バロック(Baroque)は、16世紀末のローマに始まり、18世紀半ばにかけてヨーロッパと各地の植民地に広がった、劇的な動きと光の対比、過剰なまでの装飾を特徴とする美術・建築・音楽の様式である。
語源には諸説あり、いびつな形の真珠を指すポルトガル語のバローコ(barroco)に由来するという説がよく知られる。18世紀には奇妙で不規則なものを指す悪口として使われ、整ったルネサンスからの逸脱と見なされていた。この語を様式の名前として中立に使ったのは、スイスの美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンの1888年の著作『ルネサンスとバロック』である。
背景には対抗宗教改革がある。プロテスタントに信徒を奪われたカトリック教会は、16世紀半ばのトリエント公会議以降、信仰を感覚に直接訴える美術を後押しした。カラヴァッジョは暗闇から人物を強い光で浮かび上がらせ、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは大理石に一瞬の動きを刻み、サン・ピエトロ大聖堂の前に巨大な楕円の列柱廊を築いた。ボッロミーニは、波打つ壁面で小さな聖堂を動きのある空間に変えている。
様式はやがて王権の演出にも使われた。ヴェルサイユ宮殿では庭園から鏡の間までが王の威光を見せる装置になり、フランドルのルーベンスは、うねる構図と豊かな肉体表現で宮廷と教会の注文に応えた。オランダのレンブラントやスペインのベラスケスも、この時代の画家に数えられる。中南米では先住民の職人の手が加わり、壁面を隙間なく埋める独自の教会装飾が生まれた。
ルネサンスが静止した調和を目指したとすれば、バロックは見る者を巻き込み、感情を揺さぶることを目指した。18世紀に入ると、その熱は軽やかで優美なロココへと移っていく。
2024年にパリの邸宅で見つかったルーベンスの《十字架のキリスト》についてはルーベンスの失われた傑作の発見で、メキシコの教会を埋め尽くす装飾は聖なる過剰 バロック教会建築写真集で取り上げた。