スイス・スタイル(Swiss Style)は、1950年代のスイスで確立したグラフィックデザインの様式である。英語圏では国際タイポグラフィ様式(International Typographic Style)と呼ばれ、日本ではスイス・デザイン、スイス派とも言う。
骨格になるのは、紙面を列と行に分けるグリッド、飾りのないサンセリフ体、行頭だけをそろえる左揃え、大きな余白を生かした非対称の構成である。挿絵より写真を、写真より幾何学的な図形を選び、デザイナーの個性より情報の明快さを優先する。ドイツ語、フランス語、イタリア語が並び立つ国で、誰が読んでも同じように伝わる紙面が求められていた。
拠点はふたつの都市の学校にあった。バーゼルではエミール・ルーダーとアルミン・ホフマンが教え、チューリッヒではヨゼフ・ミューラー=ブロックマンが、のちにグリッドシステムとしてまとめられる方法を磨いていく。1958年、ミューラー=ブロックマンらチューリッヒの4人が三か国語の雑誌『ノイエ・グラフィーク』を創刊すると、その誌面自体が様式の見本として各国の学校に届いた。前年の1957年には、のちにHelveticaと改名される書体と、Universが相次いで世に出ている。
部品そのものは新しくない。非対称の構成とサンセリフ体は、1928年にヤン・チヒョルトが『ニュー・タイポグラフィ』で唱えていた。スイスのデザイナーがしたのは、それを学校で教えられる体系に組み直すことだった。
1960年代になると、様式は国境を越える。多国籍企業のコーポレートアイデンティティや、空港・地下鉄のサインがこの文法で組まれ、余白の多いウェブやアプリの画面にまで流れは続いている。
様式の全体像と代表的なポスターはスイス・スタイルとはで、象徴となった書体の誕生はヘルベチカの記事で扱っている。浮世絵の平面性がスイス・スタイルを経てフラットデザインに至る道筋は、「平面性」150年の系譜でたどった。