アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec、1864–1901)は、フランスの画家、版画家で、パリ・モンマルトルの歓楽街を描いたポスターによって、商業ポスターを芸術の水準に引き上げた一人である。
南仏アルビの伯爵家に生まれた。少年期に両脚を骨折して成長が止まり、乗馬や狩りといった貴族の暮らしから離れて絵に打ち込むようになる。パリの画塾で学んだのち、キャバレーやダンスホール、娼館が集まるモンマルトルに住み、踊り子や歌手、客たちを素早い線で描きとめた。
1891年、ダンスホールのムーラン・ルージュのために刷ったポスター《ムーラン・ルージュ:ラ・グリュ》は、高さ約190センチの大画面に、踊り子の白いペチコートと黒い影絵の客を、陰影のない色面と太い輪郭で配したものだった。この成功ののち、歌手アリスティド・ブリュアンや踊り子ジャヌ・アヴリルのポスターを次々に手がける。大胆な切り取り、斜めの構図、平らな色面は、彼が熱心に集めた浮世絵から学んだもので、多色石版のポスターを切り開いた先輩ジュール・シェレへの敬意も終生持ち続けた。
酒におぼれて体を壊し、1901年、36歳で亡くなった。画家としての活動は20年に満たないが、文字と絵を一つの画面で響き合わせるポスターの方法は、アール・ヌーヴォーのポスターから20世紀のグラフィックデザインへ受け継がれている。
浮世絵の平面性がロートレックのポスターを経て現代のデザインへ至る系譜は浮世絵がフラットデザインを生んだで、彼が敬った先輩についてはジュール・シェレが創った「近代広告ポスター」の革命で取り上げた。