レディオヘッド トム・ヨークのローマ邸を侘び寂びで改修|建築家ミニャッティの仕事

レディオヘッド トム・ヨークのローマ邸を侘び寂びで改修|建築家ミニャッティの仕事

目次

イタロ・カルヴィーノの書斎があった部屋に、レディオヘッドのフロントマンが暮らしている

ローマ中心部、パンテオンのほど近くにカンポ・マルツィオ広場という小さな広場がある。観光客の喧騒からわずかに外れたこの一角に、19世紀の建物がひっそりと佇んでいます。最上階のペントハウスから見えるのは、テラコッタ色の屋根が折り重なるローマの街並み。かつてこの眺めを愛したのは、『見えない都市』や『冬の夜ひとりの旅人が』で知られるイタリア文学の巨匠イタロ・カルヴィーノでした。1980年から1985年に亡くなるまで、このアパートメントで執筆を続けた作家の書斎は、現在ローマ国立中央図書館に移築・復元されています。

そして今、同じ部屋の窓辺に立っているのは——レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークです。

2026年2月、建築・デザインメディア「Dezeen」が公開したのは、ヨークとその妻でシチリア出身の女優ダヤナ・ロンチョーネが暮らすこのアパートメントのリノベーション。設計を手がけたのは、ローマを拠点に活動する建築家セレナ・ミニャッティ。日本の「侘び寂び」の哲学をデザインの核に据えた、350平方メートルのペントハウスが、デザインメディアの話題をさらっています。

文学と音楽が交差する350平方メートル

プロジェクトの概要を整理しましょう。場所はローマ、カンポ・マルツィオ地区。19世紀に建てられた建物の最上2フロアを占めるペントハウスで、室内面積は350平方メートル、加えて140平方メートルのテラスが複数あります。クライアントはトム・ヨークとダヤナ・ロンチョーネ夫妻。工期は2021年から2023年の約3年間。設計とインテリアデザインの両方をセレナ・ミニャッティが担当しました。

このプロジェクトが単なるセレブリティの邸宅リノベーションにとどまらない理由は、いくつかあります。まず、先述のカルヴィーノの旧居であるという歴史的な重み。次に、設計のコンセプトが日本の侘び寂び哲学に深く根ざしていること。そして、素材の選定からファニチャーの調達まで、「サルベージ(再利用・救出)」という姿勢が一貫していることです。

ミニャッティはDezeenの取材にこう語っています。建築家とミュージシャンは「特別で、個人的で、プライベートな空間——魂をケアする場所、つまり本来の意味での『家』」をつくるという明確なビジョンを共有していたと。大げさに聞こえるかもしれませんが、実際に仕上がった空間を見ると、その言葉に嘘はないようです。

ローマの光と色を「翻訳」する——素材とカラーパレットのデザイン

ミニャッティのアプローチで特筆すべきは、既存の建築要素と新しい介入を「レイヤー」するという手法です。元からあった木製の天井梁、パルケ(寄木張り)の床材といった19世紀の特徴はそのまま活かしつつ、現代の快適性——床暖房や目立たないよう統合されたエアコンディショニング——を裏側からそっと忍ばせています。

壁面には石灰ベースの塗料が暖かなトーンで施され、この地区の建築物の色調を室内に呼び込んでいます。ミニャッティは「家具や素材、カラーパレットを選ぶとき、周囲の環境——ローマそのものと深く調和することを目指した」と説明しています。窓から見えるローマの色彩、その街のトーンが選択を導いたのだと。柔らかく自然な色合い、光やテクスチャーや場の精神と静かに対話するような色が選ばれました。

こうした「場所の色を読む」というアプローチは、侘び寂びの精神と見事に共鳴しています。侘び寂びとは、不完全さや経年変化のなかに美を見出す日本の美意識。ミニャッティ自身もこの哲学を明確に参照しており、「サルベージすること——素材だけでなく、それに込められた身振りやエネルギーを救い出すこと——にずっと魅了されてきた」と述べています。トスカーナの伝統や日本の侘び寂びの哲学が、不完全さと経年の静かな美を受け入れるという共通点で結びつくのだと。

サルベージの美学——ドア、石のシンク、螺旋階段

この住まいで再利用された要素のリストは、ちょっとした宝探しの戦利品リストのようです。すべてのドア、木製のテーブルとベンチ、石造りのシンク、ヴォールト天井のニッチ(壁龕)、そしてプライベートテラスのひとつへとつながる螺旋階段。これらはいずれもサルベージ品——つまり別の場所や時代から救い出され、この空間に新たな居場所を見つけたものたちです。

