聖なる過剰 バロック教会建築写真集

聖なる過剰 バロック教会建築写真集

目次

あふれ出た人間のエネルギーが感じられる強烈な一冊

彫らずにはいられない。飾らずにはいられない。埋めずにはいられない。

もはや病的と言っても過言ではないこの過剰な装飾の実装に駆り立てたものは一体何だろう?

異様な信仰心?歪んだ情熱?

バロック建築とは

バロック建築は、16世紀末のイタリアに端を発し、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパ全土へ広がった建築様式である。ルネサンスの均整のとれた古典的秩序に対し、バロックは曲線・楕円・うねるような動勢を多用し、光と影の劇的なコントラストによって見る者の感情を揺さぶることを志向した。ローマのサン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ聖堂を設計したボッロミーニ、サン・ピエトロ大聖堂の列柱廊を手がけたベルニーニらが、その頂点を極めた建築家として知られる。

宗教改革によって揺らいだカトリック教会の権威を回復するため、対抗宗教改革の旗印のもと、教会堂は信徒を圧倒するスペクタクルの舞台装置へと変貌した。天井画は天上世界への錯視(トロンプ・ルイユ)を演出し、金箔に覆われた祭壇は神の栄光を物質として顕現させた。バロックとは単なる装飾過多ではなく、空間そのものを感覚的体験に変える総合芸術だったのだ。

メキシコ・バロックという異形

スペイン植民地時代のメキシコに渡ったバロックは、先住民の職人たちの手によって本国とはまったく異なる姿に変容した。ヨーロッパのバロックが建築的な構造の動きで空間を演出したのに対し、メキシコのウルトラバロック(チュリゲレスク様式)は、壁面を覆い尽くす稠密な彫刻と装飾によって空間を埋め尽くす。プエブラのサント・ドミンゴ教会ロサリオ礼拝堂や、タスコのサンタ・プリスカ教会に足を踏み入れれば、金色の奔流に視界が飲み込まれる感覚を味わうことになる。

この過剰さの背景には、征服と融合の歴史がある。スペイン人宣教師が持ち込んだキリスト教図像と、メソアメリカ文明が育んだ濃密な装飾感覚が衝突し、混じり合い、どちらの文化にも還元できない第三の美学が生まれた。メキシコ・バロックとは、植民地支配という暴力のただなかで花開いた、抵抗と受容のハイブリッドなのである。

「ネイティブなメキシコ人にとって、建築とは空間をつくるためのものではなく、表面に装飾するための素材なのだ。」

いいえ、文化です。

メキシコ恐るべし・・・

MEXICO:BAROQUE

MEXICO:HOTELS

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