世界最古のキリスト教オルガンが800年ぶりに復活|ベツレヘム・オルガンの奇跡

世界最古のキリスト教オルガンが800年ぶりに復活

2025年9月、エルサレムの旧市街にある聖救世主修道院で、約800年間の沈黙を破って世界最古のキリスト教オルガンが再び音を奏でました。このオルガンは11世紀にフランスで製作され、十字軍によってベツレヘムの聖誕教会に運ばれた後、13世紀に侵攻から守るために地中に埋められていました。

スペインの音楽学者デビッド・カタルーニャ博士率いる国際研究チームが5年間にわたる復元プロジェクトを経て、222本の青銅製パイプのうち8本が完全に機能することを発見。11世紀の典礼聖歌「ベネディカムス・ドミノ・フロス・フィリウス」の演奏により、中世の音色が現代に蘇りました。

発見の劇的な経緯

このオルガンの発見には劇的な歴史があります。1906年、ベツレヘムでフランシスコ会の巡礼者宿泊施設建設工事中に、偶然古い墓地で発見されました。当時、十字軍が13世紀のイスラム軍侵攻を前に、貴重な典礼用品と共に地中に隠していたものです。

発見された遺物には222本の青銅製パイプ、13個の鐘からなるカリヨン、その他の典礼用品が含まれていました。しかし、この発見は100年以上にわたって学術界でほとんど注目されることがありませんでした。

現代の楽器とは異なる技術的特徴

この11世紀のオルガンは現代の楽器とは大きく異なる特徴を持っています。最も注目すべきは、1つの音に対して18本のパイプを使用することです(現代のオルガンは通常5-6本)。青銅製のパイプは1000年経過後も8本が完全に演奏可能で、研究者たちはこれを「奇跡」と表現しています。

音色については「天国的な音楽」と表現される独特の響きを持ち、操作方法も現代とは異なり、小さなタブを引いて演奏します。このオルガンは元の音色を保持する世界最古の楽器である可能性が高く、15世紀以前のオルガンとしては唯一の現存例となっています。

国際協力による復元プロジェクト

復元研究は、マドリード・コンプルテンセ音楽科学研究所(ICCMU)、エルサレム・テラサンタ博物館、聖地管理聖座(フランシスコ会)による国際協力で実現しました。

研究チームは5000回以上の測定、金属組成分析、3Dモデリング、音響研究を実施し、オルガン製作者ヴィノルド・ファン・デル・プッテン氏が古代の製作技法を用いて復元作業を行いました。この綿密な研究により、オリジナルのパイプに刻まれたオスマン帝国時代の職人による目印や音程を示す記号まで発見されています。

音楽史研究に革命をもたらす発見

この発見は音楽考古学の分野に革命をもたらします。研究責任者のアルバロ・トレンテ氏は「生きた恐竜を発見したようなもの」と表現しており、これまで化石のような記録でしか知られていなかった中世音楽の実際の音色を体験できる意義は計り知れません。

現存する最古のキリスト教オルガンとして、中世ヨーロッパの音楽、工学、工芸技術への新たな洞察を提供し、当時の文化や技術水準の理解を深める貴重な資料となっています。

今後の展開と期待される影響

2026年に開館予定のテラサンタ博物館新館「音楽回廊」での常設展示により、年間数万人の観光客や研究者への教育効果が期待されます。また、ヨーロッパの教会や大聖堂でのレプリカ展示計画も進行中で、より多くの人々が中世の音色を体験できるようになります。

技術面では、古代製作技法の現代応用、3Dモデリング技術の文化財保存への活用、音響解析技術の向上など、様々な分野への波及効果が見込まれます。このプロジェクトは、スペイン、イスラエル、ベルギー等の国際協力を促進し、宗教・文化の壁を越えた学術協力のモデルケースとしても注目されています。

現在は16本のパイプ(うち6本がオリジナル)による演奏ですが、222本すべてを使用した完全復元により、さらに豊かな音色の再現が期待されています。この成功例により、他の中世楽器の発掘・復元プロジェクトも活発化する可能性があり、音楽史、考古学、文化交流の分野で長期的な影響を与え続けることが予想されます。

このベツレヘム・オルガンの復活は、単なる楽器の修復を超えて、人類の文化遺産保護、国際学術協力、そして過去と現在を結ぶ架け橋としての役割を果たしています。800年間の沈黙から蘇った中世の音色は、現代の私たちに音楽の普遍的な力と、文化遺産を守り続けることの重要性を教えてくれる貴重なメッセージとなっています。

Q&A

Q. なぜこのオルガンは地中に埋められていたのですか?
A. 13世紀にイスラム軍(ホラズム朝)の侵攻を前に、十字軍が貴重な典礼用品を破壊から守るために地中に隠したためです。彼らは将来再び使用できる日が来ることを信じて埋めました。
Q. 1000年前のパイプがなぜ今でも演奏できるのですか?
A. 青銅製のパイプが地中で良好な保存状態を保っていたためです。222本のうち8本が完全に機能し、研究者たちはこの保存状態を「奇跡」と表現しています。
Q. このオルガンは一般の人も聞くことができますか?
A. 2026年に開館予定のテラサンタ博物館新館で展示・演奏される予定です。また、ヨーロッパの教会や大聖堂でのレプリカ展示も計画されています。
Q. 復元プロジェクトにはどれくらいの時間がかかりましたか?
A. デビッド・カタルーニャ博士率いる研究チームが2019年から5年間にわたって取り組み、5000回以上の測定と詳細な音響研究を経て復元に成功しました。
Q. なぜこの発見が音楽史にとって重要なのですか?
A. これまで15世紀以前のオルガンは存在しないと考えられており、中世音楽は記録でしか知られていませんでした。このオルガンにより、実際の中世の音色を現代で初めて体験でき、音楽考古学に革命をもたらします。

参考文献

After 800 years of silence, the oldest pipe organ in Christian world sounds once more in Jerusalem
https://abcnews.go.com/International/wireStory/after-800-years-silence-oldest-pipe-organ-christian-125398340
‘Oldest organ in Christendom’ makes music in Jerusalem after centuries of silence
https://www.timesofisrael.com/oldest-organ-in-christendom-makes-music-in-jerusalem-after-centuries-of-silence/
Oldest organ in Christendom sounded for first time in 800 years leaving organist speechless
https://thecentralminnesotacatholic.org/oldest-organ-in-christendom-sounded-for-first-time-in-800-years-leaving-organist-speechless/
The oldest organ in Christendom plays again after eight hundred years of silence
https://www.terrasanctamuseum.org/en/the-oldest-organ-in-christendom-plays-again-after-eight-hundred-years-of-silence/
The Organ of Bethlehem – El Órgano de Belén
https://bethlehemorgan.org/en/home-en/

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