新しく設えられた要素は、地元の職人や家具師のチームがこの空間のためにビスポーク(特注)で制作しました。一方、ソファなどの張り地の家具は、ベルギーのアンティークディーラーでありギャラリストでもあるアクセル・フェルフォールトから調達されています。インテリアデザインに関心のある方なら、この名前にピンとくるでしょう。フェルフォールトはまさに「侘び寂び」を西洋のインテリアデザインの文脈に持ち込んだ第一人者として知られる人物です。ニューヨークのグリニッチ・ホテルのペントハウスやスパを、日本人建築家・三木達郎と共に手がけた仕事は特に有名で、著書『Wabi Inspirations』は侘び寂びインテリアのバイブル的存在。不完全さのなかにある真正性(オーセンティシティ)を大切にするその哲学は、ミニャッティのアプローチと完全に一致しています。

照明デザインはレバノン発のPSLABが担当。音響設計にはアンドレアス・ホイシェンが参加するなど、コンサルタント陣も国際色豊かです。レディオヘッドのフロントマンの自宅ですから、音響への配慮は当然ともいえますが、こうした細部へのこだわりがプロジェクト全体の質を物語っています。

建築家セレナ・ミニャッティ——フクサスのスタジオからローマの邸宅へ

セレナ・ミニャッティは、ボローニャ生まれでヴェネツィア建築大学(IUAV)出身の建築家です。師にはベルナルド・セッキやフランコ・プリーニといったイタリア建築界の重鎮がおり、都市計画のバックグラウンドを持っています。ローマに移ってからは国際的な設計事務所との協働を経て、あのマッシミリアーノ・フクサスのスタジオでアーティスティック・ディレクターを務めた経歴の持ち主。ローマ新国際会議場(通称「雲」)で知られるフクサスのもとで鍛えられた感性は、しかしスケールの大きなパブリック建築とは異なる方向に開花しました。

現在のミニャッティの仕事は、ラグジュアリーレジデンスのデザインが中心です。カタール首長国の宮殿、ニューヨーク5番街のコンドミニアム、モンテカルロやロンドンの大規模物件など、世界各地のプレスティージアスな住宅を手がけています。2024年にはローマのパラッツォ・グラツィオーリにある外国記者協会の新本部デザインも完成させました。

彼女のデザインリサーチの核にあるのは、「素材への深い感受性」です。シンプルで自然な素材を、サーキュラー(循環型)で再生的な建築プロセスを通じて形にする。素材に宿る記憶と、空間の現代性を対話させること——これがミニャッティの方法論であり、トム・ヨーク邸はその集大成ともいえるプロジェクトです。

トム・ヨークとローマ——「Creep」から侘び寂びへ

レディオヘッドのフロントマンとして、そしてソロアーティストとしても活動するトム・ヨークが、なぜローマに住んでいるのか。その答えは、2020年にシチリアのバゲリアにあるバロック様式のヴィッラ・ヴァルグァルネーラで結婚式を挙げた相手にあります。妻のダヤナ・ロンチョーネは、モンレアーレ出身のシチリア人女優。2017年から交際が始まり、ヨークの短編映画『ANIMA』(ポール・トーマス・アンダーソン監督、Netflix配信)にも出演しています。興味深いのは、ふたりの結婚式自体が枯山水(日本の禅庭園のアート)をコンセプトにデザインされていたこと。ヨーク夫妻の日本美学への親和性は、住まいのデザインに先立って、すでにはっきりと表れていたのです。

ヨークは長年オックスフォード近郊に暮らしていましたが、イタリア人の妻との生活はローマにも拠点を持つことを意味しました。そして選んだのが、カルヴィーノが最晩年を過ごしたこのアパートメント。音楽家として不完全さや矛盾を作品に取り込み続けてきたヨークにとって、侘び寂びの美学は——おそらく——とても自然な選択だったのでしょう。『OK Computer』や『Kid A』で現代社会の不安を音にしてきたアーティストが、経年変化を愛でる空間に安らぎを見出す。そこにはある種の一貫性があります。

イタリアと日本をつなぐ「不完全さの美」

この記事を日本の読者にお届けすることには、特別な意味があります。侘び寂びは日本発の美意識でありながら、近年では世界のインテリアデザインにおける重要なトレンドとなっています。先述のアクセル・フェルフォールトをはじめ、侘び寂びの哲学を空間デザインに応用する試みは各国で進んでいますが、ミニャッティのプロジェクトはそれをイタリアの歴史的建築という文脈のなかで実践した点で際立っています。

トスカーナの古い農家の壁に残る時間の痕跡と、茶室のにじり口の侘びた風情。ローマの石灰塗りの壁と、京町家の漆喰壁。ミニャッティが指摘するように、イタリアの伝統と日本の伝統には、素材の経年変化を否定するのではなく受容する、という共通の態度が潜んでいます。この共鳴は偶然ではなく、両者がともに「素材との長い対話」を大切にしてきた文化であることに由来しているのでしょう。

Dezeenが2023年にまとめた「侘び寂びの原則を取り入れた8つのインテリア」特集でも、バルセロナからソルトレイクシティまで、世界各地の事例が紹介されていました。侘び寂びはもはや日本だけのものではない——しかしだからこそ、その本来の意味や深みを知る日本の読者の目から見たとき、海外の解釈がどのように映るかは、興味深い問いかけになるはずです。ミニャッティのローマの仕事は、「日本的なもの」が異文化を通過したときに何が残り何が変容するかを観察できる、格好のケーススタディといえるでしょう。

