CIAの謎の彫刻「Kryptos」の最後の暗号、ついにオークションで解答が売られる

デザインと暗号学の世界に激震が走っています。35年間にわたって世界中の暗号解読者を悩ませてきたCIA本部の彫刻「Kryptos（クリプトス）」の未解読部分「K4」の解答が、2025年11月20日にオークションで売却されることが発表されました。制作者のジム・サンボーン氏（79歳）による今回の決断は、現代アートと暗号学の融合という新たな芸術領域の転換点となりそうです。

Kryptosとは？35年間解かれない世界最高峰の暗号アート

1990年11月3日にCIA本部ラングレーの中庭に設置されたKryptosは、高さ12フィート（約3.7メートル）、幅20フィート（約6メートル）の巨大な銅製彫刻です。S字に湾曲した銅のスクリーンには、1,735文字の暗号文が手作業でカットされており、4つの異なる暗号化システムで構成されています。

アーティストと暗号学者の秘密のコラボレーション

サンボーン氏は、元CIA暗号センター主任のエドワード・シャイト氏と「秘密の場所で会って」この暗号システムを開発しました。シャイト氏は難易度を10段階中9とし、当初は5〜10年で解読されることを想定していました。しかし現実には、その予想を大きく上回る持続性を見せています。

解読済みの3つのメッセージが語る深遠なテーマ

これまでに解読された3つのメッセージは、いずれも深い意味を持っています。第1のメッセージ「K1」には「微妙な陰影と光の不在の間に錯覚の細かい違いがある」という詩的な文章があり、「錯覚（illusion）」が意図的に「iqlusion」と誤記されています。第2のメッセージ「K2」では「ラングレーはこのことを知っているか？知っているべきだ：それはどこかに埋まっている。正確な場所を知っているのは誰か？WWだけだ」とあり、WWは当時のCIA長官ウィリアム・ウェブスターの頭文字を指しています。

第3のメッセージ「K3」は、考古学者ハワード・カーターによるツタンカーメンの墓の発見記録を改変したもので、「ゆっくりと、絶望的にゆっくりと、入口の下部を塞いでいた瓦礫の残骸が取り除かれた。震える手で、左上角に小さな穴を開けた」という内容です。これらのメッセージは全て、秘密の発見と暴露というテーマで貫かれています。

アーティストの決断：「もうK4を維持する力がない」

今回のオークション決定について、サンボーン氏は公開書簡で「35年間、K4セクションへの公共アクセスを維持するという個人的指針に従ってきましたが、これには途方もない努力が必要でした。最近はその負担が加速しており、世界中の潜在的暗号解読者から文字通り数万通のメールと手紙を受け取っています」と説明しています。

特に近年は、ChatGPTなどのAIを使った「意味のない」解読結果が大量に送られてくることが、彼の決断を後押ししたと言います。サンボーン氏は推測に対する返答料として50ドルを徴収するようになり、年間約4万ドルの収入を得ていましたが、「もはやK4コードの97文字を維持するための物理的、精神的、財政的リソースがない」と率直に語っています。

オークション詳細：最大50万ドルの価値

RRオークション社が主催する今回のオークションは、2025年11月20日午後7時（ET）に終了予定で、落札予想価格は30万〜50万ドル（約4,400万〜7,400万円）とされています。オークションに含まれるのは、K4の手書きプレーンテキスト、シャイト氏の署名入り手紙、1988年にCIAに提出された12×18インチの銅製マケット、アーカイブ写真、暗号化チャートのコピーなどです。

落札金額の一部は、障害者支援プログラムに寄付される予定です。RRオークション社の副社長ボビー・リビングストン氏は「理想的な結果は、勝者が秘密の暴露者ではなく、秘密の守護者になることです」と述べており、新しい所有者が謎を維持することを期待しています。

現代アートとテクノロジーの融合が生む新たな可能性

Kryptosは単なる彫刻作品を超えて、現代アートにおけるインタラクティビティの先駆けとなりました。鑑賞者が受動的に作品を眺めるのではなく、能動的に謎解きに参加するという体験は、デジタル時代のアート作品の在り方を予示していたとも言えるでしょう。

また、アーティストと専門技術者（この場合は暗号学者）との学際的コラボレーションは、現在のテクノロジーアートやメディアアートの原型とも考えられます。サンボーン氏とシャイト氏の協働は、芸術家が専門知識を持つ技術者と連携することで、従来の芸術の枠組みを超えた作品を生み出せることを実証しました。

デザイン業界への影響：「隠された情報」という新たな表現手法

Kryptosの成功は、デザイン業界に「隠された情報」や「発見可能な要素」という新たな表現手法をもたらしました。現在では、QRコードやARマーカーなど、表面上は装飾的に見えながら実際には情報を内包するデザイン手法が一般化していますが、Kryptosはその先駆けだったと言えるでしょう。

また、作品が30年以上にわたって人々の関心を維持し続けていることは、「持続可能なデザイン」の観点からも注目されています。一時的な話題性ではなく、長期間にわたって人々を魅了し続けるデザインの力を示した事例として、多くのデザイナーに影響を与えています。

今後への期待：「K5」の可能性と新たな謎

サンボーン氏は、K4が解読された後も「K5」と呼ばれる更なる謎が存在することを示唆しています。これは彫刻の他の要素（石化した木材や花崗岩のスラブなど）を組み合わせて解く、より大きなパズルの可能性を指しています。「K4が解読されても、その謎はK5として続く」という彼の言葉は、作品の完全な解明にはまだ時間がかかることを予感させます。

このような多層構造の謎は、現代のゲームデザインやエスケープルーム、ARG（代替現実ゲーム）などのエンターテインメント産業にも大きな影響を与えています。Kryptosが示した「段階的に明かされる謎」という構造は、現在のメディア体験設計の基本的な手法となっています。

暗号アートの未来：AIと人間の創造性の境界

近年、ChatGPTなどのAIツールを使った解読試行が増加していることについて、サンボーン氏は「AIが生成した解読結果はかなりばかげている」と述べています。これは、真の創造性や洞察力には人間の直感と経験が不可欠であることを示唆しています。

一方で、AIの進歩により、今後はアーティストがAIと協働して、より複雑で sophisticated な暗号アート作品を生み出す可能性も期待されます。Kryptosが切り開いた「アート×暗号学」という領域は、AI時代においてさらなる発展を遂げるかもしれません。

まとめ：アートの新しい価値創造モデル

Kryptosのオークションは、単に一つの謎の解答が売られるということ以上の意味を持っています。それは、アート作品が物理的な存在を超えて、知的体験や謎解きの楽しみといった無形の価値を創造できることを実証した画期的な事例です。

デザイン業界にとって、Kryptosは「作品の価値は完成時に決まるのではなく、鑑賞者との相互作用を通じて継続的に創造される」という新しいパラダイムを提示しました。今回のオークションがどのような結果を迎えるか、そして新しい所有者がK4の秘密をどう扱うかは、現代アートとデザインの未来を占う重要な指標となるでしょう。