コカ・コーラ「コンツアーボトル」誕生秘話|Earl R. Deanが生んだ偶然のマスターピース

偶然から生まれた世紀のデザイン

1915年6月、インディアナ州テレホートの図書館で、Earl R. Deanという一人のデザイナーが「カカオの実」のイラストをスケッチしていました。実はこれ、コカ・コーラの原料である「コカの葉」を探していた際の勘違いだったのですが、この幸運な間違いが、世界で最も認知度の高いパッケージデザインを生み出すことになるのです。

コカ・コーラのコンツアーボトル(Contour Bottle)は、アメリカ人の99%が暗闇の中でも触っただけで識別でき、割れた破片を見ただけでもコカ・コーラだとわかる、まさに究極のブランドアイコンとなりました。

独創的なデザインの特徴

コンツアーボトルの最大の特徴は、その優美な曲線美にあります。カカオの実から着想を得た縦のフルート(溝)が、ボトル全体に流れるように配置され、視覚的にも触覚的にも独特の存在感を放っています。

中央部がくびれ、上下に向かって膨らむシルエットは、当時流行していた「ホブルスカート」というファッションになぞらえて「ホブルスカートボトル」とも呼ばれました。この曲線は単なる装飾ではなく、手にフィットする人間工学的な設計でもあったのです。

技術的な仕様も綿密に計算されていました。容量6.5オンス(約192ml)、空のボトルの重量は最低14.5オンス(約411g)、中身を入れると1ポンド(約454g)を超える重さになります。特徴的な「ジョージアグリーン」と呼ばれる薄緑色は、ガラスに含まれる酸化鉄の量を調整することで生み出された、コカ・コーラ独自の色彩でした。

なぜこのデザインが必要だったのか

1915年当時、コカ・コーラは深刻な問題に直面していました。「Koka-Nola」「Toka-Cola」「Koke」といった模倣品が市場に氾濫し、すべて同じような直線的なボトルに入れられていたため、消費者は本物のコカ・コーラを見分けることができなかったのです。

ダイヤモンド型の紙ラベルも導入されましたが、氷水で冷やされると剥がれてしまい、まったく効果がありませんでした。コカ・コーラのボトリング協会は、この危機を打開するため、「暗闇でも触っただけで分かり、地面に落ちて割れていてもコカ・コーラだと認識できるボトル」のデザインコンペを開催し、賞金500ドル(現在の価値で約15,000ドル)を用意したのです。

他のデザインと比べて何が優れていたのか

コンツアーボトルの革新性は、三次元の商標として機能したことにあります。それまでのパッケージデザインは、ラベルやロゴといった二次元的な要素に頼っていましたが、コンツアーボトルは形状そのものがブランドのアイデンティティとなりました。

1949年の調査では、アメリカ人の99%以上がこのボトルの形状だけでコカ・コーラだと識別でき、1961年には商業パッケージとして初めて、形状だけで商標登録が認められました。これは知的財産法における画期的な前例となり、現在の立体商標制度の基礎となっています。

デザイン界の巨匠レイモンド・ローウィは、このボトルを「完璧な液体の包装」と評し、アンディ・ウォーホルは1962年の作品「グリーン・コカ・コーラ・ボトルズ」でポップアートのアイコンとして昇華させました。1950年には商業製品として初めてタイム誌の表紙を飾るなど、単なる容器を超えた文化的象徴となったのです。

時代を超えて愛される商品の魅力

コンツアーボトルの真の魅力は、その民主的な性格にあります。アンディ・ウォーホルが1975年に語った言葉が、その本質を見事に表現しています。「アメリカの素晴らしさは、最も裕福な消費者も最も貧しい消費者も本質的に同じものを買うという伝統を始めたことだ。コーラはコーラであり、どんなにお金を払ってもより良いコーラを手に入れることはできない」

このボトルは、プレミアム感を演出しながらも、誰もが手に取れる身近な存在であり続けました。重いガラス製のボトルは製造コストが高かったものの、その重量感と質感が高級感を生み出し、ブランド価値を高める重要な要素となりました。

現代においても、このアイコニックな形状は進化を続けています。2015年には海洋プラスチックを25%使用した「マリンボトル」が開発され、環境への配慮とデザインの継承を両立させています。アルミ缶やペットボトルにも同じ曲線が採用され、素材が変わってもコカ・コーラのアイデンティティは保たれています。

Earl R. Deanと Root Glass Companyのチームが生み出したこのデザインは、単なる飲料容器を超えて、人類が共有する視覚言語の一部となりました。世界人口の94%が認識できるというこのボトルは、優れたデザインが時代と文化を超えて愛され続けることを証明する、まさに工業デザインの金字塔といえるでしょう。

参考文献

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