サルベージされたドアの向こうに、カルヴィーノが見た街並みが広がり、レディオヘッドの音楽が静かに鳴っている。ローマのアパートメントに宿った侘び寂びは、日本からもっとも遠い場所で、もっとも日本的な問いを投げかけているのかもしれません。

Q&A

Q. このアパートメントは一般公開されていますか?
A. いいえ、トム・ヨークとダヤナ・ロンチョーネの個人邸宅のため、一般公開はされていません。ただし、かつてこの部屋にあったイタロ・カルヴィーノの書斎の家具や蔵書は、ローマ国立中央図書館(Biblioteca Nazionale Centrale di Roma)内に復元・展示されており、事前申請すれば見学が可能です。
Q. アクセル・フェルフォールトとは誰ですか?
A. ベルギーを拠点とするアンティークディーラー、ギャラリスト、インテリアデザイナーです。日本の侘び寂びの哲学を西洋のインテリアデザインに取り入れた先駆者として知られ、日本人建築家・三木達郎との協働も多い。ニューヨークのグリニッチ・ホテルのペントハウスやスパの設計が代表作のひとつ。著書『Wabi Inspirations』は侘び寂びインテリアの名著とされています。ロバート・デ・ニーロ、キム・カーダシアンなどセレブリティの邸宅も手がけています。
Q. セレナ・ミニャッティの他の代表的な仕事は?
A. カタール首長国の宮殿、ニューヨーク5番街のコンドミニアム、モンテカルロのLes 21、ロンドンのCLヴィラ、ローマのリパ・ペントハウスなど、世界各地のラグジュアリーレジデンスを手がけています。2024年にはローマのパラッツォ・グラツィオーリ内の外国記者協会本部のデザインも完成させました。以前はマッシミリアーノ・フクサスのスタジオでアーティスティック・ディレクターを務めていました。
Q. 「侘び寂び」のインテリアデザインにおける具体的な特徴とは?
A. 自然素材の使用(石灰塗料、無垢材、石など)、経年変化の痕跡を隠さず活かすこと、不完全さや非対称性を美として受容すること、装飾を抑えた簡素さ、そしてサルベージ(再利用)品を積極的に取り入れることなどが特徴です。ミニャッティのプロジェクトでは、サルベージされたドアや石のシンク、古い木製テーブルなどが、モダンな設備と共存しています。
Q. トム・ヨークとダヤナ・ロンチョーネの結婚式も日本文化に影響を受けていた?
A. はい。2020年にシチリアのヴィッラ・ヴァルグァルネーラで行われた結婚式は、枯山水(karesansui)——日本の禅庭園の様式——をコンセプトにデザインされました。砂と草を組み合わせた詩的な空間が会場に創出され、ウェディングプランナーのP & J Eventsが日本哲学にインスパイアされた演出を手がけました。

参考文献

Serena Mignatti designs wabi-sabi interior for Thom Yorke’s Rome apartment — Dezeen
https://www.dezeen.com/2026/02/19/serena-mignatti-wabi-sabi-interior-thom-yorkes-rome-apartment/
Campo Marzio – Rome — Serena Mignatti
https://www.serenamignatti.com/portfolio/campo-marzio-2/
Profile — Serena Mignatti
https://www.serenamignatti.com/profile/
Thom Yorke’s Roman Sanctuary: A Creative Haven — Marnois
https://marnois.com/marnois-mag/thom-yorke-roman-sanctuary/
I luoghi romani di Italo Calvino — Miciporto
https://miciporto.substack.com/p/10-i-luoghi-romani-di-italo-calvino
Sala Italo Calvino — Biblioteca Nazionale Centrale di Roma
https://www.bncrm.beniculturali.it/it/3287/sala-italo-calvino
Axel Vervoordt on Art, Spirituality and the Wabi-Sabi Philosophy — Tatler Asia
https://www.tatlerasia.com/lifestyle/arts/living-wabi-savvy-with-axel-vervoordt

基本データ

プロジェクト名
Campo Marzio(カンポ・マルツィオ)
所在地
イタリア、ローマ、カンポ・マルツィオ地区
設計・インテリアデザイン
セレナ・ミニャッティ(Serena Mignatti)
クライアント
トム・ヨーク&ダヤナ・ロンチョーネ
用途
個人住宅(ペントハウス・リノベーション)
面積
室内 350㎡ + テラス 140㎡
工期
2021〜2023年
建物
19世紀築、2フロア構成
照明コンサルタント
PSLAB Lighting
音響設計
Andreas Hoischen
ファニチャー調達
Axel Vervoordt(アクセル・フェルフォールト)
写真
Dario Borruto
施工
Devoto S.r.l

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