube’s First-Ever Video For Permanent Collection – Artlyst
https://artlyst.com/va-acquires-youtubes-first-ever-video-for-permanent-collection/

基本データ

収蔵品名
YouTube視聴ページ(再構築)および「Me at the zoo」動画
収蔵館
ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)、ロンドン
発表日
2026年2月18日
展示場所
V&Aサウス・ケンジントン「Design 1900–Now」ギャラリー/V&Aイースト・ストアハウス(ストラトフォード)
オリジナル動画
「Me at the zoo」(19秒)、2005年4月23日アップロード
動画投稿者
ジョード・カリム(YouTube共同創業者)
撮影者
ヤコフ・ラピツキー
撮影場所
サンディエゴ動物園、カリフォルニア州
再構築の基準日
2006年12月8日(インターネット・アーカイブで確認可能な最古のタイムスタンプ)
共同制作
V&Aデジタル保存チーム、YouTube UXチーム、oio studio
動画の累計再生回数
約3億8,200万回(2026年2月時点)

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